『馬の背中は笑顔満開』
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    2019.7.19(金)

    早朝、教会のお祈り会に行こうと

    玄関を出ると

     

    郵便受けの下にある

    我が家の「馬の背中」の

    一輪のキンレンカ

     

    美しすぎる!

    ため息が出る!

     

     

    ああ、そうかあ

    雨降りの中

    懸命に

    朝刊配達してくださる方の労を

    ねぎらってたんだなあ、

     

    「アメノナカ、オツカレサンデス」

     

    そう、

     

    我が家のキンレンカは

    しゃべるんです!

     

    生きているなあ

    生かされているなあ

     

     

     

    「馬の背中」で思い出すのは

    十数年前に

    息子たちと登った

    斜里岳の「馬の背」

     

    こちらの馬の背の笑顔も

    満開だった〜

     

    この写真は

    私の部屋の壁に

    貼られ続けている

    私のお気に入りの一枚

     

    この1枚1日中

    眺めていても飽きない・・・

     

    主が賜った

    自慢の二人息子

     

    今でも

    暑苦しく

    人でごった返している

    関東地方で

    二人とも明るく

    笑顔でいてくれる


    疲れたらいつでも帰ってこいよ〜

     

     

    ここ数日雨模様、曇り模様

    太陽の日差しが

    ひさしく御無沙汰のクシロ

     

    それでも

    我が家は、申し訳ないほど

    底抜けに明るい

     

    我が家の庭の

    あちこちにキンレンカの種を春先に

    コツコツ

    蒔いていったため

     

     

     

     

     

     

    とりわけ

    我が家の庭で

    かつてもっとも殺風景だった

    灯油タンク下が

    今では

    最も活風景!

     

    それは

    あたかも

    日曜テレビドラマ

    「ノーサイド」の

    ラグビーチームの

    ビフォー・アフターのよう

     

     

     

     

    雨に打たれても

    風に吹かれても

    失われることのないこの明るさ

     

    今朝もハレルヤコーラスを

    唄っている

    キンレンカたち

     

    昨晩は

    釧路のゴスペルクワイア

    パワープレイザーズで

     

    At all times(どんな時でも)

    が唄われました。

     

    つらい時、痛い時、心配な時、不安な時

    さびしい時、みじめな時

    そう、どんな時でも

    私たちを変わることなく

    愛してくださっている

    方がいる

     

    それはキンレンカの創造主

    そして

    あなたやわたしの創造主

     

    その方に

    At all times

    いつでも

    どんな時でも

    賛美をささげることができる!

     

    私はあらゆる時に

    主をほめたたえる。

    私の口にはいつも主への賛美がある。

    (旧約聖書 詩篇34:1)

     

    参議院選挙投票日まで

    あと二日

     

    気になる政党や候補者が

    ネットで目にとまり

     

    ねっとサーフィンで

    その方やその政党が

    「ある極左集団とつながりがあり・・・」と

    いう記事が目にとまり

    心配になり

    直接電話で当事者に事実はどうかと

    確認

     

    いつの時代も

    われわれ

    人間社会には

    誹謗、中傷、批判、非難、

    ねつ造、欺瞞、虚偽・・・が絶えませんね〜

     

    情報、噂が氾濫する今日

     

    誰が何の意図でそのことを

    言っているのかを

     

    吟味することなしに

    判断する「思考停止状態」に

    陥らないようにしたいもの

     

    手間暇かかるかもしれませんが

    当事者から確認するのが

    安全かな〜

     

    今から約2000年前

    そのように考えていた賢明な

    人々がいましたね〜


    私たちは、あなたが考えておられることを、

    あなたから聞くのがよいと思っています。

     

    この宗派について、

    いたるところで反対があるということを、

    私たちは耳にしていますから。」

    (新約聖書 使徒の働き28:22)
     

    「どの政党に

    どの候補者に

    入れるか」ということも

    大事だが

     

    それよりもはるかに

    大事なのは

     

    この国の政治システムが

    どのように変わろうとも

     

    「あなた自身が

    わたしのように

    周囲の人に明るく

    微笑みながら

    やさしさをふりまくことなんだよ」

     

    そういえば

    キンレンカは

    どの政権下でも

    変わらない美しさだ〜

     

    「馬の背のキンレンカ」をとおして

    創造主が語りかけてくださっているなあ

     

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    「電話かけまくり選挙!?」
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      お馬さんの背中にキンレンカ

      2019.7.18

      今朝の釧路は曇天

      されども

      我が家の玄関先には

      一筋の光が!

