「ママさんたちのクリスマス」
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    昨日、私どもの教会堂では、

    ママサロンの皆さんの

    クリスマス会がありました。

     

    ママさんたちが、

    ハンドベルで聖歌の練習に励まれ

     

    ご披露してくださいました。

     

    ハンドベルの音色はとてもきれいです。

     

    上のお子さんたちが

    幼稚園や小学校へ通っているという

    ママさんもおられましたし

    来月ご出産予定のママさんも

    おられましたよ。

     

    創造主がつくりたも

    いのちをおなかに宿して

    はぐくむという

    尊い使命を果たすべく

    日ごろから労苦されている

    ママさんたちへ

    心から尊敬と感謝をこめて

    救い主イエスの誕生は

    人類にとって

    すなわち

    ママさんたちにとっても

    喜びのしるし

     

    クリスマスの時期

     

    ママさんたちは

    一番大忙し

    そんなママさんたちが

    まず、誰よりも

    喜んで、憩っていただきたいと

    願います!!

     

    10分間のショートメッセージで

    次の三つのことを

    ママさんたちに

    お話しいたしました。

     

    聖書の神様はどんな神様か?

     

    1.約束を果たされる神様!

     

    キリスト誕生前に書かれた

    旧約聖書では

     

    実に驚くべきことに

    約350か所で

    救い主降誕の知らせが

    預言されています。

     

    どこで生まれるか?

    どんな民族、血筋、家系から生まれるか?

    どんな母親から生まれるか?

    どんな生涯を送られるか?

    どんな死に方をするか?

    死んだあとにどんなところに葬られたか?

    などなど

     

     

    すべてが綿密に約束されていて

    しかもその預言は100%

    寸分たがわ実現されました。

     

    人は

    約束を守ってもらえると

    愛を感じるものですね。

     

    神様は約束を守られる

    忠実なお方であることが

    わかります。

     

    神様は、まず救いの計画を立て

    そして準備をしっかりとされながら

    時至って、

    その準備したことを

    確実に100%

    実践されるお方

     

    ママさんたちがご家庭で

    クリスマス、正月、こどもの誕生日など

    お食事のメニューや

    飾りつけなどについて計画を練り

    準備に時間を費やし

    そして実践されることを通して

    「愛を家庭で現わされている」様子は

    まさに神様のありかたの

    反映のようで

    感動させられます。

     

    2.共におられる神様

     

    ある方が言いました。

    「慰めようとしないでください。

    ただそばにいてくれるだけでいいんです。」

     

    主イエスが神のあり方を捨てて

    人間として私たちの間に住まわれたのは

    私たちとともにおられることを

    示すためでした。

     

    「の」の字の哲学のお話を紹介しました。

    誰かが

    何かを言ったらオウムがえしに

    言い返しながら

    さりげなく「の」をつけることで

    共感の思いを伝えられるということ

     

    夫や子供が

    「やだな〜」と言ったら

    「やなの〜」という感じで

     

    主イエスが

    幼子の姿で

    お生まれになったのは

    幼子に寄り添うため

     

    他の死刑囚とならんで

    十字架につけられたのは

    自分の罪の故に

    死にゆく人に寄り添うため

     

    3.恐れを締めだす神様!

     

    愛は恐れを締めだす

    という聖句があります。

     

    こどもを「恐れさせる」ことを通して

    しつけをすることは

     

    心を不自由に

    させてしまいます。

     

    強迫観念を与えてしまい

     

    それは

    情緒面での

    健全な成長を妨げます。

     

    怒鳴りながら叱るのが

    よくないこととも

    通じます。

     

    最近は

    子育てアプリ

    しつけアプリとして

    こどもに恐怖心を

    与えて

    しつけしようという試みが

    あります。
     

     

    効き目があるから利用しよう

    ということで

    安易に利用することで

     

    こどもたちの心に

    ゆがんだ恐れが形成されて

    しまうことを危惧する

    心理専門家たちの声を聞きます。

     

    大切なのは

    怖いと感じた時に

    身近に

    抱きしめてくれる

    父親か母親の存在が

    あるかどうか

     

    こどもは

    誕生の際

    必ず

    母親の胎内から

    胎盤の

    へその緒を切られて

    生れてきます。

     

