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はずむ夕食時の会話
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    最近
    家庭での
    夕食時の会話が
    はずむ。

    我が家では
    よほどのことがない限り
    家族4人そろって
    夕食をとる。

    食前の祈りは
    時計回りで
    当番制だ。

    極力
    飢餓や
    災害で
    食生活の
    困難さを覚えている地域の
    ためのお祈り
    も欠かさないように
    努めている。

    ただ食前の祈りは
    長くならないほうが
    良いと思っている。

    最近は
    息子たちの
    新学期が
    始まった
    ばかりなので
    夕食時の話題が
    豊富で
    尽きることがない。

    特に
    新年度を迎えて
    新しい学校のことや
    新しい担任の先生のこと
    新しい級友のことや
    新しい勉強のことなど、

    新しさが
    満ちている。

    新鮮な驚き、
    好奇心、
    興味が
    感じられ、
    伝わってくる。

    新しさの話題
    というものは
    楽しく
    興味深いものである。

    それは
    学校生活にも
    教会生活にも
    共通しているに違いない。

    そこに変化があるか,ないか?
    そこに非日常的な出来事があるかないか?
    そこに新たな出会いがあるかないか?
    そこに新たな発見、感動があるかないか?

    たとえば、
    今春
    中学校に
    入学したばかりの
    息子は

    その学校一
    情熱的と評されて
    いるらしい
    担任の先生の

    熱く真剣な語り口に
    日々刺激を受けている
    ように見える。

    今日は学級の
    係活動を決めたそうだが

    皆、積極的で

    級長などは
    立候補者が
    数名
    「演説」をした上で

    皆が
    机に伏した状態で
    挙手して
    選んだという。

    担任の
    先生にすれば
    労せずして
    奉仕者が
    どんどん与えられるので
    やりやすいに違いない。

    動機付けを
    教師が
    与える前に
    生徒たちの多くが
    すでに持っているのだから、

    すごいことだと
    聞いていて
    思った。

    私の
    中学時代を
    振り返れば
    ・・・
    係活動には
    きわめて
    消極的で
    早く家に帰りたい
    タイプの私であった。

    ある時は
    生徒会に出てみないか
    と理科の担任が
    理科実験室で
    私に迫った
    ことがあった。

    私は
    反射的に
    「僕には、無理です。」

    担任
    「なぜだ?」

    私「実は・・・
    最近、鼻血がよく出るんです。」

    担任
    「そうか、
    それじゃ、しょうがないな。」

    今思えば
    きわめて
    こっけいな
    会話である。

    鼻血を理由に
    生徒会役員立候補
    を辞退する人と言うのは
    めったに
    いないんじゃないか
    と思う。

    そのへんてこりんな
    私の
    辞退理由に対して
    「それじゃ、しょうがないな。」
    とすぐあきらめた
    担任の先生には
    今思えば

    もう一押し
    してもらいたかったなあ

    という思いもある。

    そんなことを
    思い返しながら
    息子の話を聞いていた。

    また私の中学教員時代の
    ことも思い出した。

    「蒔いたものは刈り取る」

    という聖書の言葉があるが

    自分が担任をしていた
    学級の役員を決めるのに
    ずいぶん難儀したことがある。

    だれもやりたがらないという
    事態に直面したこともあった。


    「あいつに、やらせば
    いいんでないか?」

    「あいつに、やらせるべ!」

    そういった
    威圧的な
    発言が出たりして
    苦労したこともあった。

    かつて担任を困らせる
    という種を蒔いたためか
    今度は自分も
    困らされる
    という体験を
    通ることになったのである。

    些細なことでも
    悔い改めが
    必要だな
    と思った。

    そんなことも
    思い出しなら
    息子の話を聞いていた。

    一方
    次男坊は
    新しい担任の先生のことを
    喜んでいる。

    昨年度の担任の先生は
    主に、子供たちに
    挙手をさせた上で
    「当てる」
    というスタイルの
    先生だった。

    授業中は
    比較的
    自分を前面に
    出すことを
    好まない
    次男坊にとって

    「挙手」をして
    発表することについては
    やや苦手意識があったようだ。

    しかし
    今度の担任は
    どんどん指名
    してくれるという。

    「今日は3回も当てられて
    答えられた」

    と言う調子で
    喜んでいるのである。

    私は
    自分自身を振り返る時、

    授業中は
    当てられないように
    前の席の子供の
    後ろに隠れて
    教師の顔からみて
    極力
    死角に位置するように
    必死だった。

    それらを
    思い出しながら

    次男坊の
    うれしい様子を見て
    ほくそえんだ。

    二人の息子たちは
    我先にと
    それぞれの
    新学期の
    学校での
    今日のトピックスを
    これでもかと
    言うくらい
    熱心に語ってくれるので
    楽しい。

    今のところ
    幸い
    何でも
    話してくれるので
    とてもうれしい。

    授業参観も楽しみだ。・・・





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