「かかっちゃいけない!」
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    2020.3.30(月)

    肌寒い朝でしたが

    釧路は快晴で

    鳥の鳴き声が

    ピース、ピースと聴こえたかと

    思うと

    別な鳥が

    スピーっ、スピーっと

    鳴いています。

     

    今朝は鳥の鳴き声を聞き分ける練習を

    しました。

    自分なりに聴こえた音声を

    文字化すると面白いです。

     

    毎週礼拝メッセージ後に

    私どもの教会では

    God Bless Youという

    賛美を神様にささげます。

     

    発音すると

    「がーっぶれーすゆ〜」となりますが

    4か月前から

    礼拝に出席されているAさんから

    「いい歌なんで

    その歌詞カードがほしい」と

    お願いされて

    ファックス送信させていただきましたら

     

    Aさんたいそう困惑されました。

     

    というのもAさんは

    4ヶ月間

    いつも周囲の人の声に合わせて

    「だってっ〜しゅ〜」と

    唄っておられたということです。

     

    大丈夫ですよ。

    神様はAさんの心をご存じですから

    と笑い合いました。

     

     

     

    「ガ〜ッブレ〜スユ〜」

    「ダッテッ〜シュ〜」

     

    混じっていても

    不協和音にならないなんて素敵

     

    私自身、最近聴力が衰えたのか

    妻に何度も「えっ?」

    と聞き返すことが多くなりました。

     

    聞き間違えてしまう年代に

    突入したかな〜

     

    にわとりの

    こけこっつこーが

    国によっては

    コックワドゥドゥ〜と

    聴こえるようですが

     

     

    でも鳥さんの声というのは

    その人が聴こえたように表現できる

    自由さが

    あって、何かほっとします。

     

     

    幸いなことは

    私たちが何語で祈っても

    天のお父様は

    私たちの心をご存じであるということ

     

    昨日午前9時から

    今朝午前9時にかけて

    24時間

    WEA(世界福音同盟)が

    世界8億人とも言われる

    福音主義的な立場の教会のキリスト者に

    呼びかけ

    このたびの新型肺炎問題のために

    断食祈祷を含む

    集中祈祷が

    なされましたが

    何語で祈っても

    それを聴いて下さっている全能の神が

    おられることは

    なんと幸いでしょう。

     

    たとえ呼びかけた8億の中で

    二人しか祈らなかったとしても

    その祈りは確実に届く

    そう信じるのが

    キリストの弟子たち!

    ハレルヤ

     

    まことに、もう一度あなたがたに言います。

    あなたがたのうちの二人が、

    どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、

    天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。

    (新約聖書マタイ18:19)

     

    日本の有名な男性タレントさん(70歳)の

    新型肺炎による訃報が報じられました。

    ご遺族の方々の上に主の慰めがありますように。

    先月、中国武漢帰りの

    台湾人の一人の感染が発覚した時に

    それを発表された台湾保健省の大臣が

    記者会見中、涙を流されました。

    その姿に台湾中の方が感動されたそうです。

     

    たった一人の人のために涙を流す大臣の姿

     

    聖書で最も短い言葉と言われる

    「イエスは涙を流された」(ヨハネの福音書11:35)

    イエスは、たったひとりの

    愛するラザロの死の知らせを聴いて

    涙を流されました。

     

    イエスはその直後に全能の力によって

    ラザロをよみがえらせるのですが

    そのことを知りながらも

    あえて涙を流されたのです。

    イエスの憐れみ深さの表れです。

     

    聖書の神、創造主なる神、天のお父様は

    どのようなお方か

     

    そう、たった一人の人

    その人が有名なタレントさんであろうと

    なかろうと

    涙を流されるお方

     

    私たち一人一人を個人として

    いつくしんでおられるお方です。

     

    憐れんで下さるお方です。

     

    決して

    大勢の中の一人として

    わたしたちを見ない

     

    かけがえのない「ひとり」として

    尊重して愛してくださっている。

     

    その決定的な証拠、根拠が十字架です。

     

    罪のないイエスキリストが

    罪ある私たちひとりひとりの罪を背負って

    十字架で身代りに死んで葬られて

    よみがえりました。

     