    ご出産おめでとうと

    周囲は祝福しますが

    生まれてくる赤ちゃんにとっては

     

    母親とのきずなを

    「切られる」という

    深刻な恐怖体験を

    通るという大試練

     

    それゆえに

    すべての幼い子供の心には

     

    「見捨てられる」

    「見放される」

    「断絶される」

    ことへの恐れが

    あると言われています。

     

    また子供たちは

    たいてい

    みな暗闇を怖がり、恐れます。

     

    私などは

    高校3年生まで

    闇を怖がりました。

     

    それは暗闇が象徴する

    死後の世界に対する恐れが

    心の中に存在するから

    と言われています。

     

    しかし主イエスを信じると

     

    主イエスがともにおられることが

    わかり

    罪ゆるされて

    永遠のいのちが

    与えられていることが

    わかり

     

    見捨てられる恐怖からも

    死後の恐怖からも

    解放されて

    恐れないで

    安心することができるのです。

     

    イエスキリストを信じることで

    神以外の人や霊や死を

    恐れたりびくびくすることが

    なくなり

    極めて力強く生きていくことが可能となります。

     

    ママさんたちが

    今年のクリスマス

    イエスを救い主として信じて

    永遠のいのちの希望と平安にあふれた

    生活を送られて

    こどもたちにも

    その希望や平安が

    流れていきますように!

     


    1:30 すると、御使いは彼女に言った。

    「恐れることはありません、マリア。

    あなたは神から恵みを受けたのです。
    1:31 見なさい。あなたは身ごもって、

    男の子を産みます。

    その名をイエスとつけなさい。

    (新約聖書 ルカの福音書1:30〜31)

     

     

     

     

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    人生とは「準備の連続」
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      病床に伏しておられる

      80代の男性Aさんを

      妻と見舞うべく

      ご自宅をお訪ねしました。

       

       

      開口一番

      笑顔で冗談が

      飛び出るAさんのユーモアさは

      健在でした。

       

      クリスマスが近いですが

       

      あの乙女マリアは

      若干10代で

      天のみ使いから

      神の子を身ごもるお告げを受けた時

      (受胎告知の時)

       

      戸惑いの中で最終的には・・・

       

      「どうぞ、あなたのおことばどおり

      この身になりますように」

      (新約聖書 ルカの福音書1:38)

       

      と自分の生涯を

      ゆだねました。

       

      突き抜けたすがすがしさが

      感じられます。

       


      3:36 御子を信じる者は

      永遠のいのちを持っているが、

      御子に聞き従わない者は

      いのちを見ることがなく、

      神の怒りがその上にとどまる。

      (新約聖書 ヨハネの福音書3:36)

       

      Aさんの心に

      平安があることを

      ご確認させていただいたうえで

       

      「わたしたち主イエスを信じる者に

      備えられているところが

      どんなところか

      お読みしてもよいでしょうか?」

       

      「ぜひお願いします。」

       

      新約聖書のヨハネの黙示録の

      新しい天と地の描写を

      ゆっくりと朗読させていただきました。

      お祈りさせていただくと

      何度も何度も

      アーメン(その通りですの意味)

      と唱えておられました。

       

       

       

      クリスマスシーズン

      町々はイルミネーションで

      色鮮やか

       

      あわただしい時節の中

       

      クリスマスの準備

      正月の準備

       

      人生とは「準備の連続」

       

      最も大切な準備を

      おろそかにしないようで

      ありたいです。

       

      永遠に

      取り返しがつかない・・・

      ことだけは避けたいもの!

       

       

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      「2018年、今年最後の宗教教誨」
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        昨晩は

        釧路刑務支所における

        今年最後の宗教教誨と

        なりました。

         

        クリスマスシーズンということもあり

        参加された受刑者の

        皆さんからの

        クリスマスについての質問・疑問を

        受けてそれに

        お答えするという形をとりました。

         

         

        以下質問内容です。

         

        1.クリスマスになぜプレゼントをするのか?

         

        2.イエスは12月25日に生まれたわけではないのに

        なぜ12月25日にあえてお祝いするのか?

         

        3.クリスマスの前日をイヴとして

        なぜお祝いするのか?

         

        4.クリスマスのマスとはどういう意味か?

