釧路市も!「新しい避難様式」
0

     

    (写真と記事は無関係です!)

    西日本で大雨の被害で

    苦しむ方々の避難所での生活を案じています。

     

    上の写真のような避難所は

     

    明治時代以来のスタイルだそうで

     

    今日の

    世界のスタンダードではないそう。

    感染症拡大時代にあって

    このスタイルは変えていかないといけないそうです。

    (超急性期を除いては)

     

     

    感染症対策の専門家である高山先生の
    ご提言(FB2020.7.8)は

    いつもながら

    実践的、建設的で

    温かみがあって感謝です。

    大雨の災害時の避難場所での

    注意事項として

    九州のみならず

    北海道、釧路市にも

    適用されることだと

    思いました。

     

    ・・・・引用ここから・・・・

     

    避難所の各エリアを個人の家と同じような感覚であつかい、

    その隔離性を維持することは、

    プライバシーに配慮することのみならず、

    感染対策上も大きな意味があります。

     

     

    ただ、そろそろ・・・ 学校、体育館、公民館に避難するという

    明治以来の形式を切り替えるべきタイミングかもしれません。

    いくつか海外の難民支援の現場を訪れましたが、

    超急性期を除いて、

    世帯ごとにテントが提供されるのは当たり前でした。

    ...

    いまの日本なら、新型コロナがあろうがなかろうが、

    ホテルや旅館の借り上げによる避難場所の提供を標準とできるはずです。

    「Go Toキャンペーン」の予算がありながら、

    避難者を公民館で寝かせているのはおかしいです。

    新型コロナは、日本社会に変革を求めています。

    災害支援についても「新しい様式」を見出していくときだと思います。

     

    ・・・・引用ここまで・・・

     

    「目からうろこ」のご意見でした!

    避難場所といえば、学校、体育館、公民館が

    当たり前と思ってきましたが・・・

    釧路市の災害マップでも

    明治時代以来の形式を踏襲してきたもの

     

    釧路市民のみなさん、

    あくまでもそれは超急性期のみに

    しませんか!

    (誰か釧路市議会で取り上げてほしい・・・)

     

     

    ・・・・引用ここから・・・・

    1つめ。安全な水を飲用してください。

    浸水していないエリアであっても、

    井戸水は汚染されている可能性があります。

    水質検査で確認されるまでは飲用しないようにしましょう。

    また、一度浸水した家屋の貯水タンクの水が安全であるかも不明です。

    貯留タンクを含む水道配管の破損状況を確認し、

    水道水が汚染されていないことを確認するようにしてください。

    水源の汚染が否定できないときには、

    飲用前に煮沸処理を行って緊急の感染対策とすることができます。

    とはいえ、なるべく飲用水とはせず、

    ペットボトルのお茶や飲料水を活用するのが安全でしょう。

    安全な水を十分に確保できないときは、

    速やかに支援が得られるよう、

    行政や支援団体などに強く要請します。

    被災下における節水は大切な心がけです。

    たとえば、食器の洗浄を避けるため、

    使い捨ての紙皿などを活用することも検討してください。

     

    2つめ。適切な数のトイレを確保し、そこでのルールを守ってください。

    避難所のトイレが不足して待ち時間が長くなると、

    高齢者(とくに女性)は水分摂取を控えるようになってしまいます。

    トイレまでに段差があったり、

    屋外に設置されていたりすると、

    身体機能が低下している高齢者のなかには、

    オムツの着用を受け入れてしまうこともあります。

    これらは、いずれも尿路感染症のリスクを高めています。

     

    誰もが利用しやすいようトイレを整備することは、

    被災地の感染対策において最も大切なことです。

    また、日ごろ、オムツや尿とりパッドを使用しているような方については、

    申し出なくとも手に入るような場所においておくといった工夫も必要ですね。

    なお、日本人はトイレを清潔にすることにこだわる傾向がありますが、

    被災地の限られた人員と資源でトイレの清潔を保つことは困難です。

    むしろ、トイレのあとに手洗いをしっかりするとか、

    トイレと居住空間の履物を別にするといったことで、

    「トイレは不潔なものだ」という認識をもつことの方が

    感染対策上は有効だと思います。

     

    3つめ。発熱、咳、嘔吐や下痢といった症状があるときは、早めに医師に相談してください。

    災害のときには、

    皆が苦労しているということで、

    自分のことを後回しにしてしまう傾向があります。

    とくに日本のお年寄りはそうです。

    けれども、感染症については、早期に診断して、

    早期に治療することが有効です。

    我慢せずに申し出てください。

    必要なときには、マスクを着用するなど

    感染対策に協力いただくこともあります。

    とくに避難所で生活されている方は、

    周囲を守るためにも、

    自分自身の健康に気を配っていただければと思います。

     