    それはイエスを信じる人が

    一人として滅びることなく

    イエスを信じるすべての人が

    罪をゆるされて

    永遠のいのちをいただくためです。

     

    東京都知事の会見の時に

    隣に座っておられた

    感染症治療の最前線に立つ

    専門家が、

    都民に向かって

    「かかっちゃいけないんです!」

    と切々と訴えました。

     

    神は

    全世界の人に向かって

    「ほろんじゃいけないんです!」

    そう訴えておられる。

     

    感染する人の80%が軽症で済むと聞くと

    ある人は、自分はその80%に違いない

    もしくは、

    そうあってほしいと願うかもしれません。

     

    しかしとくに5%の重症化する人

    に影響を与える可能性があることを

    考えると

     

    80%に属する方々であっても

    愛すべき5%の人に感染させる可能性が

    あるゆえに

    その5%の方々「一人」の命を守るためにも

    「かかっちゃいけない!」のですね。

     

    わたしたち国民がみな

    自分のことを考えて行動するだけでは

    不十分で

    5%の人のことを意識して行動しなければ

    ならないと思われます。

     

    イエスはたった一人の人のためにも

    命がけで十字架にかかられた

    これを私たちは肝に銘じたいものです。

     

    「自分は無自覚無症状であっても、

    現在すでに感染しているかもしれない」

    「その自分が感染をまき散らしてはいけない」

     

    こういう意識を

    私たち一人一人が持ちたいものです。

     

     

    これは罪の自覚と似ているかもしれません。

     

    多くの人は

    自分がツミビトであると自覚しないで生活している

    善人だと思っているかもしれません。

     

    しかし神様の目にはすべての人がもれなくツミビトです。

    周囲の人、夫婦、親子、親戚、同僚、友人・・に

    気づかないうちに罪をまき散らしている

    存在であることを

    深く自覚したいと思います。

     

    その罪を始末するために

    来られたのが

    主イエスキリストなのです。

     

    イエスキリストを

    信じることは

    感染症で言うと

    誰にでも

    100%効き目のある

    ワクチンを接種されるようなものです。

     

     

    このブログをご覧下さっているお一人お一人が

    主イエスキリストを

    罪からの救い主として

    信じて

    罪のゆるし、からだのよみがえり、とこしえの命を

    信じて

    平安をもって

    今日という日を歩まれますように!

     

     神は、実に、

    そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。

    それは御子を信じる者が、

    一人として滅びることなく、

    永遠のいのちを持つためである。

    (新約聖書 ヨハネの福音書3:16)

     

     

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    2020.3.29釧路キリスト福音館礼拝動画
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      2020.3.29(日)

      今週で4週連続でのネット動画配信となりました。

       

      会堂での午前9時からの第1礼拝

      午前10時45分からの第2礼拝

      そして家庭では午前10時からのネット礼拝

      の3つに別れての礼拝

      場所は離れても心を一つにして

      天地を創造された全能の神様の前に

      ぬかずき

      今週も

      神と隣人に仕える

      光を放つ愛の群れとして

      遣わされたく願っています!

       


      7:14 わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、

      祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、

      わたしは親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。
      7:15 今、わたしはこの場所でささげられる祈りに目を開き、耳を傾ける。

      (旧約聖書 粁鯊紕掘В隠粥腺隠機

       

      本日2020.3.29

      は、世界福音同盟というところから

      全世界のキリスト者たちに

      断食と祈りの日として

      心合わせて祈ろうという呼びかけがなされています。

       

      まずキリスト者が

      自らへりくだること

      これが肝心

       

      健康の事情が

      おありのかたもおられますので

      それぞれが無理のない形で

      困難な中で

      上の聖句を覚えつつ

      祈ることができたら感謝です。

       

      ある方は

      健康の事情で

      食事を断つことに代えて

       

      テレビ、ネットサーフィン、

      など祈りを妨げる何らかのものを

      控えて祈りに集中されています。

       

      祈る時には

      聖書のことばを

      朗読して祈ることを

      お勧めします。

       

      祈っては聖書を読み

      聖書を読んでは祈る

      祈りは神様との会話で

      継続的な営みです。

       

      今は人間同士の

      物理的な「密着」を避ける重要性が

      叫ばれていますが

       

      祈りでは

      御子イエスキリストの名によって

      ご聖霊を通して

      目に見えない父なる神との

      「霊的密着さ」が

      重要!

