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「トレース」の泣き所
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    児童養護施設のこどもたちが

    教会堂で話し合っているところ

    (TVドラマ「トレース」より)

     

    興味深いテレビドラマは

    録画して

    時間がある時に

    観るようにしています.

     

    最近よくジーンときて

    泣いてしまうのが

    「トレース」のストーリー

    なかなか録画を見る時間を

    見出せなくて

    数週間分たまっています。

     

    なんかもうこの番組は

    最終回まで

    いってしまっているようですが・・・

     

    「科捜研の男」というネイミングが

    気になったのと

    主人公が

    「西郷どん」の弟役で

    親近感をもっていたので

    ふと観始めました。

     

     

     

     

    このドラマでジーンとくるストーリー

    にはある共通性があり

     

    事件の背後にある

    「真実」が

    明らかにされるプロセスの中で

     

    大切なヒト、愛する人を

    守るために

     

    誰かが

    誤解されることを覚悟で

    自らが悪者と見なされても

     

    あえて犠牲を払い

    命をかけ

    愛する者の

    罪をかぶる

     

    というもので

    結構ネットの書き込みを見ても

     

    その部分に

    感動を覚えている方が

    少なくないようです。

     

    元科捜研の経験者が

    脚本を執筆されている点も

    興味深いです。

     

    「先入観」「偏見」が

    払しょくされる過程が

    なかなか痛快です

     

    私たちは、

    愛する者をかばうために

    自らが悪者扱いされてでも

    誤解されてでも

    犠牲を払ったり

    命さえも

    ささげる行為に対して

     

    強く反応

    する「感受性」が

    創造主から

    与えられているのだと

    思わされます。

     

    フィクションストーリーですら

    そうなのだとしたら

     

    ノンフィクションで

    しかも自分が

     

     

    その愛されて

    大事にされている当事者だと

    気づかされたら

    半端ない反応を

    示すに違いありません。

     

    このドラマで

    主人公が

    感情を露出させず

    真実を解明するために

    こつこつ調べて

    それを

    説得力を持って

    クールに訴える

    姿を観ながら

     

    ああキリスト者である自分は

     

    もっともっと真剣に

    イエスキリストの

    十字架の史実と

    復活の史実に

    こめられた真実を

    弁明する努力を

    時にはクールに

    時にはホットに

    語らずにはおられない!

     

    宣教の使命を喚起させられ

    奮い立たせられる

    番組として

    とらえるようにしています。

     

    イエスキリストの

    十字架と復活の史実の裏に

    隠された

    「真実」は

    ノンフィクション

     

    しかも

    自分に直接かかわる真実

     

    自分の永遠を左右させる

    メッセージが

    込められている

     

    キリストの十字架と墓について

    「おれには関係ない話」

    といえる人は

    一人もいない〜。

     

    来月4月21日は

    復活祭(イースター)

     

    キリストも一度、

    罪のために苦しみを受けられました。

    正しい方が正しくない者たちの

    身代わりになられたのです。

    それは、肉においては死に渡され、

    霊においては生かされて、

    あなたがたを神に導くためでした。

    (新約聖書 1ペテロ3:18)

     


    2:21 このためにこそ、

    あなたがたは召されました。

    キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、

    その足跡に従うようにと、

    あなたがたに模範を残された。


    2:22 キリストは罪を犯したことがなく、

    その口には欺きもなかった。
    2:23 ののしられても、ののしり返さず、

    苦しめられても、脅すことをせず、

    正しくさばかれる方にお任せになった。


    2:24 キリストは自ら十字架の上で、

    私たちの罪をその身に負われた。

    それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。

    その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた。
    2:25 あなたがたは羊のようにさまよっていた。

    しかし今や、自分のたましいの牧者であり

    監督者である方のもとに帰った。

    (新約聖書 1ペテロ2:21〜25)
     

     

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