       

      今回の参議院選挙は

      ホント悩まされます。

       

      選択肢が多すぎ!

       

      マスメディアが取り上げようとしない候補者や政党が

      ネットでは猛烈な勢いで取り上げている

      という現象も

      その一因となっています。

       

      流れてくる情報を

      比較検討するするよりも

      自分が知りたい情報をピンポイントで

      つかみ取ることが大切

       

      曲がりなりにも

      大学時代の

      専攻は政治学

       

      一次情報にあたりたい

      一次情報は

      「直接本人もしくは本人に近い人に電話で聴いて」

      得る、ということで

       

      たった一人の有権者の小さき私が

      あちこちに

      電話をかけまくる

      異常事態発生中

       

       

      元中学社会科教師として

      生徒たちに「選挙は投票に行くべき!」

      と教えていて

       

      成人を過ぎた

      卒業生たちの同窓会で

      かつて社会科の成績が良かったA君に

      「ところで、投票行ったか?」

      と尋ねると

      頭をかきながら

      「いや、行ってないっす!」

      という返答を聴いた時の

      落胆は今でも忘れられません。

       

      何のための社会科教師か?

      愕然とさせられた瞬間です。

       

      社会科教師の力量は

       

      教えられた生徒が

      後にどのように

      その知識を

      社会で

      生かし実践しているか

      で試される・・・・

       

      私どもの教会に

      参議院選に関する

      DMが届きました。

       

      今回の参議院選挙に

      立候補された方への

      支援のお願いに関するものでした。

       

      DMの中には

      その方が先月某キリスト教系新聞の

      インタビューを受けられた記事と

       

      日本のキリスト教界では著名とされる

      A牧師、B元宣教師、C衆議院議員

      3名の連名による

      推薦文が同封されていました

       

      DMを受け取った

      最初の印象は

       

      「ああ●●新聞が

      インタビューするほどだから

      信頼できる人に違いない。」

       

      「3人の著名で

      熱心なキリスト教指導者たちが

      推薦するのだから

      間違いないだろう」

       

      そう思って

      教会掲示板に

      掲示してしまいました。

       

      しかし

      あれ?その方が所属し

      また公認されている

      政党党首が

      今回の選挙公約の中で

      「同性婚法制化を可能にする」ことを

      明言されていましたので

       

      この方がこの点について

      どう思われているかを確認する必要に

      迫られて

      選挙事務所へ連絡を取りました。

       

      そのお答えを聴いた上で

      ●●新聞に電話を入れました。

       

      DMが●●新聞を通して

      送られているのかどうかを確認するためと

       

      同性婚法制化についてのこの方のお考えを

      ●●新聞が把握されているかどうかを

      確認するためでした。

       

      まず今回のDM送付は

      ●●新聞が

      全く預かり

      知らないところで行われていた

      ことがわかりました。

       

      それから

      同性婚法制化に関するこの方のお立場について

      ●●新聞の担当者の方は

      御存じでなかったようで

       

      私が、お伝えすると

      「違和感を覚えますね。」

      と率直にコメント

      されました。

       

      次に

      A牧師、B元宣教師、C衆議院議員に

      電話を入れました。

       

      理由は、3人の方々が

      この方の

      同性婚法制化に関するお立場を

      御存じの上で

      推薦されたのかどうかを

      確認するためでした。

       

      B元宣教師さんは

      あいにくご不在で

      連絡がつきませんでした。

      C衆議院議員さんは

      お忙しい中

      御丁寧に説明下さいました。

       

      Cさんご自身はこの方と

      同じ政党に属していても

      お考えが異なることが

      わかりました。

       

      Cさんは「多様な考えを受け入れることは大切ですが、

      同性婚は聖書的に言っても問題があるから慎重に・・・」

      ということで

       