       


      4:6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、

      感謝をもってささげる祈りと願いによって、

      あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
      4:7 そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、

      あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

      (新約聖書ピリピ書4:6〜7)

       

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      「教会の歴史」と「ウイルス禍」
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        2020.3.28(土)

        昨晩は雨が降って2日連続で

        ウオーキングを控えることと

        なりましたが、

        今朝は、とてもよいお天気

        鳥たちのさえずりも

        美しいです。

         

        教会の歴史とパンでミックの関係について

        書かれた文章は

        とても興味深く教えられます

         

        ・・・・・引用ここから・・・・・

        ■ 教会の歴史から

        人類は、歴史上、何度となくパンデミック(世界的流行病)を

        経験してきました。

        そのような中で、キリスト者たちは何を考え、

        どのように行動してきたのでしょうか。

        ここでは、有名な二つの例だけを御紹介します。

         

        1.古代教会の例

        紀元3世紀の中頃、

        アフリカから始まり一日に5千人近い死者を首都ローマにもたらした疫病が、

        古代ローマ世界を恐怖に陥れました。

        人々は不衛生な市中から田舎に逃げ去り

        (その結果さらなる拡大を招き)、

        罹患者は死人の如く市外に投げ出され、

        家族からも見捨てられました。

        北アフリカはカルタゴの司教キプリアヌスが、

        説教の中で当時の社会状況と病状について詳細に述べたために、

        この疫病は爛プリアヌスの疫病(The Plague of Cyprian)“

        と名付けられてしまいました。

         

        キプリアヌスは、

        その説教(『死を免れないことについて(De mortalitate)』)において、

        デマを退け信徒たちの心を覆っている恐怖心を取り除くために、

        いくつもの聖書の物語に言及しつつ、

        地上においては病にかかり苦しみ死ぬことは万人に共通であること、

        しかしキリスト者はその精神において異なっていることを力説し、

        次のように述べます。

         

        愛する兄弟達よ。むしろ私達は、

        健全な心と堅固な信仰、強固な徳を備えて、

        すべて神の御心に従う者となりましょう。

        死の恐怖を退けて、

        死の後に続く「不死」について考えるようにしましょう。

        私達は自分の信じていることを示しましょう。

        親しい者の死を嘆き悲しむのではなく、

        また自分の召される日が到来した時には、

        私達を呼び寄せて下さる主のみもとへ、

        ためらうことなく、喜んで行こうではありませんか(24)。

         

        神のしもべたちは常にこのように行動しなければなりませんが、

        特に今――

        この世が腐敗し猛威を振るう

        悪の嵐に圧迫されている今こそ、

        なおさらそうしなければなりません(25)。

         

        (※説教全体は、オンラインで読める。「キプリアヌス死を免れないことについて」で検索)

         

        さらに、教会の執事を務めていた伝記記者(Pontius)によれば、

        キプリアヌスは信徒たちに、

        この災禍にあっては兄弟姉妹たちを助けるのみならず、

        未信者をも助けて善を為すように強く勧めていたようです。

        こうして、世は、キリスト者たちが

        いかに互いに愛し合っているか(ヨハ13:35)

        のみならず、敵をも愛する愛をもって仕えていること(マタ5:43-48)

        を知ったのです。

         

        このキリスト者たちの愛の業は、

        リスト教公認に否定的であった皇帝ユリアヌスさえも

        認めざるを得ませんでした

        (拙著『キリスト教の“はじまり”』66頁注15参照)。

         

        なお、付言すれば、先に挙げたキプリアヌスの説教は、

        カルヴァンが『キリスト教綱要』の中で死をも恐れない

        「キリスト者の生活」について論じる際に言及されています(:9:5)。

         

