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刑務所の春
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    最近は
    受刑者の方々と
    接していると

    どうして
    こんなに素敵な方が・・・

    どうして
    こんなに立派な方が・・・

    どうして
    こんなに優しい方が・・・

    どうして
    こんなに正義感が
    おありの方が・・・

    どうしてこんなに
    人情味のある方が・・・

    という疑問が
    わいてくる。

    釧路刑務所は
    初犯の方々が
    対象の矯正施設である。

    この春
    「釧路刑務所」が
    帯広刑務所の
    「釧路刑務支所」へと
    名称が変わった。

    名称が
    変わってから
    最初の宗教教誨の
    日を迎えた。

    今回
    私の教誨に
    初めて
    参加される●さんは
    京都の出身で
    驚くほど
    目が澄んでいた。

    瞬間的に
    この方は
    クリスチャンではないかと
    思った。

    初めて
    参加される方には
    参加の動機を
    伺うが

    ●さんの場合は
    中高大一貫の
    名門私立ミッション系学校で
    聖書を宗教科
    という授業で
    学ばれてきた
    という。

    入学するのは
    難関の
    名門受験校

    彼女もクリスチャン
    だという。

    毎月2回は
    礼拝(カトリックのミサ)
    にも参加されてきた
    という。

    洗礼も
    在学中に
    受けられたという。

    そういう基盤が
    あるせいか
    わからないが
    聖書を学ぶ意欲が
    みなぎっていた。

    この方が
    どのような
    犯罪で
    刑務所に
    おられるか
    まだ
    存じ上げていない。

    しかし
    ただひとつ
    確信できることがある。

    これは
    ほかの受刑者の方にも
    いえることだが

    間違いなく
    神に愛されて
    いる方であり
    これから
    神の愛のために
    大いに用いられる
    可能性に
    満ちた方である、
    という
    点である。

    今日は
    聖書の学びに先立って
    アイスブレイク
    として
    「入学の思い出」
    というテーマで
    自由に語り合った。


    受刑者自らの
    小中高大・・
    の入学の思い出を
    分かち合ったり

    お子さんの
    入学の思い出を
    語ってくださる
    お父さんもおられた。

    お子さんの
    小中高の入学式に
    参加されたお父さんが

    「下の子の
    中学の入学式には
    (服役中のため)
    出れそうもないが

    高校の入学式には
    なんとしてでも
    出てあげたい。・・・」

    そう語るお父さんの
    目は潤んでおられた。

    今日は
    参加予定者の中に
    ご病気になられた方がおられて
    人数が少なかったが

    その分
    みんなで
    囲むようにして
    和んで
    聖書を学び
    あうことができた。

    この日は
    キリストの復活の
    テーマで共に学んだ。

    最後には
    いつもどおりに
    信仰の告白の
    祈りの時を
    もった。

    刑務所では
    受刑者の間で
    風邪がはやったり
    インフルエンザが
    流行する場合は

    ほぼ決まって
    刑務官の
    保菌者からの
    感染である。

    外界との
    接触が
    制約されている
    受刑者の方々のほうが
    むしろ
    ここでは
    健康体であるようだ。

    栄養価のバランスの
    取れたものを食し
    規則正しい生活をしておられるためか

    風邪をひかれる方は
    少ないようである。

    むしろ
    刑務官の方々の
    健康のほうが
    危ぶまれるかもしれない。

    行政改革の
    弊害であろうか

    人員削減と
    過剰収容の
    施設の中で

    一人当たりの
    仕事量も増え
    健康を
    害されて
    おられる方も
    見受けられるようである。

    今回の私の宗教教誨の
    参加者の出身地は
    バラエティーだった。

    関東出身と
    関西出身の方々が
    半々と
    いうところであった。

    それぞれの
    地元のお話も
    聞くことができて
    意義深かった。

    今回は宗教教誨に
    普段
    携えてくる
    ギターの持参を
    断念した。

    いつも
    パソコンや
    ACアダプターの
    詰まったかばんのほかに

    プロジェクターの
    入ったジェラルミンケース

    さらには
    モニターケーブル

    そして
    ギターも持ち運ぶ
    ともなると

    両手ががふさがってしまう。

    今回は
    プロジェクターの
    電源ケーブルを忘れてしまい
    PCの画面を皆に
    見ていただいた。

    1時間という
    短い時間だと
    少しでも
    語り合っていたい
    という気持ちが
    今の私の正直な
    心境である。

    賛美する時間も
    ほしいには
    ほしいが・・・

    教誨の制限時間の
    1時間というのは
    本当に
    あっという間である。

    潤滑な
    コミュニケーションを
    考えると最低でも
    2時間は
    ほしいが
    施設の事情もあって
    やむをえない。

    教誨の別れ際に
    どんな言葉を
    かけたらいいか
    時々思案する。


    娑婆の世界だと
    親しくなると、

    「また、次回
    この部屋で会いましょう。」

    と言いくなる
    ところだが

    一日も早く
    出所してもらいたい
    思いもあるので

    「今度、会う時は
    教会で会えるといいですね!」

    のほうが
    いいかもしれないなあと
    思ったりもする。

    そんなことを頭で
    思い巡らしながら
    見送ることが多い。

    それにしても
    入学の思い出を
    受刑者の方々に
    語ってもらうと

    出てくるわ
    出てくるわ
    さまざまな
    受刑者の口からの

    希望に満ちた
    少年時代の思い出が・・・

    小学校入学の時に
    校門から
    児童玄関まで
    かざられた
    チューリップと
    三色すみれ
    の花壇の光景が

    今も頭に
    思い浮かぶAさん

    学ラン姿に
    あこがれた
    中学入学式と

    ブレザー姿に
    あこがれた
    高校入学式を

    思い出すBさん

    大阪出身で
    東京の大学当時
    「捨てる」と
    言うことを
    「ほかす」と
    言ったところ
    「それは、どこのことば?」
    とさげすみの表情で
    言われて
    傷ついて
    孤独感を味わった
    というCさん

    入学式が
    桜の開花と重なる時期
    だった
    京都出身のDさん

    部活に入ったばかりで
    疲れてバスで帰宅途中
    眠り込んで
    気づいてみたら
    都会の
    ネオン街の
    無機質な光に
    包まれた怖い
    環境を
    家路に戻ったEさん

    それぞれ
    懐かしい思い出を
    お持ちである。

    受刑者の皆さんの
    思い出に
    共通していたことは
    みな、希望に
    満ち溢れていた
    ということである。

    この受刑者の方々が
    この刑務所を出る時には
    「希望」と同時に

    社会の中で
    どのように
    仕事に就くか

    どのように
    家族や
    関係者との
    和解をはかるか

    さまざまな
    「不安」
    「心配」のほうが
    むしろ
    大きいかもしれない。

    しかし、
    この日は
    とりわけ
    キリストの
    復活をテーマに
    話させていただいたので、

    キリストが
    死から
    よみがえられたゆえに
    私たちの
    日常生活の
    真っ只中に
    いてくださることを
    確信しよう!

    ということを
    確認しあった。


    服役生活を
    季節で
    冬に
    たとえるとすれば

    出所は
    彼らにとって
    真冬ではなくて
    春となることを
    信仰をもって
    受け止められるように・・・












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