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「病気になったらどうしよう」状態からの脱出
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    「頭隠して尻隠さず」「口鼻かくして眼隠さず」

    医療現場ではグーグルも必着用

    目の粘膜からも感染するので

    飛沫感染から防御するには

    アイ・プロテクションも必要かも

    そういえば、我々アレルギー性鼻炎になりがちな者は

    目もかゆくなりがちですよね・・・

    (※WHOからは、咳なき人のマスク不要のお達しが!)

     

    「感染症にかからないように」

    世界中の人の関心事が

    今日

    そこに向けられているよう・・・

     

    釧路市内では

    マスク不足、

    アルコール消毒液不足に加えて

    今度は、塩素系洗剤不足が

    起きているよう・・・

     

    お隣の台湾では

    マスクは1週間2枚のみ

    しかも購入者は実名購入

    感染者の行動経路は

    すべてアプリで

    マッピングされていて

    一般の方々も

    アクセスして「感染者の過去の行動経路」を

    確認できる体制が整い、

    国民の不安が軽減されているそう・・

     

     

    「感染症にかからないこと」が

    あたかも

    人生の最大の関心事であるかのような世相

     

    「罹ったら、どうしよう・・・」という心理状態が

    まん延しているかのよう

     

    こんな時に

    突如の大震災が起こって

    集団避難所生活を

    強いられたら・・・

    なんてことを頭の片隅で

    想像して

    ぞっとしてしまう方も

    少なくないはず

     

    我々人間は、神から離れた瞬間から

    絶えず

    最悪のシナリオを

    イメージしやすい者たち

     

    今朝、あるクリスチャン弁護士さんが

    50年間、医者にかかったことがないことを知り

    ああ、こういう人の生活習慣

    (たとえば、1日100回笑っておられるそう・・)から

    学びたいなあとも

    一瞬思ってしまいましたが・・

     

    でも信仰があれば

    病気にならないというわけでは

    ありませんし、

     

    信仰が強ければ、

    病気が治るというわけでも

    ないでしょう。

     

    宗教によっては

    治ったのは信心のおかげ

    治らないのは信心不足

    と教えるグループもあるよう

     

    でもそんなことではないはず

     

    クリスチャン作家、故三浦綾子さんは

    生前

    『病気の総合病院』

    と自他認めるほどの

    病が多い方でしたが

     

    私が、英国の神学校留学前に

    旭川市の三浦宅を訪問させていただいた時

    うな重をご一緒に食しながら

    談笑している時

    「わたしはね、今、病気を抱えていて

    階段を這うようにして上る時

    『ああ、この階段を上るのは

    これが最後かもしれない。

    もう下りることは

    もうないかもしれない』

    毎度、そのようにして上るんですよ。

    でもね、イエスさまが

    いっしょにおられることがわかるので

    不思議とね、天国にいるような

    嬉しさでいっぱいなのよ。

    今、この地上で天国にいるような

    喜びがあるんですから、

    まして天国へ行ったら

    どんなに喜ぶんだろうかと

    想像できないほどなんですよ、

    ふふふ・・・」

    そのようにおっしゃいました。

    同じクリスチャンでありながら

     

    イエスさまへの向かい方が

    根本的に

    自分のそれとは異なっているなあと

    思いました。

     

    その時私は、国内で

    飛行機に乗るたびに中耳炎みたいな症状に

    なっていたものですから、

    (※実際にそのように診断もされ、

    唾を飲み込むたびに

    カメラのシャッター音が

    聞こえるような不快感の日々でした。)

     

    ましてや、海外留学で

    英国まで長距離

    飛行機に乗ったら

    それこそひどい中耳炎に

    罹ったら

    どうしよう・・・

     

    外国で中耳炎の治療に追われて

    勉強どころではないのではないか

     

    経済的にぎりぎり状態なのに

    海外で高額な治療費がかかり

     

    耳の聞こえも悪くなって

     

    英語を聴きとりずらくなり

    語学習得が苦手な私の不安に

    さらなる拍車がかかっている

    「こうなったらどうしよう」

    「ああなったらどうしよう」

    「どうしよう、どうしよう」

    という心理状況でした。

     

    「病気になったらどうしよう」状態だった

    私に対して

    「イエスさまがいっしょにいれば天国」状態の

    三浦綾子さんの信仰姿勢は

     

    神様からの大きなチャレンジ

    そして

    恵みのご褒美のように

    思われました。

     

    三浦綾子さんは

    「最近、教会の講壇から

    主イエスの十字架が

    あまり、語られなくなったのが

    さびしい・・・」

    そうおっしゃっておられたことも

    印象に残りました。

     

    「やっぱり教会の講壇からでないと

    語れないことを

    語ってほしい」

     

    「どこでも語れることは

    あえて教会の講壇から

    語られる必要はないと思うの」と

     

    なるほどそうだと

    思いました。

     