        2.宗教改革期の例

        14世紀の中頃、

        アジアからヨーロッパ全土を襲った黒死病(ペスト)は、

        ヨーロッパの全人口の4分の1から3分の1を死に至らしめたと言われています。

        その後も散発的に流行を繰り返したこの病は、

        1527年の夏、マルティン・ルターがいたヴィッテンベルクをも襲いました。

        時のザクセン選帝侯ヨハン・フリードリヒは

        ルターたちに避難を命じますが、

        ルターはこれを拒否して

        町の病人や教会員たちをケアするために残ります。

        しかし、他の町をも襲った災禍の中で、

        キリスト者が災禍を避けて逃れることは

        是か非かとの議論が起こり、

        ルターにアドバイスを求めることになりました。

        これに応えて書いた公開書簡が

        「死の災禍から逃れるべきか」という文章です。

         

        (英訳“Whether One May Flee From A Deadly Plague”は、オンラインで読める)。

        この手紙の要点は、以下のとおりです。

         

        (1)困難な時こそ神の召しに忠実であれ

        ルターはまず牧師たち聖職者に対して、

        命の危険にさらされている時こそ、

        聖職者たちは安易に持ち場を離れるべきではない

        と戒めます。

        説教者や牧師など、

        霊的な奉仕に関わる人々は、

        死の危険にあっても堅く留まらねばならない。

        私たちには、キリストからの明白な御命令があるからだ。

        「良い羊飼いは羊のために命を捨てるが、

        雇い人は狼が来るのを見ると逃げる」(ヨハネ10:11)と。

        人々が死んで行く時に最も必要とするのは、

        御言葉と礼典によって強め慰め、

        信仰によって死に打ち勝たせる霊的奉仕だからである。

         

        牧師だけではありません。

        行政官などの公務員や医療関係者、

        主人と召使い、子を持つ両親に至るまで、

        各々が主から与えられた

        (他者に仕えるという)

        召しを全うせねばならないと、ルターは述べます。

        さらに、身寄りのない子どもたちや知人・友人に至るまで、

        およそ病の苦しみにある隣人をケアしなければならない。

        なぜなら、

        主が「私が病の時に、あなたは訪ねてくれなかった…」

        (マタイ25:41-46)と仰せになったからである、と。

        実際、困難な中にある隣人を助けないのは殺人と同じだ(汽茱魯3:15)

        とさえ言います。

        つまり、このような災禍が神から与えられたのは、

        私たちの罪を罰するのみならず、

        神への信仰と隣人愛とが試みられるためである。

        悪魔は、私たちが恐れと不安にさいなまれ

        キリストを忘れるようにと仕向ける。

        しかし「お前の牙に毒があったとしても、

        キリストにはさらに大いなる(福音という)薬がある…。

        魔よ、去れ!キリストはここにおられ、

        ここに主に仕える僕がいる。

        キリストこそ、崇められますように!アーメン」と、

        ルターは説教します

        (“神はわがやぐら”は、この時期に作られたとも言われます)。

         

        (2)不必要なリスクを避けよ

        他方において、ルターは、

        死の危険や災禍に対して

        あまりに拙速かつ向う見ずな危険を冒すことの過ちについても述べています。

        それは神を信頼することではなく、

        試みることであると。

        むしろ理性と医学的知見を用いて、

        次のように考えなさいと諭します。

        私はまず神がお守りくださるようにと祈る。

        そうして後、私は消毒をし、

        空気を入れ替え、薬を用意し、それを用いる。

        行く必要のない場所や人を避けて、

        自ら感染したり他者に移したりしないようにする。

        私の不注意で、彼らの死を招かないためである…。

        しかし、もし隣人が私を必要とするならば、

        私はどの場所も人も避けることなく、喜んで赴く。

        このように考えることこそ、

        神を恐れる信仰の在り方であると。

        ただし、実際の現場においてどのように判断し行動するかは、

        各自が考えるべきこととしています。

        「ウイルス禍についての神学的考察」

        (神戸改革派神学校校長吉田隆氏)

         

        ・・・・引用ここまで・・・・

        ↓↓↓

        https://krts.net/wp-content/uploads/2020/03/corona200320.pdf

         

         

        世界福音同盟(WEA)という

        福音主義的な教会を包括する団体から

        このたびの

        新型コロナウイルス感染症について

         

        明日29日に

        全世界で、断食と祈りの日としようという

        呼びかけがなされたことを

        今知りました。

         

        名付けて

        GLOBAL DAY OF PRAYER & FASTING

        心を合わせて祈ります!

