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初詣はどこで?
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    新年あけましておめでとうございます!

    (元旦ブログは、超長いのでご容赦を!)

    ありがたいと思うものや

    神々しいと思われるものに向かって

     

    感謝するだけでなく

    拝みたくなるのが

    わたしたち

    日本人の心情ですよね!

     

    元旦の日の道東は

    好天候

    初日の出をという方も

    満足されたことでしょう!

     

     

    忘れもしない

    今から38年前の

    大晦日の晩

     

    暦が替わろうとしている時間帯の

    北海道神宮の境内

     

    多くの初詣の参拝客で

    ごった返していました。

     

    その一角に

    人垣ができました。

     

     

    ひとりのいがぐり頭の

    男子高校生が

    極真カラテ

    マス・オーヤマカラテスクール

    の空手着を着て

     

    自分の脚を抱えて

    もんどり打って

    のたうちまわっています。

     

    素肌の上に

    道着だけ身につけて

    走ってきたため

     

    極寒の境内で

    しばらく

    合掌祈願しているうちに

    筋肉が硬直して

    しまったようです。

     

    そこへ

    人垣をかき分けて

    ひとりの

    少林寺拳法の遣い手の

    道新カメラマンさんが

    近づいてきて

     

    のたうちまわる

    高校生の

    片方の脚を伸ばしてひょいと

    持ち上げて

    自分の腰にあてがい

     

    いとも簡単に

    介抱して

    直してくださいました

     

    取り囲んでいた人垣からは

    拍手とともに

    感嘆の声と

    安堵の声が

    まじりあうようにして

    もれてきました。

     

    介抱してもらった

    高校生は

    恥ずかしいやら

    気まずいやら

     

    身の置き場所に

    窮してしまいましたが

     

     

    そのカメラマンさんが

    親切に

    声をかけてくれました。

     

    「その足で帰るのは大変だろうから

    これを遣ってください。」

     

    そう言って

    なんと

    無料の

    タクシー券を

    その高校生に

    渡してくれました。

     

    その時助けられた高校生は

    「このご恩は一生忘れません。」

    という思いで

    その場を離れました。

     

     

    門徒の家庭で生まれ育った、

    その高校生は

     

    「北海道神宮の神は

    道内においては

    最も功徳のある

    祈願を聴いて下さる

    力ある神

    ありがたい神様に違いない」

     

    そう

    漠然と思い

    札幌市西区西野の住宅街から

    神宮に

    走ってきたのでした。

     

    そう思った根拠と言われれば・・・

     

    ただ単に

    「多くの参拝客が訪れる神社だし

    「境内も広く、神秘的な雰囲気が漂っているし・・・」

    という程度のものでした。

     

    そこに祭り上げられている神が

    いったい

    いかなる神か

    ということには

    不思議なことに

    全く思いを

    向けませんでした。

     

    その高校生は

    その年の7月

     

    聖書を通して

     

    「本当の神様は

    天地を創造された唯一の方」

    であることを

    知って以来

     

    神社参拝は全く

    しなくなりました。

     

    その高校生の心をとらえた

    聖書の言葉には

    以下のようなものがあります。

     

    40:26「あなたがたは目を高く上げて、

    だれがこれらを創造したかを見よ。

    この方は、その万象を数えて呼び出し、

    一つ一つ、その名をもって呼ばれる。

    この方は精力に満ち、その力は強い。

    一つも漏れるものはない

    (旧約聖書 イザヤ書40:26)

     

    42:5 天を創造し、これを延べ広げ、

    地とその産物を押し広げ、

    その上にいる民に息を与え、

    そこを歩む者たちに霊を授けた神なる主はこう言われる。」

    (旧約聖書 イザヤ書40:42:5)

     

    43:1 だが、今、主はこう言われる。

    ヤコブよ。あなたを創造した方、

    イスラエルよ。

    あなたを形作った方が。

    「恐れるな。

    わたしがあなたを贖ったからだ。

    わたしはあなたの名を呼んだ。

    あなたはわたしのもの。

    (旧約聖書 イザヤ書43:1)

     

    43:7 わたしの名で呼ばれるすべての者は、

    わたしの栄光のために、

    わたしがこれを創造した。

    これを形造り、

    またこれを造った。」

    (旧約聖書 イザヤ書43:7)

     

    44:2 「あなたを造り、

    あなたを母の胎内にいる時から形造り、

    あなたを助ける主はこう言う

    (旧約聖書 イザヤ書44:2)

     

    とりわけ

    その高校生の頭にガツンと

    響いた聖書個所は

    以下のものでした。

     


    44:8 おののくな。恐れるな。

    わたしが、以前からあなたに聞かせ、

    告げてきたではないか。

    あなたがたはわたしの証人。

     

    わたしのほかに神があるか。

    ほかに岩はない。わたしは知らない。


    44:9 偶像を造る者はみな、空しい。

    彼らが慕うものは何の役にも立たない。

    それら自身が彼らの証人だ。見ることもできず、

    知ることもできない。

    彼らはただ恥を見るだけだ。


    44:10 だれが神を造り、

    偶像を鋳たのか。

    何の役にも立たないものを。
    44:11 見よ、その人の仲間たちはみな恥を見る。

    それを細工した者が人間にすぎないからだ。

     