      党首とは異なる考えであることを

      確認しました。

      (ただ明確に「反対」ともおっしゃらなかった・・・

       

      A牧師さんは水曜祈祷会前の

      お忙しい時間に

      丁寧に

      お電話でお時間をとってくださいました。

       

      私の話を聴きながら

      A牧師は、この方から推薦を頼まれて

      安易に引き受けてしまったことを

      「軽率でした。」と謙遜に

      お認めになられていました。

       

      というわけで

      昨日は

      ずいぶんと電話を方々へ

      かけることになったわけですが

       

      私のガラケーは

      「かけ放題」のプランのため

      電話代を

      心配せずに

      幸いでした。

       

      今回の一連の出来事を通して

      学ばされたことは

       

      クリスチャンだから

      クリスチャンを応援しよう

       

      という発想は

      安易で軽率で

      それはともすると

      「思考停止」を意味するということ。

       

      古今東西の歴史において

      国民の大多数が

      「思考停止」することで

      国が

      悲惨な状況へと

      追い込まれる例は

      枚挙にいとまがありません。

       

      一言で

      クリスチャンと言っても

       

      その人がどのような価値観で

      生きようとしているのかを

      吟味することなしに

       

      ただクリスチャンだから

      応援するというのは

      神様に対しても

      立候補する人に対しても

      失礼

       

      今回の選挙で

      興味深いケースとして

      S学会の

      現役会員の方が

      K党ではない

      別な政党を支持し

      なんと別な政党から

      立候補されるという

      ニュース報道に接して

      何と大胆な方かなあと

      思いました。

       

      こういう人は

      政治的立場は

      異なるとしても

      少なくとも

      思考停止していない、

      「考えて行動している人」なのだと

      思います。

       

       

      国会議員に限りませんが

       

      賛否両論の多い問題

      議論の多い問題について

       

      キリスト者が明確に

      自らの信仰の良心に根ざして

      「NO」というべきところを

       

      言えるかどうかも

      今回考えさせられました。

       

      「慎重でありたい。」「注視したい。」という

      表現は一見すると

      とても響きが心地よいのですが

      見方によっては

      「黙認する」「妥協する」と紙一重です。

       

      ぼやかして

      はっきり旗色を示さないことが

      美徳である場合も

      ありますが

      事と次第によるでしょうねえ。

       

      つまり

      心をご覧になる創造主のまなざしを

      第一に意識して語るのか

       

      それとも聴く人の印象を

      第一に意識して語るのか

       

      これについては

      私自身も自戒しなければと

      思わされました。

       

      「賢明な有権者が

      立候補者をより賢明な者へと育てる」

       

      今の時代

      SNSの普及により

      有権者と候補者の接点は昔以上に

      緊密になってきている

      と思います。

       

      より緊密かつ多様な

      コミュニケーションを通して

      ネット情報や

      紙面の情報だけでは

      伝わらない部分について

      極力対話を通して知る機会を持てる

      と幸いです。

       

       

      投票日まであと3日

      そろそろ

      決めないと・・・

       

      あと1〜2本

      某政党事務所に電話して

      あることを確認して

      祈って

      熟慮検討して

      から決めようと思います。

       

      少なくとも

      「そんなつもりで

      その人(その党)に

      入れたんじゃないんだけど・・・」

      とならないように

       

      くしろ港祭りが8月初旬に

      ありますが

      選挙が

      主が愛してやまない国民にとって

      「後の祭り」となりませんように・・・

       

      たかが一票

      されど一票

       

      主は、私たち一人一人が

      祈り心をもって

      投票するその一票に

      込められた信仰の行いを

      決して無駄にはなさらないお方

       

      今朝の聖書通読で読んだ旧約聖書

      イザヤ書のイメージの

      国の到来を待ち望みつつ・・・

       

      み国が来ますように

      み心が天で行われるように

      地でも行われますように・・・


      32:15 しかし、ついに、

      いと高き所から私たちに霊が注がれ、

      荒野が果樹園となり、

      果樹園が森と見なされるようになる。
      32:16 公正は荒野に宿り、

      義は果樹園に住む。
      32:17 義が平和をつくり出し、

      義がとこしえの平穏と安心をもたらすとき、
      32:18 私の民は、平和な住まい、安全な家、

      安らかな憩いの場に住む。

      (旧約聖書 イザヤ書32:15〜18)

       

       

       

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      「私の父はデザイナー」
      0

         

        今朝の釧路は雨降りくもりぞら

        されども

        我が家の玄関先は

        キンレンカたちが

        ハレルヤコーラスを歌っています!