         


        7:12 その夜、主はソロモンに現れ、彼に言われた。

        「わたしはあなたの祈りを聞き、この場所をわたしにいけにえを献げる宮として選んだ。
        7:13 わたしが天を閉ざして雨が降らなくなったり、

        あるいはわたしがバッタに命じてこの地を食い尽くさせたりして、

        わたしがわたしの民に対して疫病を送ったときには、
        7:14 わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、

        祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るなら、

        わたしは親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地を癒やす。
        7:15 今、わたしはこの場所でささげられる祈りに目を開き、耳を傾ける。
        7:16 今、わたしはこの宮を選んで聖別した。

        それはとこしえにわたしの名をそこに置くためである。

        わたしの目とわたしの心は、いつもそこにある。

        (旧約聖書 粁鯊紕掘В隠押腺隠供

         

         

         

         

         

         

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        聖書と「ウイルス禍」(過去から学び、現在を見据え、将来につなぐ!)
        0

           

           

          2020.3.27

          今朝も快晴

          昨日のカラスの大群はどこへ行ったのか

          一羽も見当たらず

          あちこちから

          鳥のさえずりが聴こえて

          うららかな春日和の釧路です。

          今日はこれから標茶原野(栄地区)へ

          聖書学び会に

          まいります!

           

           

           

          「ウイルス禍についての神学的考察」という

          文章が目に留まりました。

           

          テーマは難しそうですが

          中身は

          クリスチャンのみならず

          一般の方々にとっても

          とても参考になると思いましたので

          ご紹介させていただきます。

           

          ・・・・引用ここから・・・・

          ■ 聖書から

          ・多くの人々の命を奪う災禍として、聖書の昔から言われてきたのが、

          戦争と飢饉と疫病です(エレ14:12、21:7、27:8等)。

          人災と天災、そして(古代においては)原因不明の災いの三つです。

          しかし、すべては神の御支配の中にありますから、

          いずれの災いも人間の罪に対する神の懲らしめや

          裁きによってもたらされるものと考えられました

          (出エジ9:15、詩編89:33他多数)。

           

          ・したがって、これらの災いを治めてくださるのもまた主の御業です。

          人々は、礼拝で祈りを捧げて、

          災いを主が治めてくださるようにと願いました

          (サム下24:25、歴代下20:9)。

           

          ・それとは別に、原因不明の病やカビなどにかかった罹患者や建物などを

          一定期間隔離したり封鎖したりすることは、

          旧約聖書でも常識でした(レビ13-14章)。

          そのような人々や状態は宗教的に“汚れている”とされましたが、

          それは必ずしもその人や物への神の裁きを意味していません。

          ところが、そのような人々を差別して疎外し遠ざける(詩編38:12)のは、

          人間の罪です。

           

          ・主なる神は、愛する者たちを「暗黒の中を行く疫病」や

          「真昼に襲う病魔」からもお守りくださる御方です(詩編91章)。

          しかし、たといそうでなかったとしても、

          病に侵された者を深く憐れんで触れてくださるのが、

          私たちの主イエス・キリストです(マルコ1:41)。

           

          ・聖書の神は、疫病をもたらすことも止めることもできる全能の神です。

          しかし、それ以上に、病に倒れようが人々から遠ざけられようが、

          ただ一人どこまでも関わってくださる愛の神です。

          病を支配する方であると同時に、

          病の如何にかかわらず、

          私たち人間を愛してくださる御方なのです。

           

          ・このような神の愛を信じ、

          この神の愛によって救われたキリスト者もまた、

          この世の病を恐怖の的のように見る必要はありません。

          剣であろうと飢えであろうと、

          キリストの愛から引き離すことができるものなどないからです

          (ローマ835)。

          ・・・・引用ここまで・・・・

           

          ↓↓↓

          https://krts.net/wp-content/uploads/2020/03/corona200320.pdf

          (神戸改革派神学校の吉田隆校長)

           