         

        5.昔は、クリスマスは、どのようにお祝いしたのか?

         

        6.サンタクロースとイエスはどのような関係にあるのか?

         

        7.日本では、クリスマスというと恋人が一緒にお祝いするという

        習慣があり、欧米では家族でお祝いする傾向にあると聞くが

        どうして一緒に祝い合う対象が

        国によって異なるのか?

         

        良い質問が多く出て

        クリスマスについて

        とっても楽しく

        興味深く学び合うことが

        できたと思います。

         

        最後に

        私たちの救いのために

        この世に来られ

        私たちの罪の身代りに

        十字架にかかって死なれて

        私たちがゆるされるため

        よみがえられた

        救い主イエスを

        多くの受刑者の皆さんが

        信じるお祈りをされました。

         

        2018年の

        宗教教誨は

        今回で最後となりましたが

         

        来週土曜は

        刑務所クリスマスという行事で

        皆さんと

        もう一回

        お会いできる機会が

        与えられているので

        再会が楽しみです!


        4:18 「主の霊がわたしの上にある。

        貧しい人に良い知らせを伝えるため、

        主はわたしに油を注ぎ、

        わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、

        目の見えない人には目の開かれることを告げ、

        虐げられている人を自由の身とし、
        4:19 主の恵みの年を告げるために。」

        (新約聖書 ルカの福音書4:18〜19)

         

         

         

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        「牛山豚彦」さんと「神の子池」
        0

          今朝はお歳暮でいただいた

          美味しいハムを

          スライスして食べながら

           

          いつも楽しみにしている

          新聞の片隅にある

          「わがまちクイズ」に眼を投じました。

           

          弟子屈のイメージキャラクターとは・・・

           

          ええと・・・

          なんだったっけ・・・

           

          すぐさま5面のこたえを見て

          なんとその名前は

          「牛山豚彦」

           

          ハムを食べていたこともあり

          感激しました!

           

           

           

          さっそく調べてみると

          このような方

          JA摩周湖の営業マンだそうです!

           

          テーマソングもあるということで

          さっそく弟子屈町HPで

          聴いてみると歌詞の中に

          「うしやま〜ぶたひこ〜」

          というフレーズがあるではありませんか

           

          弟子屈町では

          ずいぶんと尊敬されているらしい

           

           

          美幌峠にも

          営業マン牛山豚彦氏が

          しばしば訪れるらしい。

           

           

           


          なんと、東京の三越まで

          営業に出かけているという

          「牛山豚彦」氏

           

          今朝の朝食は

          ハムと

          ポテトミルクスープでしたので

           

          わたしの体の中に

           

          豚山牛彦さん

           

          いやまちがった

           

          牛山豚彦さんが

           

          いるかのような錯覚に

           

          陥りかけました!

           

          ところでわがまちクイズ2問目のこたえは

          「阿寒摩周国立公園」!

           

           

          神の子池周辺まで区域が広がりましたね〜

           

          神の子池

           

          別名

          「イエス・キリスト池」と

          呼ばれていくことでしょう!

           

          クリスマスは

          イエス・キリストの誕生をお祝いする日

           

          イエス・キリストは

          「神の子」=完全な神

           


           舟の中にいた弟子たちは

          「まことに、あなたは神の子です」と言って、

          イエスを礼拝した。

          (新約聖書 マタイの福音書14:33)

           

          イエスを信じている人が

          イエスにそう叫ぶのはあたりまえじゃないかと

          思うかもしれませんが、

           

          なんと悪霊たちも

          イエスを「神の子よ」

          と認めていたことが聖書には

          以下のように記録されています。

           

          すると見よ、彼らが叫んだ。

          「神の子よ、私たちと何の関係があるのですか。

          まだその時ではないのに、

          もう私たちを苦しめに来たのですか。」
          (新約聖書 マタイの福音書8:29)

           

          イエスは、この地上で

          処女からお生まれになり、悪霊を追い出したり、

          嵐を鎮めたり、湖の上を歩いたり

          死人をよみがえらせたり、

          人の罪のゆるしを宣言したり

          罪のない生涯を送りつつ

          人間の罪を背負って死んだり

          よみがえったり・・・

           