    「あなたには

    ぜひ講壇から

    しつこいくらいに

    イエスの十字架の福音を

    語ってほしいわ」・・ということばは

    今も心に刻み込まれています。

     

    ちなみに

    三浦夫婦は

    私が英国留学中3年半あまり

    毎日欠かさず私のためにとりなしの

    お祈りをして

    支えてくださいました。

     

    …帰国して

    旭川にお訪ねしたときに

    「毎日、あなたのために

    お祈りしていました。」

    と三浦綾子さんのご主人の

    三浦光世さんから

    その言葉を聴いた時、

    どれほど感激したことでしょう。

     

    「3年半、毎日あなたのために祈ります。」と言うは易し

    「3年半、毎日あなたのために祈っていました」と言うは難し

     

    ・・・・
     

     

    ジョン・パイパーという米国の牧師が

    今から十数年前に前立腺がんになり

    手術の前日に

    「がんを無駄にしないで」(Don't waste your cancer!)

    という手記を書かれました。

     

    ・・・病気は確かにサタンの働きによって

    もたらされる時もある。

     

    しかし、最終的にはがんでさえも

    神が許されたから

    クリスチャンもがんになることはあるんです。

     

    でも、がんを許される神のみ心は

    どこにあるのか?

     

    それは、あなたの心の中にある

    自分を頼ろうとする意地を、完全に取り除き

    神だけに頼れるようにさせるところが

    がんの役目なのです。

     

    最後まで自分に頼って生きようとする

    あなたの意地を

    完全に破壊するために

    がんを与えられる時もある。

    そしてがんはあなたの中にある

    罪を破壊させる良い助け手にもなります。

     

    がんはがんになると

    自分のプライド、欲望、人を嫌うこと、

    ゆるさいないこと、忍耐しないこと、

    又、人生で怠けて生きること

    すべてを取り除いてくれる

    助け手にもなるのです。

     

    がんを通しても私たちは

    イエスに似ていくことができるんですよ

    ということをおしえてくれています。

     

    もし、それを学べないのであれば

    がんを無駄にしている・・・

     

    この手記の中の「がん」の部分に

    他の疾病名を

    入れることも

    できるかもしれません。

     

    できることなら、病にかかりたくないし

    できることなら、痛みを避けたい

    それは皆同じ

     

    しかし

    人生最大の関心事が

    「病にかかるかどうか」よりも

    すべての営みを通して

    「イエス・キリストに似ていっているかどうか」に

    シフトされていきますように


    しかし、私たちは、キリストが現れたときに、

    キリストに似た者になることは知っています。

    キリストをありのままに見るからです。
    3:3 キリストにこの望みを置いている者はみな、

    キリストが清い方であるように、

    自分を清くします。

    (新約聖書 1ヨハネ3:2〜3)

     

    「病気にならない心がけ」は

    大事ですが

    「病気になったらどうしよう」

    という束縛された心理状態から脱出させていただき

    「イエスさまが共にいるから天国」

    という自由な心理状態で

    今日という1日歩ませていただこうと思います。

     

     

     

     

     

     

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    カテゴリ:- | 09:18 | comments(2) | - | - | - |
    コメント
    コメントありがとうございます!
    これを契機に
    健康な食生活、適度な運動、十分な睡眠を皆が心がけることで
    わたしたちが健康なライフスタイルを取り戻すことができれば感謝ですね。

    | Hiro | 2020/03/03 5:42 PM |
    先日の総理の演説で、「われわれはこのウィルスとの闘いに勝たなくてはならない」という内容のことを繰り返し言っておられたのが少し気になりました。
    ウィルスの立場に立てば、何も彼らは人間を敵と思い、人間を殺そうとか滅ぼそうという意思はない。
    彼らにとって、人間の身体は活動して繁殖するための環境に過ぎない。彼らはより繁殖しやすい環境を求めて彷徨っているのでしょう。
    感染して重篤化するというのは、彼らにとって繁殖しやすい身体環境だし、感染しない・感染してもほどなく治ってしまうというのは彼らにとって繁殖しにくい身体環境なのでしょう。
    とかく、マスクの着用とかうがい手洗いに目が向き、それはそれで大切なことでしょうが、ウィルスが繁殖しにくい身体環境作りこそ最も確かなことでしょう。
    身体を強壮にするような食べ物を意識的に取ることや、当り前のことかもしれませんが規則正しい生活、若い人にありがちなだらだらスマホやゲームにふけったりしないとか、できることはたくさんあると思います。
    ウィルスとの闘いだ、という思いが、マスクや消毒液、さらにはトイレットペーパーの略奪戦につながっているのではないかと思います。

    ところで、日曜日はオンライン礼拝の恵みにあずかり感謝です。
    聖書研究会は、状況がはっきりするまでお休みということでよろしいのでしょうか?
    | Toru Nakata | 2020/03/03 1:24 PM |
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