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「集治監の跡を訪ねて」
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    2019.5.10

    北海道集治監釧路分館本館前にて

    かつては釧路市よりも

    栄えた標茶町

    その町の礎を築いたのが

     

    道外から押送されてきた囚人を

    収容していた

    「集治監」(しゅうちかん:刑務所の前身の「監獄」の前身)

     

    釧路集治監は

    明治19年から

    明治34年まで

     

    その後明治40年ほどからは

    軍馬補充部として

    跡地が利用されます。

     

     

    2階の正面部分は「典獄」(てんごく)執務室

    窓が多く広くとられていて

    広角で見渡せます。

     

    「典獄」とは

    現在の刑務所で言うと

    「刑務所長」

     

    ただ当時の「典獄」は

    現在の「刑務所長」よりも

    権限が多く委譲されていて

     

    地元の警察所長や

    不動産登記所長も兼ね

    集治監内の軽微な事件の裁判長の役割も

    担っていたとうことですから

    絶大な権限を有していたことになります。

     

     

     

     

    清らかに澄んだ

    まなざし

    神を恐れ

    時の権力を恐れない

    愛と正義と慈しみが

    にじみ出ているよう

    カッコよすぎ!

     

    今、北海道におられたら

    さぞかし北海道知事に

    ふさわしい品格

     

     

    絶大な権限をゆだねられていた

    釧路集治監 初代典獄は

    ビッカビカのクリスチャン

     

    監獄改善事業に

    情熱を傾けた

    大井上輝前(おおいのうえてるちか)

     

    名前もかっこいい!

     

    その職を退いた後も

    その品格がもたらす影響力は大きく

    行政で「世の光」「地の塩」として

    用いられます。

    (今日でいうと「札幌市議会議長」のような

    働きに就く)

    釧路集治監の教誨師も

    初代から3代まで

    皆これまた

    びっかびかのクリスチャン

     

    監獄改良事業のみならず

    出獄人保護事業にも精を出し

    その献身的な奉仕は

    今日の「更生保護事業の父親的存在」といっても

    過言ではないでしょう。

     

    とりわけ

    大井上輝前典獄と

    原胤昭教誨師は

     

    二人三脚で

    北海道全体の

    集治監の改革に

    用いられますし、

     

    大塚素教誨師においては

    あの鬼典獄と言われた

    有馬四朗助に

     

    書簡で福音書の

    教えを

    こんこんと伝え続けて

    信仰に導く

    まるで近現代のパウロ

    今日でいうとメールや

    ラインで

    こんこんと福音を伝え続けるような

    伝道愛充満の人

     

     

     

    標茶町博物館の開架書棚に

    「お宝発見!」

    のどから手が出るほど

    欲しい情報が満載

     

     

     


     

    これらの史料は

    すべて禁帯出のため

    この日は半日ここで費やすことに・・・

     

    このお二人は

    受刑者に寄り添われた

    近代日本のキリスト者教誨師の

    小さな巨人たちのよう

     

    私が

    釧路刑務支所の

    教誨師を

    させていただけることは

    なんという神の恵みかと感謝すると

    同時に

    これらの先人たちの働きと情熱を

    知れば知るほど

    恐れと恥じ入る思いで

    足が震えるほど

     

    今、原さんと大塚さんが

    来られたら

     

    チコちゃんじゃないですが

    「何やってんだ、貴様は!

    それでも主のしもべか!」

     

    と霊的喝を入れられ

    叱咤激励されることは

    間違いないでしょう。

     

     

    こういうローカルな史料の中に

    貴重な統計資料を含め

    ネット検索では探せない

    貴重な信仰者の足跡が詰まった

    史料が潜んでいることに

    気づかされました。

     

    北海道の近現代の

    行刑史のバイブルが

     

    ここにもあるとは!

    予想だにしませんでした!

     

    標茶博物館

    調べものするのに

    時間足りなさすぎ・・・

     

    ううむ

    標茶博物館

    何度も通わないと・・・

     

     

     

    道外には存在しない

    北海道固有の

    「駅逓所」

     

    釧路から

    標茶に旅する人は

    ここ塘路の駅逓所で

    泊るのが常だったようです。

     

    現在は釧路から標茶まで

    車で1時間ほどですが

    明治時代のころは三日がかり

     

    北海道は

    明治時代

    長い道のりを

    旅する人々のために

    1日の旅の行程ごとに

    「駅逓所」が設けられていて

     

    駅逓内の様子

     

    (駅逓内)

    引っ張ってみようと

    思いましたが

    重すぎ・・・

    「馬力」がないとムリ

     

    ここで宿泊でき

    次の駅逓所までの

    馬を借りることができたり

    郵便物を取り扱うことができた場所

     

    今日でいうと

    さしずめ

    道の駅兼

    ホテル兼

    レンタカー取扱所兼

    郵便局の

    三つの機能兼ね備えた

    宿営地

     

     

     

    北海道の主な幹線道は

    明治時代

    道外から連れて来られた

    囚人の方々によって

    切り開かれました。

     

    過酷で

    血のにじむような

    労役で

    多くの囚人の

    方が

    栄養失調、疫病で

    亡くなられました。

     

    そのような犠牲なくして

    今日の

    北海道の幹線道路は

    存在しえなかったのですね。

     

     見よ、わたしは新しいことを行う。

    今、それが芽生えている。

    あなたがたは、それを知らないのか。

    必ず、わたしは荒野に道を、荒れ地に川を設ける。

    (旧約聖書 イザヤ書43:19)
     

     

    私たちの天国へ通じる道路は

    主イエスが

    十字架で

    尊い血を流して

    犠牲になることなしに

     

    開かれえなかったことを

    思いだすのに

    時間は

    かかりませんでした。

     

    イエスは彼に言われた。

    「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

    わたしを通してでなければ、

    だれも父のみもとに行くことはできません。

    (新約聖書 ヨハネの福音書14:6)

     

     

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