          どう考えても

          それらのありかた、行動を見るときに

          「神の子」としかいいようがありません。

           

          完璧な神だからこそ

          私たちの罪と

          その結果としての滅びから救いだすことが

          おできになる

          カギを握っておられるのですね。

           

          われわれが今日

          超人的な振る舞いをする人に対して

          「神ってる」なんて称号をつけるちっぽけなレベルでは

          とうていありません。

           

          イエスは「神の子」であると同時に

          「人の子」すなわち人間として、この地上を歩まれました。

           

          イエスは彼に言われた。

          「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、

          人の子には枕するところもありません。」

          (新約聖書 マタイの福音書8:20)

           

          人の子とは

          人間として来られた救い主

          という意味となります。

           

          イエスは私たちと同じように

          おなかをすかせ

          のどがかわき

          夜は眠り

          排泄をし

          涙を流し

          汗を流し

          言葉を話し

          感情を表現し・・・

           

          どう考えても「人」として

          この地上を歩まれたことが

          わかります。

           

          完璧な人として

          歩まれたからこそ

          私たち人間の目線に立つことができ

          私たちの弱さに同情することができる

          救い主となりえたのですね。

           

          クリスマスイヴに

          「神の子池」で

          キャンドルサービスをして

          讃美歌

          「神のみ子にます〜イエスのために〜」を

          歌うっていうのはどうでしょう。

           

          国立公園に指定されたってことは

          神の子池で

          洗礼をさずけるには

           

          日本国の許可が必要かな〜

          神の国の許可は

          得られそうですけどね〜

           

          ところで聖書によれば

          イエスは「神の子」救い主ですが

          そのことを信じた人たちは

          みんな「神の子」という特権が

          与えられるのですね。

           

          だからクリスチャンは

           

          「天のお父さん!」って

          親しみをこめてお祈りできるんですね。

           

           しかし、この方(イエス)を受け入れた人々、

          すなわち、その名を信じた人々には、

          神の子どもとなる特権をお与えになった。

          (新約聖書 ヨハネの福音書1:12)

           

          牛山豚彦さんは

          神の子池でも

          営業活動をされているのかな〜?

           

          今年のクリスマス

          日ごろ弟子屈町

          のアピールのために

           

          営業マン、牛山豚彦さんも

          教会で日ごろの重荷を下されて

          「神の子」イエスを礼拝して

          新たな営業パワーに満たされますように!

           

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          「待降節」と「M1グランプリ」
          0

            昨日、わたしどもの教会で

            アドベント・クランツの飾りつけが

            行われました。

             

            リースは

            キリストのアドベント

            (ラテン語で「到来」の意味)の日を

            象徴し

            4本のろうそくに

            毎週日曜に

            一本ずつに

            灯火していきます。

             

             

             

            キリストの到来は

            「過去」に起こった出来事だけでなく

            「将来」にも起こる出来事でもあると

            クリスチャンたちは信じています。

             

             

            十字架で死んでよみがえられた主イエスが

            再び来られることを

            「再臨」と言い、

            クリスチャンたちは

            その日を待ち望んでいます。

             

            その日に

            主イエスと顔と顔を合わせることが

            できると信じているからです。

             

            その日

            この地上のあらゆる労苦、

            苦難に終止符が打たれて

            新しい天と地の

            幕開けが訪れると

            信じているからです。

             

            その日

            わたしたちの朽ちゆく体が

            完全に購われて

            ありとあらゆる苦痛から

            解放されると信じているからです。

             

            キリスト到来を待ち望む4週間を

            待降節と呼んでいます。

             

            1年間の4週間だけアドベント(待降節)

            というのは、

            とりあえず教会暦のスタート地点として

            人為的に定められているものですが

             

            1年365日

            毎日が主イエスの再臨を待ち望む

            アドベントの日々といってもいいかと思います。

             

            「とりあえず」のクリスチャンたちは

             

            主イエスの再臨について・・・

             

            「主よ、来てくださるのはうれしいですが

            どうせなら、この世の楽しみを

            私が十分味わってから

            しかも私がこの地上で

            やりたいことをぜんぶやり終えてから

            来てください。」

            と内心思うかもしれませんが

             