    4つめ。高齢者の視点で避難生活の環境を整備しましょう。

    高齢化した日本において、

    被災者の命を奪いかねない重大な感染症とは、

    高齢者が食事量を減らして体力を落としたり、

    脱水になったり、トイレを我慢したりといったことによる、

    誤嚥性肺炎や尿路感染症、褥瘡感染といった問題です。

    ですから、被災生活の環境をしっかり整備することが大切です。

    たとえば、高齢者が避難所の床面に直に座って

    (あるいは座位保持が困難な方が寝転がって)

    食事をすることがないよう、

    避難所のなかにテーブルと椅子を用意して、

    共用の食事スペースを設けること。

    これは正しい姿勢で食事をすることによる

    誤嚥予防になるばかりでなく、

    被災者が一緒に食事をすることで

    心のケアにも活かされることでしょう。

    また、避難所生活では、支援によって物資が配布されるため、

    発災前に行っていた日常の家事や近隣への買い物などの機会が失われてしまいます。

    とくに、ボランティアが

    (親切心から)支援物資を枕元まで届けていると、

    高齢者がほとんど横たわった状態で

    一日を過ごすようになりかねないので注意が必要です。

    そこで、できるだけ避難所の外で生活必需品を配布するようにして、

    歩ける方には歩いて取りに行っていただくなど、

    なるべく通常の生活に近い形で基本的動作能力を維持させる、

    といった工夫をお願いします。

    こうすることで、

    体の動きが悪くなってきている高齢被災者に、

    早く気づくこともできるはずです。

     

    5つめ。傷口から感染する破傷風に注意しましょう。

    日本でも、大規模災害の後に破傷風を発症する方が

    一定数おられます。これは土壌中に生息する破傷風菌が、

    傷口から体内に侵入することで感染するものです。

    被災後に手足が傷ついたまま、

    復旧作業に取り組まれる方がいらっしゃいます。

    洪水のあとには、土壌の環境がかき回されているので

    破傷風菌に曝露しやすい状態になっています。

    とくに手足に傷があるときには、

    傷を覆うなどの処置を受けるようにしてください。

    破傷風には曝露後でも発症を予防する方法があります。

    傷口を土壌に汚染させてしまったようなときは、

    救護所の医師に相談されることをお勧めします。

    また、被災地で活動しようとしている方で、

    最後の破傷風トキソイド(または三種混合ワクチン)接種から

    10年以上経過している方は、

    破傷風トキソイド(または三種混合ワクチン)の

    追加接種を受けるようにしてください。

    最後に、被災地でボランティアに

    入ろうとしている方々へのお願いです。

    被災地に病原体を持ち込まないようにしてください。

    避難所のなかでインフルエンザは自然発生しません。

    必ず誰かが持ち込んでいます。

    幸い、いま国内では、

    ほとんどインフルエンザやノロウイルスの流行を認めていませんが、

    こうしたリスクを極力遮断しておくことが重要です。

    とくにボランティアの方が不必要に

    避難所内に立ち入らないようにすること。

    物資の受け渡しなどは、

    できるだけ入口で済ませ、

    避難所の専属スタッフが搬入するようにしましょう。

    避難所の各エリアを個人の家と同じような感覚であつかい、

    その隔離性を維持することは、

    プライバシーに配慮することのみならず、

    感染対策上も大きな意味があります。

    言うまでもなく、発熱や咳、

    下痢などの症状があるときは活動を控えてください。

    困難に耐える被災者を前にして、

    多少の体調不良であっても支援活動を継続しようとするのは、

    倫理観の誤った表出です。

    自らが感染症の媒介者にならないことを

    最優先として心がけてください。

    以上のことは、

    私の限られた被災地支援の経験による一般論に過ぎません。

    被災地の状況は刻々と変化してするものです。

    常に被災地における最新の状況を確認しながら、

    被災した方々の健康を守っていただければと思います。

    ・・・・引用ここまで・・・・

     

    とっても参考になります。

    これは今日釧路で懸念されている

    大地震大津波による被災下での

    対応にも

    そのまま適用できる感染症対策の

    秘訣だと思われます。

     

    歴史は繰り返す、

    しかも

    いまだかつてなかったような

    より大きな規模で・・・・

     

     

    高山先生のご提言を参考に

    釧路市の避難場所(超急性期以降のもの)

    を真剣に策定する作業が急務と

    思われます!