          わたしたちの教会では

          毎週レビ記を1章から

          学んできて

          先週の箇所にはちょうど

          26章16節が含まれていました。


          わたしもあなたがたに次のことを行う。

          わたしはあなたがたの上に恐怖を臨ませ、

          肺病と熱病で目を衰えさせ、

          心をすり減らさせる。

          あなたがたは種を蒔いても無駄である。

          あなたがたの敵がそれを食べる。

          (旧約聖書 レビ記26:16)

           

          「肺病」ということばが

          あったので

          時期が時期だけに

          どきりとしました。

           

          さらにこの日

          私たちの教会で使用している

          聖書通読表で定められた

          通読箇所が

          なんと申命記28章でした。

           

          なぜ「なんと」と申し上げたかと言いますと・・・

           

          この章の中にも

          「肺病」が出てくるからです。


          主は肺病、熱病、高熱病、

          悪性熱病、また干ばつ、

          立ち枯れ、黒穂病であなたを打つ。

          これらのものは、あなたが滅びるまで、

          あなたを追いかける。

          (旧約聖書 申命記28:22)

           

          新改訳聖書の日本語で

          「肺病」と

          訳されている聖書箇所はたった2か所

           

          そのどちらも

          同じ日の説教箇所と

          通読箇所で坂なったことは

          偶然ではないと思いました。

           

          旧約聖書に出てくる「肺病」は

          英語ではwasting disease「慢性消耗病」

          と訳され、治療法がなくもともとは

          動物固有の疾患だったものが

          異種間に感染をもたらす

          可能性があるものとして

          今日まで警戒されて

          きたもののようです。

           

          神が創造された自然界には

          そもそも

          ウイルス禍は存在しませんでしたが

           

          人間の罪を原因として

          この自然界全体が堕落してしまったと

          聖書には書かれています。


          世界的規模の疾病は

          過去の歴史を見ると

          古代、中世、近世、現代に

          至るまで

          しばしば人類の歴史に起こってきていて

          今に始まった話ではないことが

          分かります。

           

          ただ今日の感染症が

          過去の感染症と異なる点は

          グローバル化によって

          感染スピードがべらぼうに

          速くなっているということ。

          そしてさまざまな分野に影響を及ぼしているということ

           

          ウイルス感染症を含めた

          疾病を通して

           

          神様が今まで

          ある人々に

          さまざまなメッセージを

          語られてきた場合があります。

           

          1.出エジプト記に出てくるエジプトでの疾病では

          「わが民(イスラエル人)を解放せよ!」

          という正義と警告のメッセージが

          ファラオに向けて語られ

           

          2.エジプト脱出後のイスラエルの民が体験した疾病では

          「わが民よ!私のもとに帰っておいで!」

          という愛の招きのメッセージが

          イスラエルの民に向けて語られ

           

          3.主イエスがさまざまな疾病をいやされた場合には

          「この方(イエス)こそが救い主である!」

          というメシア預言の成就と言うメッセージが

          人々に向けて語られ

           

          ・・・ていました。

           

          今回の新型コロナウイルス感染症を通して

          創造主なる神は

          いったい

          私たち一人一人に

          どのようなメッセージを

          語ろうとしているのでしょう・・・・

           

          この世の終わり

          イエスキリストが

          再び来られる前の

          しるしとして

           

          地震、飢饉、疫病の

          3つが

          起こることは

          今から2000年ほど前に

          すでに主イエスが

          預言されていたことでした。

           

          大きな地震があり、

          方々に飢饉や疫病が起こり、

          恐ろしい光景や天からの大きなしるしが現れます。

          (新約聖書 ルカの福音書21:11)

           

          今回の感染症が

          聖書のこの箇所で言う「疾病」をさすと

          限定してしまうのではなく

          世の終わりには

          もっと深刻な疾病がもたらされることを

          念頭に置いて

          神の前に心を備える必要が

          あるでしょう。

           

          ただし吉田先生が言及されて

          おられるように

           

          いかなる疾病といえども

          私たちをイエスキリストの愛から引き離すことは

          できないことを

          知っておくことは

          大きな慰めと励ましとなることでしょう。

           

          そればかりか

          素晴らしいことは

           

          主イエスの十字架で

          流された血によって

           

          ウイルス禍を含むありとあらゆる

          のろいで汚されたこの自然界

          この地は

           

          やがて

          神ご自身のご介入によって

          改変、回復、リニューアルされるという

           

          聖書が約束している

          希望の良い知らせがある!ということ

           

          最終的には、この良い知らせ(福音:ゴスペル)が

          ウイルスをも

          完全駆逐し

           

          この地を主の平和だけが

          覆う

          新時代が来る

          歴史のクライマックスが訪れるとは

          なんと幸いなことでしょう!