         

        キンレンカを創造された

        天の父は

        ワンダフル・デザイナー!

        すばらしい、デザイナー!

         

         

         

         

        我が家から教会の敷地に移植した

        キンレンカ

        砂地であるにもかかわらず

        こんなにきれいに

        咲いてくれました。

         

        なんという生命力

        デザイナーなる主に栄光!

         

         

         

        昨日は、樺戸博物館で解説員をされている方に

        原胤昭氏の史料と

        聖書と

        トラクトをお送りしました。

         

        明治時代の

        北海道の各集治監について

        説明される立場の

        博物館の説明員の方々に

        できるだけ正確な

        「原胤昭」についての

        情報をご提供したく思っています。

         

        ちなみに

        「原胤昭」氏は

        釧路集治監の

        教誨師を務めた後

        樺戸集治監に

        転勤しました。

         

        更生保護の分野において

        北海道の歴史史上

        とても大きな役割を果たした

        主の器

         

        とても興味深いことは

        明治時代一時期

        北海道内の集治監の

        教誨師は

        すべてキリスト者で占められていた頃

        原胤昭も含めて

        教誨師たちは皆小柄で

        一見すると弱弱しそうな

        体型の方々ばかり

         

        そのような方々が

        当時

        本州から移送された

        屈強な青年男性たちからの信望を受けて

        獄外への逃亡者が

        激減しました。

         

        神様は私たちを

        一見すると弱そうにデザインされても

         

        そのデザインの中には

        神の力強いプランが

        秘められていたのですね。

         

        参議院選挙投票日まで

        あと4日となりましたね〜

         

        あまり、マスコミが取り上げない

        2つのことに

        ついて思いめぐらしています。

         

         

        1.選挙ポスターについて思うこと

        (街宣の名前の連呼は不要!)

         

        ポスター、本当に必要かなあ?

        誰のためのポスターかなあ?

         

        かつてブラジルに

        滞在中

        選挙があり

         

        壁に大きな字で

        候補者の名前が書かれていたので

        現地の人に

        理由を尋ねると

         

        「字の読み書きができない人のため」という理由を聴かされ

        ああ、なるほど、そうなんだと

        合点がいきました。

         

        日本では

        大きな

        顔写真まで丁寧に

        カラー印刷で

        貼られます。

         

        印刷業界で働く友人の話によれば

        ほとんどの選挙ポスターの写真の顔は

        調整されているそうです。

         

        少しでも

        見栄えを良くするために

        「真実とはやや異なった姿を掲示する」こと自体

        選挙の性質に

        なじまないのではないかなあ

         

        外面的に、

        可愛く印象づけたい

        かっこよく見せたい

        誠実そうに見せたい

         

        とするなら

        その動機の中には

        すでに

        「印象操作」が

        介在しているということ

         

        神様が

        立候補者を

        デザインされた

        そのデザインになるべく忠実に表現できたら・・・
         

        外面は外面

        人はうわべを見るが

        神は心をご覧になる!

         

        私はどうしてもポスターを貼るというなら

         

        顔写真は思い切ってやめて

        名前、所属政党や公認政党

         

        そして何よりも

        主な選挙争点についての

        立場、考えのみを

        掲示して

         

        見る人は

        その政策の違いを一目瞭然

        ポスターを見れば

        わかるようにしたら

        良いと思います。

         

        選挙民が

        知るべき情報と

        知りたい情報とのかい離

         

        さらには、立候補者が

        知らせたい情報との

        かい離などを少しでも

        減らせたら幸い

         

         

        江戸時代

        掲示板に人が群がった如く

         

        選挙掲示板に

        人が群がって

        熟読し合うように

        なったらいいですね・・

         

        それが選挙民を

        尊重することにつながると

        思うのですが

        いかがなものでしょう?

