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「さびしいの?」
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    2018.12.17

    月曜の早朝

    釧路市立興津小学校校門の外で

     

    クリスマスパーティーの

    チラシ配布をしていました。

     

    通学路で小学生たちに

    声をかけていると

     

    ひとりの低学年の男の子が

    スーッと

    近づいてきました。

     

    しくしく泣いている

    ではありませんか。

     

    しゃがみこんで

    「どうしたの?」と

    その子の顔を覗き込みながら

    尋ねると

     

    うっうっと

    嗚咽していて

    言葉を発するのが

    難しそう。

     

    「ころんじゃったの?」

    首を横に振ります。

     

    「からだのどっか痛いの?」

    首を横に振ります。

     

    「誰かにいじめられちゃったの?

    いじわるされちゃったの?」

    首を横に振ります。

     

    ちょっと考えて・・・

     

    「もしかして、さびしいのかな?」

    男の子は初めて

    首をたてに振りました。

     

    「そうか〜さびしかったのか〜」

    「でもね、もう、だいじょうぶだよ。

    みんながついているからね〜」

     

    すると、周囲にいた高学年の子の一人が

    「そうだよ」と言って

    その低学年の子の肩を

    抱くようにして

    校門の方へいざなってくれました。

     

    ナイス、上級生!

     

    「だいじょうぶだよ。」に続けて

     

    「神様がついているよ」

    「イエス様が一緒にいるよ」

     

    普段なら

    そう

    いいがちな私ですが

     

    その時は

    「みんながついている」

    という言葉が

    とっさに出てきました。

     

    もうちょっと

    時間が許せば

    クリスマスのお話や

    イエス様の

    お話をしたかったのですが・・・

     

    ただ結果として

     

    男の子は

    少し安心した表情で

    呼吸も落ち着き

     

    また

    その時

    その子を取り巻いていた

    上級生の子も

    「そうだよ」

    と言って

    いざなうことができたことは

    まずは

    良かったかなあと

    思いました。

     

    淋しさをかかえていた男の子も

    その男の子を校門の中へ

    いざなってくれた上級生の男の子も

    どちらも

    クリスマスパーティーに来られたら

    嬉しいな!

     

     

     

    ところで

     

    さびしさを表す漢字には

    「寂しい」と「淋しい」が

    ありますが

     

    涙を流すさびしさは

    「淋しい」の方

     

    「淋しい」の「さんずい」が

    涙を象徴すると思うと

    覚えやすいです。

     

    今週は

    1年で一番夜が長い時期

     

    言いかえると

    闇の時間帯が長い分

    「さびしさも」と

    最も長く感じやすい時期かも

     

    実は

    神のひとり子

    救い主イエスは

     

    この地上で

    誰よりも

    深刻な

    淋しさを体験されたお方。

     

    十字架にかけられる前夜

    これから

    捕縛されることを

    知りつつ

     

    孤独を味わいながら

    祈られました。

     

    主イエスは

     

    身近な弟子たちが

    ともにいること

    を必要と

    されるほどの悲しみ

     

    死ぬほどの悲しみを抱えるほどの

    淋しさを味わいました。

     

     


    26:37 そして、ペテロとゼベダイの子二人を

    一緒に連れて行かれたが、

    イエスは悲しみもだえ始められた。


    26:38 そのとき、イエスは彼らに言われた。

    「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。

    ここにいて、わたしと一緒に目を覚ましていなさい。」


    26:39 それからイエスは少し進んで行って、

    ひれ伏して祈られた。

    「わが父よ、できることなら、

    この杯をわたしから過ぎ去らせてください。

    しかし、わたしが望むようにではなく、

    あなたが望まれるままに、なさってください。」

    (新約聖書 マタイの福音書26:37〜39)

     

    主イエスが

    味わった淋しさは

     

    十字架にかかるとき

    父なる神から

     

    呪われた者とみなされ

     

    裁きの鉄槌を

    私たちに代わって受け取り

     

    文字通り

    捨てられることを

    覚悟するという

     

    究極的淋しさ

     

    その究極の淋しさを通られた

    主イエスだからこそ

     

    この地上で

    どんな淋しさの中にある人をも

    慰めることができるのですね。

     


    クリスマス・・・

    釧路の小学生のおともだちの中で

    淋しさを覚え

     

    涙を流しているおともだちは

    少なくないはず

     

    いや小学生に限らず

    我々大人も

    淋しさを

    紛らわすために

     

    お酒、ギャンブル、グルメ、

    ネット・・・そして仕事

     

    淋しさを紛らわすために

    さまざまな偽りの

    避け所を求めやすい。

     

    主イエスが

    ともにいることを知って

    信じて

     

    自分がもはや

    ひとりぼっちではないことを

    知って、信じて

     

    歩むことができるように、と

    祈らされます。


    41:10 恐れるな。わたしはあなたとともにいる。

    たじろぐな。わたしがあなたの神だから。

     

    わたしはあなたを強くし、あなたを助け、

    わたしの義の右の手で、あなたを守る。


    41:11 見よ。あなたに向かっていきり立つ者は

    みな恥を見て辱められ、

    あなたと争う者たちは

    無いもののようになって滅びる。


    41:12 あなたと言い争う者を探しても、

    あなたは見つけることができず、

    あなたと戦う者たちは、

    全く無いもののようになってしまう。


    41:13 わたしがあなたの神、主であり、

    あなたの右の手を固く握り、

    『恐れるな。わたしがあなたを助ける』

    と言う者だからである。

    (旧約聖書 イザヤ書41:10〜13)

     

     

     

     

     

     

     

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