            それは言い方を変えると

            聖書を読みながらも

            キリストの再臨の意味を

            まだよく知りつくしていないからだと思います。

             

            一方「がち」のクリスチャンたちは

             

            「主イエスよ、来てください!」

            (ヨハネの黙示録22:20)

            と一刻も早く

            今すぐにでも再臨があることを

            待ちわびています。

             

            それは言い方を変えると

            キリストの再臨の意味を

            聖書からよくかみしめているしるしでしょう。

             

            ところで

            今年のアドベント初日の昨晩は

             

            日本ではM−1グランプリという

            漫才界のビッグイベントが

            ありました。

             

            毎年吉本興業が主催する祭典で

            いわゆる漫才界のナンバーワンを決めるイベントで

            結成後10年(?)以内の方々が

            エントリー可能対象となるそうです。

             

            今年はなんと4640組もエントリーして

            第14代チャンピオンとして

            「霜降り明星」さんが選ばれました。

             

            最年少の受賞だそうです。

             

            3年連続で

            惜しくも

            準優勝だった「和牛」さんは

            残念がって

            「生まれ変わらないと優勝できない・・・」と

            おっしゃっていたそうですね。

             

            M−1の舞台に立てただけでも

            満足というグループも

            少なくなかったようですね。

             

            いろいろなドラマが

            背景にあるようですね。

             

            M−1グランプリの様子を観て

             

            観衆をいかに

            笑いの渦の中に巻き込むか

             

            ストーリー展開の意外性

            巧みな話術

            面白いジェスチャー

            そして

            二人の掛け合いなど

            を最大限駆使して

             

            4分間の枠の中に

            びっしりと詰め込んだ

            笑いを

             

            必死に構築するために

             

            真剣に取り組む姿勢に

            感銘を覚えました。

             

            笑いを提供することは

            大きな社会貢献!

             

            笑いは健康のもとともいわれ

            赤ちゃんは1日に何百回も笑うことで

            免疫機能が増していくのに対して

             

             

            年齢とともに笑いが

            減少しやすくなるようですからね。

             

            私の友人の高僧に

            「先生のリラックスは何ですか?」

            とお訊ねすると

            「漫談を聴くこと」とおっしゃっておられました。

             

            お話をする機会と言えば

            葬儀、法事が圧倒的に多い

            僧侶の皆さんにとって

             

            「笑える話」を

            自分自身が聞かないことには

             

            なかなか身がもたないのも

            うなづかされます。

             

             

            さて昨晩は

            1日を終えて

            心身ともに疲れ切っていた状態で

            M−1を観たせいか

             

            どの漫才を観ても

            「もう一度観たい」と

            思わせるほど面白く感じられたものは

            残念ながらひとつも

            ありませんでした。

            (申し訳ありません・・・)

             

            それだけ

            私の中に

            笑う感性が不足

            またはマヒしているのか

             

            はたまた

            現代の笑いの勘どころと

            私の笑いのセンサーとの

            ずれがあるからなのか

             

            過去のM−1グランプリを

            すべて観たわけではありませんが

             

            今まで観た中で

            もう一度観たいと

            思わせられたものがあります。

             

            第5回グランプリの

            ブラックマヨネーズさんの決勝作品です。

             

            お二人の表情のコントラスト

            口調、

            言葉づかい、

            スピード感、

            感情の表出、

            話の展開の意外性、

            最後の締め方に至るまで

            あっぱれです。

             

            素直におもしろかったです。

             

            この世の人間関係

            1対1の関係であっても

             

            相手の気持ちや反応を

            気にするあまり

             

            自分が思うこと

            感じることを

            本音レベルで

            分かち合うことは

            なかなか難しいのでは

            ないでしょうか。

             

            M−1に出てくる

            こういう二人を見ると

            作り話(虚構)とはいえ

             

            本音でバンバンぶつかり合う光景

            突っ込みと

            ボケという役割の掛け合いの中で

            繰り広げられる

            やりとりは

             

            聴いていて

            何か自分の心の中にある何かを

            氷解させてくれる感じすら

            してしまいますから

            不思議です。

             

            こういう漫才を見ていると

            何かと似ているなあ

             

            そうです

             

             

            卓球の打ち合いです!