         

         

        2.表面化しずらい(させていない)

        テーマについて思うこと

         

        私が知る限り

        日本の国政選挙で

        初めて今回

         

        多くの政党が

        公約の中の文言に

        「同性婚の法制化の是非」について

        触れているように思います。

         

        消費税問題・年金問題は

        確かに生活に密着する

        重要なことがらであることは

        いわずもがなですが、

         

        今回の選挙戦の

        国民の争点の順位からすると

        かなり下位に位置するとはいえ

         

        「同性婚」法制化問題は

        この国の「かたち」そのものを

        変革させてしまう

        重要かつ深刻なテーマだけに

         

        慎重な議論が

        必要だと思うのですが

        ほとんどなされていない印象が

        あります・・・

         

        性的マイノリティーの方々が

        かかえておられる生きずらさを

        理解して寄り添うことが

        大切であることは

        言うまでもないことですが

         

        「同性婚」を法制化することと

        性的少数者の人権を大切にすることとは

        全く次元が異なる問題

         

        今の日本では

        生きずらさを抱えているグループの方々は

        多種多様、ほかにも

        たくさんおられます。

         

        たとえば

        私は保護司をしていますが

        「犯罪被害者」の方々、

        「犯罪加害者」の方々、

        その双方のご家族の方々

         

        また民生委員をしていますが

        「生活困窮者」の方々

        「特定疾患をお持ち」の方々

        「母子家庭」の方々

        「父母家庭」の方々

        「ひきこもりの方がおられる家族の」方々など

         

        みなさん

        異なった種類の「生きずらさ」を

        かかえておられます。

         

        「私の生きずらさの方が

        あなたの生きずらさよりも

        深刻だ」

         

        と言うことはできないでしょう。

         

        みんなユニークで

        比較不能な

        生きずらさがそこには

        存在するはずでしょう。

         

        にもかかわらず

        なぜか

        今の日本では

        性的マイノリティーの方々の

        生きずらさばかりが

        とりわけマスコミによって

        クローズアップされすぎ

         

        ややバランスを欠いては

        いないだろうかなあ〜。

         

        「同性婚」法制化が

        はたして

        政治公約の中にも

        挙げられなければならない

        テーマなのかどうか・・・

         

        「同性婚」を認めると

        どのような社会になるか・・・

         

        その向こう側には何があるのか・・・

         

        「好きな人同士の結婚を認めるべき?」

        「それがたとえ・・・の関係であっても?」

        「本人たちがそれを望んでいるなら・・・?」

        「結婚したいふたりの意思を尊重するべき?」

         

         

        同性婚を法制化した

        先進国某国では、

         

        驚くべきことに

        兄弟姉妹の婚姻

        の法制化準備の話が

        進行していたり

        親子の婚姻についてさえも

        すでに水面下で

        議論されています。

         

        これは性倫理の問題とも

        関連します。

         

        「セックスは

        結婚した一人の男と一人の女の間のもの」として

        神がデザインされたもの

         

        人間は創造主のデザインから

        ずれたことを

        している時は

        その瞬間は

        心地さや快適さを覚えたとしても

        それはあくまでも刹那的なもので

        魂の奥底では「良心の呵責」

        「空虚感」「後ろめたさ」

        「背徳感」「恥意識」

        「恐れ」などの

        負の感覚を覚えるものです。

         

         

        人間をデザインされた創造主は

        人間を男と女にデザインされました。

         

        そして

        一人の男と

        一人の女の結婚が

        創造主のオリジナルの

        結婚のデザイン

        です。

         

        しかし人間は、結婚に限らないことですが

         

        いかんせん

        われわれ人間は

         

        創造主のデザインから

        ずれた生き方や

        ありかたを選択するように

        なってしまいました。

         

        性の問題だけではありません。

         

         

        「なんで人を殺してはいけないのか?」

         

        という問いに対して

        バイブル(聖書)をよりどころとする人は

        明確に

         