     

    私たち釧路市民は

    この地上のいのちを守るための避難所のみならず

    魂を守るための避難所をも必要としています。

     

    永遠のいのちに至る避難所

    それは唯一イエスキリスト


    46:1 神はわれらの避け所また力。

    苦しむときそこにある強き助け。
    46:2 それゆえわれらは恐れない。

    たとえ地が変わり山々が揺れ海のただ中に移るとも。
    46:3 たとえその水が立ち騒ぎ泡立っても

    その水かさが増し山々が揺れ動いても。セラ

    (旧約聖書 詩篇46:1〜3)


    イエスは彼に言われた。

    「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

    わたしを通してでなければ、

    だれも父のみもとに行くことはできません。

    (新約聖書 ヨハネの福音書14:6)

     

    イエスキリストこそが

    究極の永遠の避難場所とすれば

     

    この「地上のキリスト教会」は

    とりあえずこの世の「超急性期」の

    一時的避難場所ということに

    なりそうです。

     

    いろいろ

    不便なところもあり

    ご迷惑おかけすることも

    ありますが

    ここにいるのは一時的

    まずは

    命拾いしたことを

    大いに喜んで

    これから素晴らしい最善の場所へ移動することを

    わくわく期待しつつ

    忍耐させていただきましょうか・・

    みなさまのワンクリックは
    大きな励ましとなります!

     にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

     

    カテゴリ:- | 09:06 | comments(0) | - | - | - |
    究極の愛の衝立!(釧路刑務支所)
    0

      4か月振りに行われた

      宗教教誨

      受刑者の皆さんが真心こめて作ってくださった

      ビニル貼りの3つの衝立のおかげで

      飛沫感染防止がばっちりなされている中で

      遠慮なく大きな声で

      イエスキリストの福音を語らせていただくことが

      できました。

       

      真心こめて衝立を作っていただいたことで

      作ってくださった受刑者の皆さんとの

      心の距離(ディスタンス)は、むしろ接近できました。

      本当に感動の日でした。

       

       

      この日も

      皆さん、大きな声で

      イエス様を信じる信仰の告白のお祈り

      をされていました。

       

      天地創造の神の前に

      どんな罪でも

      正直に告白するなら

      イエスが十字架で流された血に免じて

      罪がゆるされ永遠のいのちにあずかることができる

       

      イエスキリストの十字架の血こそが

      私たちに

      死後の裁きという飛沫がふりかかるのを

      完全に防御する究極の衝立です!

      ハレルヤ!

       

      宗教教誨が行われた

      講義室の正面には

      観音扉があって

      その向こうには

      十字架という

      死後の滅びからの信じる者たちを

      完璧に守る

      究極の衝立が

      見えます。ハレルヤ!

       

      受刑者の皆さんのマスクは

      それぞれ自作です。

      大きくて立派でした。

       

       

      6月の刑務所教育行事はコロナ禍のために

      ほとんどの外部関係者がかかわる教育行事は

      ことごとく中止でした。

       

      今月は、釧路地域の感染状況が落ち着いていることも

      あって外部関係者がかかわる教育行事数が増えました。


      教誨の冒頭

      おひとりおひとりに

      コロナ禍の中で

      思ったこと、考えたことを

      分かち合っていただきました。

       

      皆さん

      総じて、ご両親や

      ご祖父母の健康を案じおられました。

       

      とっても心優しい

      親思いの

      方々だと思いました。

       

      この教誨に参加された皆さんは

      ひとりとして再犯して

      刑務所に帰ることはないと

      期待して信じて

      お祈りしています。

      帰る場所は刑務所ではなくて

      家族のところ

      そして究極的に帰るところは

      そして天の父のふところ

       

      それは塀の外にいる私たちも同じこと


      悪しき者は自分の道を、

      不法者は自分のはかりごとを捨て去れ。

      主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。

      私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。
      (旧約聖書 イザヤ書55:7)

       

      昨日は、いくつかの

      訪問先まで徒歩で移動しました。

       

      イエス様は

      車も自転車もない時代

      1日にこれくらいは、

      いやもっともっと

      歩かれていたかもしれませんね。

       

       

      みなさまのワンクリックは
      大きな励ましとなります!

       にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

      カテゴリ:- | 11:35 | comments(0) | - | - | - |
      4か月ぶりの宗教教誨(釧路刑務支所)
      0

        今朝も曇天の釧路

        教会堂の前の

        キンレンカの葉

        前のプランターのキンレンカも

        奥のキンレンカの種も

        同じ種類のキンレンカのはずなのですが

        葉っぱの色と大きさが

        大違いです。

         

         

        土の質が異なるせいか

         

         

        それとも白壁に反射して

        紫外線(光量)を強く浴びているせいか

        手のひらサイズのキンレンカの葉

         

        今月中に

        開花すると思われます。

        楽しみです!

         

        九州の大雨の被害が

        南部から

        北部に移ってきているようで

        九州の愛する皆さんの守りのために

        依然として

        切に祈らされます。

         

        今夕は

        コロナで4ケ月間も

        中止になっていた

        釧路刑務支所での

        宗教教誨が再開されます。

         

        受刑者の皆様と

        おひさしぶりに再会できることを

        心から楽しみにしております。

         

        3密を避けての宗教教誨

        人数制限はいかに

        一人でも多くの方に福音を

        お伝えしたいのですが・・・

         

        あなたがたが経験した試練はみな、

        人の知らないものではありません。

        神は真実な方です。

        あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。

        むしろ、耐えられるように、

        試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。
        (新約聖書 1コリント10:13)

         

        みなさまのワンクリックは
        大きな励ましとなります!

         にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

         

         

         


        カテゴリ:- | 08:44 | comments(0) | - | - | - |
        クライマックスは「土下座」じゃない(半沢直樹総集編前篇を観て)
        0
          昨晩は、妻とTVドラマの半沢直樹の総集編前篇を観ました。
          聖書の「自分で復讐してはいけません」
          「復讐はわたし(神)のもの。わたしが復讐する。」
          「悪に負けてはいけません。むしろ善をもって悪に打ち勝ちなさい。」
          などの聖書の価値観に照らし合わせてみると、
          フィクションではあれ、主人公の思考パターンは、
          正されるべき部分はいろいろあることでしょうが、
          そういうクリスチャンである自分が、
          もし銀行員で半沢直樹の立場だったらするか?
          という視点で観るととても考えさせられます。
           それと、このテレビドラマはともすると
          流行語にもなった「倍返し」「やられたらやりかえす」
          というコンセプトばかりが印象強く強調されがちですが、
          昨晩の総集編前篇で、
          大阪の夜景を見ながら
          半沢氏が奥さんに語るシーン
          正確に言うと
          夫婦の対話のシーンが
          最も重要な山場と思いました。
          TVドラマのクライマックスが
          最後に来るとは限らない
          そもそも
          クライマックスを決めるのは
          視聴者一人一人の自由
           自分の父親が亡くなったのは、
          当時銀行からの借り入れを拒否されて
          行き詰っての自殺であったことを正直に打ち明けると同時に、
          自分の父親を追い詰めた銀行に入行したのは、
          単に復讐という消極的理由のためだけはなくて、
          むしろそれ以上に、苦しんでいる中小、零細企業を
          応援するためであると打ち明ける場面は、
          私なりに、昨晩の総集編前篇のクライマックスであると思いました。
          出世の目的もそこにあるということですね。
          この部分をもっと強調したドラマの展開を
          期待したいものだと思いました。
           観たくなかったシーンは、
          自分を貶める者を土下座させるシーン。
          録画なら早送りしたかったところ。
          聖書を読むと、ノンフィクションの世界では、
          どんなに理不尽なことがあっても、
          最終的には、すべてを公平にさばかれる神が、
          私たちの見えないところで行われているすべてのわざも
          最終的にさばかれること、
          私たち一人一人は、死後、
          すべてをご存じの神の前に立って、
          自分自身のことのみを、
          言い開きをしなければならないことが
          明記されていることを考えると、
          この地上で自分が神に代わって、
          相手を成敗しようとか、
          さばこうという執着心から自由になり、
          それに向けるエネルギーをもっと別なことにために
          費やすことができることがわかります。
          神が他人のみならず
          自分自身の見えないところも
          裁かれることを
          考えると
          他人が自分にどんな悪を働いたか
          考えたり、思い出したり、記録している暇がなくなります。
          そのこと以上に
          自分が
          心の中で
          または言葉と行動で
          どれだけ周囲の人を傷つけ
          そしてそのことを通して
          その人を神のかたちに創造された
          神を傷つけているか
          そのことの重大さを考えると
          主よ、ツミビトの私を憐れんでください!
          そう胸を叩きながら
          主イエスの十字架の死
          犠牲によるゆるしの前に
          それこそただただ土下座するばかりの
          自分であると思わされます。
          誰かに
          土下座して
          謝ってもらいたい思いなどから
          完全に切り離れた状態に
          おかれている人は
          幸いです。
          皆が
          復活のキリストの前に
          膝まづく時が来る
          いずれにしても、
          このドラマを観るキリスト者男性は
          「じゃあ、あなたが半沢さんだったらどうしますか?」
          キリスト者女性は
          「じゃあ、あなたが半沢さんのおくさんだったらどうしますか?」
          という問いに対して自問自答してみては、
          どうでしょう。それをシェアすると楽しいかもしれません。
          半沢さんの奥さん、実にすばらしい部分がたくさんあると思いました。
          テレビのフィクションドラマには
          必ずクライマックスが
          あるように
          人類のノンフィクションの歴史にも
          クライマックスが
          あることが
          聖書には明記されています!