          1:20 その十字架の血によって平和をもたらし、

          御子によって、御子のために万物を和解させること、

          すなわち、地にあるものも天にあるものも、

          御子によって和解させることを

          良しとしてくださったからです。

          (新約聖書 コロサイ書1:20)

           

          では、私たちはどうしたらいいのでしょう?

           

          神の前に自分の罪を告白し

          悔い改め

          イエスキリストが自分の罪のために

          十字架で身代りに死んでよみがえられたことを

          信じて、イエスの言葉を人生の指針として

          歩み始めること!

           

          神を恐れて

          誠実を愛し

          神の前にへりくだり

          神と共に生きること

           

           

           

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          「首都圏の同胞が守られますように」
          0

            2020.3.26

            今朝も快晴の釧路

            温かい

            朝の祈り会に行こうとすると

            電線に

            たくさんのカラスが群がって

            鳴いていて

             

            2〜3羽が

            ぼとっと目の前に

            羽根をばたつかせながら

            落ちました!

             

            ぞっとしました。

             

            何やらもがきあいながら

            また飛び立っていきました。

             

            それにしても

            たくさんのカラスが頭上で鳴いていると

            いつこちらに突撃してくるかと

            警戒させられます。

             

            あのとがったくちばしで

            つつかれたら

            たまったものではないなあと

            思いながら・・・

             

            でも、待てよ!

            カラスは可視的存在

            しかも鳴いて

            「ここにいるぞ!」と

            教えてくれるし

            地面に落っこちたら

            どさっと

            音を立てて

            「落ちたぞ、ここに」と

            教えてくれる。

            近寄ったら逃げてくれるし

            息絶える時も

            人里離れたところを

            選んでくれる

            やっかいものというより、

            親切なものかもしれん・・

             

             

            一方ウイルスは不可視で

            鳴いてくれないし

            地面に落ちても

            音を立ててくれない。

            近寄っても

            逃げてもくれない

             

            やっかいだなあ

            まるで聖書で教えている

            悪霊のよう

             

            そう考えると

            カラスは

            かわいいものかもしれん

             

            そう思った瞬間

             

            それまで

            うるさい、こわい、不快としか思えなかった

            カラスの鳴き声が

            不思議と

            ああ、教えてくれてありがとう

            不思議と今までの

            不快感が消えているではないか・・・

            むしろ親近感さえ

            わいてくる

             

            なにはともあれ

            祈り会の前

             

            困難な時代だから

            警戒して祈っていなさい

            というメッセージと

            受け止めることと

            いたしました。

             

             


             しかし、あなたがたは、

            必ず起こるこれらすべてのことから逃れて、

            人の子の前に立つことができるように、

            いつも目を覚まして祈っていなさい。」
            (新約聖書 ルカの福音書21:36)

             

            昨晩

            わが生誕地 東京で

            週末の

            外出自粛要請が

            出されました。

             

            4月から東京で

            就職予定の

            次男坊のため

            必死に

            祈らされます。

             

            東京は親戚が多い・・・し

             

            長男もさいたまにいて

            東京へ頻繁に

            行き来しています。

             

            実質的には

            「東京都内」という枠を超えて

            もう少し広い範囲

            埼玉、神奈川、千葉を含めて「首都圏」での

            「首都圏外出自粛要請」が出されないと

            効果は期待できないのではと

            思いますがいかがでしょう・・・。

             

            首都圏に住まわれるすべての方々の上に

            主イエスの守りが

            ありますように

             

            こういう時期だからこそ

            多くの方が

            聖書のことばから平安を

            いただくことができますように

             

            目に見えないもので

            もっとも恐れ意識すべきは

            創造主なる神なり


            わざわいはあなたに降りかからず

            疫病もあなたの天幕に近づかない。

            (旧約聖書 詩篇91:10)
             

             

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