        「人は神の似姿に造られているからだ!」

         

        神が「人を殺してはいけない」と命じているからだ、

         

        そのようにズバッと

        明確に答えることができます。

         

        神のデザインからずれているから、と

         

        しかし

        無神論者の方や

        不可知論者の方々は

        答えに窮することでしょう。

         

        刑事ドラマ「相棒」でも

        このテーマが出たことがありますね。

         

        進化論的世界観に立つ人は

        脆弱な論拠に

        すがらなければなりません。

         

        法律によって

        「同性婚を認める」ことは

        創造主のデザインからずれることを

        人間が法制化してしまうことに

        等しい

         

        「デザイナーの無視」

         

        ところで

        法制化と言えば

         

        日本は戦後

        世界で初めて

        「人工妊娠中絶」を合法化した国

         

        私たち日本人は

        世界に先駆けて

        神のデザインを壊すことを

        法制化してしまったのです。

         

        あのマザーテレサも

        来日して

        そのことについて

        どれほど心痛めておられたか

         

        特別養子縁組制度は

        キリスト者たちの働きかけが

        きっかけで

        作られた法制度

         

         

        自分自身の性のアイデンティティの問題で

        生きずらさを覚えている人の傍らに立って

        耳を傾けて

        サポートすることと

        「同性婚法制化」は全く別物

         

         

        「それを願っている人たちの願いをかなえてあげること」は

        必ずしも、愛や寛容でなないし

         

        「それを願っている人の願いの実現に首を縦に振らないこと」が

        必ずしも非寛容を意味しないでしょう。

         

         

        日本の今後のあり方について

         

        消費税や年金の仕組みについて

        論議することも

        大事ですが

         

        消費税や年金の「かたち」

        はその時代の

        景況によって

        変動可能です。

         

        しかし

        「家族のかたち」は

        後世に

        多大な影響を与えることを

        真剣に考えなければならない・・・。

         

        家族のありかたについて

        思いめぐらすことは

        大事なことと思います・・・。

         

        キンレンカが

        美しいのは

        それが、創造主のデザインだから

         

        わたしたち人間が

        よりよく生きるということは

        創造主のデザインの中を

        生きるということ

         

        「私が何をしたいか?」

        よりも

         

        「創造主が

        私をどういう者としてデザインされたのか?」

        に思いをはせながら

        歩みたいもの

         

         わたしの名で呼ばれるすべての者は、

        わたしの栄光のために、

        わたしがこれを創造した。

        これを形造り、また、これを造った。

        (旧約聖書 イザヤ書43:7)

         

        グッドニュース

        北海道産のキャベツがなんと97円

        うれしい!

         

        こういうことで喜べるって

        幸せなことかも

         

        毎日キャベツを食べる

        私の今日の生活感!

         

        歩いて買いに行くには

        遠いかな〜

         

         

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        今日もハレルヤが続く
        0

           

          今日も曇り空が続くクシロですが

          我が家の庭は、

          今日もハレルヤが続きます!

           

          ハレルヤ。

          主に感謝せよ。

          主はまことにいつくしみ深い。

          その恵みはとこしえまで。

          (旧約聖書 詩篇106:1)

           

          昨晩は

          夕食後

          釧路市白樺台地区の一角に

          教会のオリジナルトラクト配り歩き

          階段が多かったせいか

          臀部に痛みが・・・

           

          汗かきかき

          気づいてみると時計の針が

          9時半を回っていました。

           

          ガラケーで時刻を確認すると

          歩数が

          1万をはるかに

          超えていました。

           

          今日は休刊日なので

          白樺地区の皆さんが

          今朝、福音の知らせを

          グッドニュースとして

          心にとめていただけると嬉しいなあ。


           

           

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          VIVA LA VIDA
          0

            2019.7.15

             

            釧路市桜ケ岡中央会館にて行われた

            第7回 赤川美江子歌謡教室 発表会

             

            釧路市保護司会桜ケ岡分区が

            釧路市保護観察所とともに

            毎年後援させていただいております。

             