          2:6 キリストは、神の御姿であられるのに、
          神としてのあり方を捨てられないとは考えず、
          2:7 ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、
          人間と同じようになられました。人としての姿をもって現れ、
          2:8 自らを低くして、死にまで、それも十字架の死にまで従われました。
          2:9 それゆえ神は、この方を高く上げて、
          すべての名にまさる名を与えられました。
          2:10 それは、イエスの名によって、天にあるもの、地にあるもの、
          地の下にあるもののすべてが膝をかがめ、
          2:11 すべての舌が「イエス・キリストは主です」と告白して、
          父なる神に栄光を帰するためです。
          (新約聖書 ピリピ書2:6〜11)

          みなさまのワンクリックは
          大きな励ましとなります!

           にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

          カテゴリ:- | 12:03 | comments(0) | - | - | - |
          「大雨対策」は「愛の心で」
          0

             

            昨日の第1礼拝後、第2礼拝が

            始まるまでの時間帯

            会堂お向かいに

            お住まいのAさんと立ち話

            Aさんは草刈り機の手入れをされていました。

             

            Aさんは、教会や地域の方々のために

            おしみなく労され助けてくださいます。

             

            最近は裏の排水溝の詰まりを除去してくださいました。

            さらに土手に芝を植えるべく

            何度もリアカーで運んでくださいました。

             

            土手にはもともと雑草が生い茂り

            その雑草が

            雨水を吸収し、

            排水溝に落ちるのを遮断していたのですが

            除草剤が撒かれてたために雑草が生えなくなってしまい

            その結果

            大雨の時に、雨水がそのまま土手の斜面を

            容赦なく滑り落ちて

            排水溝をいっぱいにしてしまうように

            なってしまいました。

             

            このことにいち早く気づいたAさんが

            寸刻を惜しんで

            対策をとってくださったのです。

             

            本当にありがたいことです。

             

            Aさんは

            誰かが何かで困っていると聞きつけるや

            自分のことはさておいて

            駆けつけてくださるのです。

             

            それは、私たちの教会や

            我が家についてもです。

             

            主イエスの祝福がAさんの愛の心に

            豊かに報いてくださいますように。

             

            大雨といえば

            九州の宮崎、鹿児島両県の

            甚大な大雨の災害の中で

            行方がまだわからない方々が

            どうかご無事で見つかりますように

            切にお祈りいたします。

             

            今は日本列島、地震同様

            大雨の被害も

            いつでも

            どこでも起こりうることを

            考えると

            普段からの対策が必要ですよね。

             

            いのちにかかわる問題でもあるがゆえに

            物理的な大雨の対策は急務

             

            また

            聖書を読むと

            霊的な大雨の対策は

            永遠のいのちにかかわる問題であるがゆえに

            これまた急務と

            思わされます。

             

            どちらの大雨対策にも

            鍵として愛の心が必要

             


             私たちは知ろう。

            主を知ることを切に追い求めよう。

            主は暁のように確かに現れ、

            大雨のように私たちのところに来られる。

            地を潤す、後の雨のように。

            (旧約聖書 ホセア書6:3)
             

             

            前者の大雨については、大雨そのものを

            できれば、ごめんこうむりたいところですが

            後者の大雨については、

            いつでも歓迎の心でありたいです。

             

             

            2か月前に収録し

            先月アップされたものです。

            もしよろしかったらどうぞ!

            みなさまのワンクリックは
            大きな励ましとなります!

             にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

             

             

             

             

             

            カテゴリ:- | 11:05 | comments(0) | - | - | - |
            << | 2/1036PAGES | >>