             

            片方がスマッシュ専門(ツッコミ)

            もう片方が

            回転をかける専門(ボケ)

             

            見ているものを

            決して

            あきさせません。

             

            やっている本人たちは必死でしょうが。

             

            ところで

            この世の笑いには

            素直に笑えない類の

            笑いも氾濫しているように

            思います。

             

            自虐ネタを使った笑いを始め

            誰かが傷ついたり

            誰かを傷つけたり

             

            誰かが卑しめられたり

            誰かを卑しめたり

            下ネタもの・・・

             

            M−1審査員の中にも

            そのことを指摘されている方が

            いらっしゃいましたので

            安堵しました。

             

            皮肉笑い、自嘲笑いの類は

            たえず

            不快な気持を生み出し

            健康を増進させる

            笑いとはなりがたいものです。

             

            旧約聖書の時代

            栄華を極めたソロモンという王様の

            ことばを思い出します。

             

            「刹那的な笑い」よりも

            むしろ

            人生の目的を洞察させる

            「悲しみの意味」に

            価値を見出しています。


             笑いか。私は言う。

            それは狂気だ。快楽か。

            それがいったい何だろう。

            (旧約聖書 伝道者の書2:2)

             

             悲しみは笑いにまさる。

            顔が曇ると心は良くなる。

            (旧約聖書 伝道者の書7:3)

             

            新約聖書でも

            表面的な笑いや喜びに

            私たちが埋没しないようにと

            警鐘を与えてくれています。


            嘆きなさい。

            悲しみなさい。

            泣きなさい。

            あなたがたの笑いを悲しみに、

            喜びを憂いに変えなさい。

            (新約聖書 ヤコブ書4:9)

             

            私たち人間が

            この地上で行う

            笑う努力

             

            笑わせる努力には

             

            時として涙ぐましいものが

            あるにせよ

             

            多かれ少なかれ

            そこには

            絶えず

             

            はかなさが

            付きまとうのを

            避けられないようです。

             

            その点においては

            花火と似ている

            かもしれません。

             

            興味深いことにM−1審査員の中で

            「爆発しなかった」という表現を

            使用される方がいらっしゃいました。

             

            なるほどと思いました。

             

            花火の展開と似ています。

             

            我々は

            どんなに見事に花火を

            爆発させることができても

            持続可能な花火を創作できないように

             

            どんなに衝撃的な笑いで

            観客をどよめかせることができても

            持続可能な笑いを創作することはできない・・・

             

            いつまでも残る

            持続可能な笑い・・・

             

            なんてありえるのでしょうか?

             

            答えは

            バイブルを見るとアリエール!

             

            それは

            人が作り出せるものではなくて

            創造主なる神のみが

            賜るもの

             

            赤ちゃんがよく笑うのは

            なぜでしょう。

             

            乳幼児は本当によく

            持続的に笑います、というか

            笑えます。

             

            目が合うだけで

            笑います、というか

            笑えます。

             

            とりわけ乳児は

            天井を見ながらでも

            笑います、というか

            笑えます。

             

            幼子は

            M−1グランプリを見なくても

            四六時中笑っていられる

             

            それはまさに聖なる笑いのよう。

             

            すごいですね〜!

             

            おそらく

            主の使い(天使)が

            送られていることが

            その大きな

            一因でしょう。

             

            やさしい天の父なる神様の

            笑顔が見えるのでしょうね

             


            あなたがたは、

            この小さい者たちの一人を

            軽んじたりしないように気をつけなさい。

            あなたがたに言いますが、

            天にいる、彼らの御使いたちは、

            天におられるわたしの父の御顔を

            いつも見ているからです。

             

            (新約聖書 マタイの福音書18:10)
             

             

            主イエスが到来する

            再臨の日

            やがて来るべき

            アドベントの日こそ

             

            真に持続可能な笑いの日

             

            ということは・・・

             

            究極のM−1グランプリ王者は

            イエスキリスト哉!


            126:2 そのとき私たちの口は

            笑いで満たされ私

            たちの舌は喜びの叫びで満たされた。

            そのとき諸国の人々は言った。

             

            「主は彼らのために大いなることをなさった。」
            126:3 主が私たちのために

            大いなることをなさったので私たちは喜んだ。

            (新約聖書 詩篇126:2〜3)

             

             

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