            私は今年は分区長となりましたので

            冒頭に御挨拶の中で

            保護司の活動の中身について

            皆さんに簡単に

            ご紹介させていただきました。

             

             

            歌謡発表会常連の参加者Aさん

            「文化会館くらい広いところでないと

            唄った気がしないんだよなあ〜」

            とおっしゃるAさんはNHKのど自慢や

            各種歌謡選手権大会に出場され

            数々の賞を受けておられるベテランさん

             

            「おれな、本当は若いころ

            歌手になりたかったんだけど、

            家の事情でなれなかった。

            昔は、子だくさんで

            男は兵隊の時代だったからなあ

            歌手になりたくても

            許されなかった。

            今の若い人たちは幸せだよな。

            一家に一人か二人しか子供いないベ

            好きなことなんでも

            させてもらえるべや」

             

            そう述懐されるAさんが私に

            「牧師さんも、飛び入りで唄わんかい?」

             

            わたしは昨日

            のどを使いすぎたのか

            使い方が良くなかったのか

            なぜかしらん

            昨日の午後から

            突如声が出なくなってしまい

             

            電話の受話器にも応答できず

            電話をかけてくださったかたは

            困惑されたに違いありません。

             

            そういうわけで

            昨日後半は

            無声音で会話

            しなければなりませんでした。

             

            第3礼拝では

            無声音(ひそひそ声)で

            マイクで拡声させていただこうと

            思いましたら

            出席者が0でした。

             

            神様から

            「しゃべりすぎだ。もっと周囲の人に話す機会を与えなさい。

            そして、もっと人の話を聴きなさい。」

            と促されているようです〜

             

             

             

             

            わたしたちの教会の仲間のBさん

            開演前

            マスクされて

            「声が出ないの」と言われながらも

            本番では

            見違えるような

            とても美しい声で

            唄われていましたので、

            祈りを通して主が

            声を出させてくださっている

            なあ、と実感

            クリスチャンには特別な神様の御恩寵が

            あるっていうのは本当のことだと

            思いましたねえ。

             

            こちらの紳士

            95歳とは思えないほど

            肺活量が多く

            しっかりとしたお声で

            唄われていました。

             

             

            開場10時半

            開演11時でしたが

            なんと開場時刻より1時間以上前から

            すでに入場者あり

             

             

             

            奉仕活動を終えて

            保護司たちにはヘルシーな弁当が

            備えられていて

            ごちそうさまでした!

             

            この日の釧路は

            肌寒くて曇り空

            でしたが

            涼しいのが大好きな私

            にとっては快適でした。

             

            この日のゲストのお一人は

            元刑務官で

            釧路刑務所、

            月形刑務所、

            東京拘置所など

            様々な行刑施設で

            働かれた方

             

            御病気をお持ちで

            治療中でありながらも

            旭川から

            日帰り運転で

            片道5時間運転されて

            お出でくださいました。

             

            3曲唄われましたが

            とりわけ五木ひろしの

            VIVA LA VIDA

            (生きてるっていいね)が

            良かったです。

            社会を明るくする運動のテーマと

            歌詞もリズムもフィットする曲で

            とても耳に残りました。

             

            VIVA LA VIDA

            とはスペイン語で

            人生万歳

            人生最高といった

            意味だそうで

             

            昔ドリフターズが

            8時だよ全員集合の中で

            「ヴィヴぁヴィヴぁ」と

            唄っていたフレーズを

            思い出しました。

            スペイン語だったんですね〜

             

             

            五木ひろしといえば

            わたしは「横浜たそがれ」を聴いて

            育った世代ですが

            あれから50年はたつでしょう・・・

             

            実に長期間にわたって

            歌手活動を続けられている

            のですね。

            しかも写真を見ると今でもお若い・・・

            なぜなんでしょうね!

             

            日本列島は

            ここ数日日照量が

            やや不足気味のようですが

            せめて心の日照量は

            世の光なるキリストによって

            増していけますように!

             

            おっと西日が差してきたクシロですよ

             

             

             あなたにとっては闇も暗くなく

            夜は昼のように明るいのです。

            暗闇も光も同じことです。
            (旧約聖書 詩篇139:12)

             

             

             

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