    彼らはみな集まり、立つがよい。

    彼らはおののいて、ともに恥を見る。


    44:12 鉄で細工する者は工具を用い

    、炭火の上で細工し、金槌でこれを形造り、

    力ある腕でそれを造る。腹が減ると、

    力がなくなり、水を飲まないと、疲れてしまう。


    44:13 木で細工する者は測り縄で測り、

    朱で輪郭をとり、かんなで削り、コンパスで線を引き、

    人の形に造り、人間の立派な姿に仕上げて、神殿に安置する。
    44:14 杉の木を切り、うばめ樫や樫の木を選んで、

    林の木の中で自分のために育てる。

    月桂樹を植えると、大雨がそれを生長させる。


    44:15 それは人間のために薪になり、

    人はその一部を取って暖をとり、

    これを燃やしてパンを焼く。

    また、これで神を造って拝み、

    これを偶像に仕立てて、これにひれ伏す。


    44:16 半分を火に燃やし、

    その半分の上で肉を食べ、

    肉をあぶって満腹する。

    また、温まって、

    『ああ、温まった。炎が見える』と言う。
    44:17 その残りで神を造って自分の偶像とし、

    ひれ伏してそれを拝み、こう祈る。

    『私を救ってください。あなたは私の神だから』と。


    44:18 彼らはよく知りもせず、理解もしない。

    その目はふさがれていて見ることもできず、

    その心が賢くなることはない。
    44:19 彼らは考え直すこともなく、このように言う知識も英知もない。

    『私は、その半分を火に燃やし、その炭火の上でパンを焼き、

    肉をあぶって食べている。

     

    それなのに、その残りで忌み嫌うべきものを造り、

    木の切れ端の前にひれ伏すのか。』
    44:20 灰を食物とする者は、心が欺かれ、

    惑わされて、自分を救い出せず、

    『私の右の手に偽りはないか』とさえ言わない。


    44:21 ヤコブよ、これらのことを心に留めよ。

    イスラエルよ、あなたはわたしのしもべ。

    わたしがあなたを形造った。

    あなたは、わたし自身のしもべだ。イスラエルよ、

    あなたはわたしに忘れられることがない。


    44:22 わたしは、あなたの背きを雲のように、

    あなたの罪をかすみのように消し去った。

    わたしに帰れ。わたしがあなたを贖ったからだ。」


    44:23 天よ、喜び歌え。

    【主】がこれを成し遂げられたから。

    地の底よ、喜び叫べ。山々よ、喜びの歌声をあげよ。

    林と、そのすべての木々も。

     

    【主】がヤコブを贖い、イスラエルのうちに栄光を現されたからだ。
    44:24 あなたを贖い、あなたを母の胎内で形造った方、

    【主】はこう言われる。「わたしは万物を造った【主】である。

     

    わたしはひとりで天を延べ広げ、

    ただ、わたしだけで、地を押し広げた。
    44:25 わたしは易者のしるしを打ち壊し、

    占い師を狂わせ、知恵ある者を退けて、その知識を愚かにする。・・・

    (旧約聖書 イザヤ書44:8〜25)

     

    別に神社では

    神の像を造って

    拝むわけではないのですが、

    人間が造ったものに向かって

    礼拝をささげることが

    どういうことかということを

    その高校生は

    大いに

    考えさせられたのです。

     

     

    2700年前に書かれたとは

    とても思えない、

    あたかも今の

    自分に向かって語りかけている

    生きたことばのように、

     

    その高校生の

    心に響きました。


    聖書を

    読めば読むほど

    眼から鱗が落ちるように

    それまで抱いてきた「神観」が

    いかに

    脆弱なものかと

    思わされた

    その高校生は

     

    それまで所有してきた

    大学受験に備えての

    二つのお守りのことが

    急に気になり始めました。

     

    一つは大宰府天満宮のもの

    もう一つは伊勢神宮のもの

     

    どちらも日本有数の神社

     

    しかし

    聖書を読めば読むほど

    お守りを持つ意味が

    ないんじゃないかと

    思うだけでなく

     

    お守りを持つことによって

    創造主なる神が

    なおざりにされ

    災いを招きそうに思われ

    それらのお守りを

    思い切って

    誰にも相談はせずこっそり

    廃棄することに決めました。

     

    どうせ廃棄するなら

    中身を調べてから廃棄しようと

    思いました。

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    (続きます!)

     

     

    厚紙の芯に

    薄い紙が巻かれていました。

     

    その厚紙は

    便箋の台紙の厚紙と

    たいして変わらないもののように

    思いました。

     

    そしてその薄紙にはハンコで神社名が

    機械的に押されていました。

     

    「なんだ、こんなものか」

    極めて安っぽいものを

    大事にしていたことが

    馬鹿らしく滑稽に思えました。

     

    今までこんなものを

    大事にしてきたのか・・・

     

    創造主に

     

    神でない「紙」を

    神であるかのように

    大事にしてきたことを

    ・・・お詫びしながら

     

    廃棄しました。

     

    なんか心の重荷のようなものが

    取れたような

    すっきり感で

    覆われました。

     

    バチが当って災いが起こるか

     

    はたまた

    学問の神様と言われる

    菅原道真公を怒らせ

     

    大学受験に落ちてしまうか・・・

     

    実際は災いは

    ないどころか

     

    真の神を信じたことで

     

    祝福が満ちました。

     

    お守り廃棄によって

    大学受験に落ちることは

    ありませんでした。

     

    その高校生は

    のちに

    大学に進んで

    福翁自伝を読んで

     

    あの福沢諭吉が

    かつて厠で

    お札を

    こっそり

    踏みつけて

    バチがあたるかどうか

    試した結果

     

    何の災いも起こらないので

    こんなものは意味がないと

    結論づけた

    という自伝記事を読んで

     

    ああ、なんだ、自分と似たことを

    経験されたのだなあと

    身近な存在に思えたものです。

     

    人類のベストセラー聖書には


    20:3 あなたには、わたし以外に、

    ほかの神があってはならない。


    20:4 あなたは自分のために

    偶像を造ってはならない。

    上の天にあるものでも、

    下の地にあるものでも、

    地の下の水の中にあるものでも、

    いかなる形をも造ってはならない。
    20:5 それらを拝んではならない。

    それらに仕えてはならない。

    あなたの神、主であるわたしは、ねたみの神。

    わたしを憎む者には父の咎を子に報い、

    三代、四代にまで及ぼし、
    20:6 わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、

    恵みを千代にまで施すからである。

    (旧約聖書 出エジプト記20:3〜6)

     

    聖書の中でさえ

     

    ある預言者が

    天のみ使いに向かって

    ありがたいと思ったのでしょう。

     

    礼拝しようとしかけた場面があります。

    すると

    「いけません!神を礼拝しなさい!」

    とみ使いから

    叱られるという

    場面が出てきます。

     

    日本人の私たちの心情も

    似ていますね。

     

    ありがたいものに

    ひれ伏そうとする心理

     

    この世にありがたいものは

    たくさんありすぎますが

     

    礼拝されるべき対象は

     

    それらのすべての

    ありがたいものを

    創造された創造主なる神

    のみなのですね!

     

     

    私たちの教会では

    本日元旦礼拝を

    午前10時から

    1時間以内で行います。

     

    初詣礼拝のようなものです。

     

    賛美歌を歌って

    わかりやすく

    聖書の言葉を聴いて

     

    天地創造の神に

    お祈りをそれぞれが

    自由にささげる

    プログラム

     

    初めての方も

    どなたでも

    ご参加いただけます。

     

    お賽銭や献金の時は

    特別設けてはおりません。

     

    お気軽にいらしてください。

     

    初詣に行こうかなあ〜

     

    でもどこに行こうか

    まだ決めかねているなあ

     

    という方

     

    ぜひ、天地宇宙を創造され

     

    私たちを

    母親の胎内で形造られた

     

    真の神を

    礼拝することから

     

    2019年

    祝福に満ちた

    新しい歩みを

    スタートしませんか!

     

    「・・・そうは言っても

    只今、インフルエンザ警報が発令中の

    釧路だし・・・」

     

    「人込みの中へ入らないように

    呼びかけられている真っ最中だし、・・・」

     

    「神社も教会も

    遠慮しようかな・・・」

     

    という方のために

     

    家でも静かに

    初詣できるので

    ご安心ください!

     

    「えっ?神棚も

    祭壇もないのに?」

     

    だいじょうぶです!

     

    天地を創造された

    神の言葉である

    聖書のことばを

    朗読されて

     

    「天地を創造された神様、

    今年もよろしくお願いします!」

    これでもOK!

     

    「えっ?お賽銭や献金しなくてもいいんですか?」

     

    あなたの心を

    おささげしましょう!

     

    「聖書が手元にないんですけど・・・」

     

    だいじょうぶです。

    以下に聖書の言葉を

    記しました。

     

    ちなみに

    私どもの教会では

    今朝の次の聖句(神のことば)を皆さんで

    お読みします。

     

    よろしかったら

    今おられるところで

    ごいっしょに

    どうぞ!

     

    声を出しても

    出さなくても

    大丈夫です。

     

    さん、はい!


    <都上りの歌。>

    121:1 私は山に向かって目を上げる。私の助けはどこから来るのか。
    121:2 私の助けは主から来る。天地を造られたお方から。
    121:3 主はあなたの足をよろけさせずあなたを守る方はまどろむこともない。
    121:4 見よイスラエルを守る方はまどろむこともなく眠ることもない。
    121:5 主はあなたを守る方。主はあなたの右手をおおう陰。
    121:6 昼も日があなたを打つことはなく夜も月があなたを打つことはない。
    121:7 主はすべてのわざわいからあなたを守りあなたのたましいを守られる。
    121:8 主はあなたを行くにも帰るにも今よりとこしえまでも守られる。

    (旧約聖書 詩篇121)

     

    2019年

    天地の造り主から

    皆さんの上に

    祝福が

    ありますように!

     

     

     

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