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「待降節」と「M1グランプリ」
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    昨日、わたしどもの教会で

    アドベント・クランツの飾りつけが

    行われました。

     

    リースは

    キリストのアドベント

    (ラテン語で「到来」の意味)の日を

    象徴し

    4本のろうそくに

    毎週日曜に

    一本ずつに

    灯火していきます。

     

     

     

    キリストの到来は

    「過去」に起こった出来事だけでなく

    「将来」にも起こる出来事でもあると

    クリスチャンたちは信じています。

     

     

    十字架で死んでよみがえられた主イエスが

    再び来られることを

    「再臨」と言い、

    クリスチャンたちは

    その日を待ち望んでいます。

     

    その日に

    主イエスと顔と顔を合わせることが

    できると信じているからです。

     

    その日

    この地上のあらゆる労苦、

    苦難に終止符が打たれて

    新しい天と地の

    幕開けが訪れると

    信じているからです。

     

    その日

    わたしたちの朽ちゆく体が

    完全に購われて

    ありとあらゆる苦痛から

    解放されると信じているからです。

     

    キリスト到来を待ち望む4週間を

    待降節と呼んでいます。

     

    1年間の4週間だけアドベント(待降節)

    というのは、

    とりあえず教会暦のスタート地点として

    人為的に定められているものですが

     

    1年365日

    毎日が主イエスの再臨を待ち望む

    アドベントの日々といってもいいかと思います。

     

    「とりあえず」のクリスチャンたちは

     

    主イエスの再臨について・・・

     

    「主よ、来てくださるのはうれしいですが

    どうせなら、この世の楽しみを

    私が十分味わってから

    しかも私がこの地上で

    やりたいことをぜんぶやり終えてから

    来てください。」

    と内心思うかもしれませんが

     

    それは言い方を変えると

    聖書を読みながらも

    キリストの再臨の意味を

    まだよく知りつくしていないからだと思います。

     

    一方「がち」のクリスチャンたちは

     

    「主イエスよ、来てください!」

    (ヨハネの黙示録22:20)

    と一刻も早く

    今すぐにでも再臨があることを

    待ちわびています。

     

    それは言い方を変えると

    キリストの再臨の意味を

    聖書からよくかみしめているしるしでしょう。

     

    ところで

    今年のアドベント初日の昨晩は

     

    日本ではM−1グランプリという

    漫才界のビッグイベントが

    ありました。

     

    毎年吉本興業が主催する祭典で

    いわゆる漫才界のナンバーワンを決めるイベントで

    結成後10年(?)以内の方々が

    エントリー可能対象となるそうです。

     

    今年はなんと4640組もエントリーして

    第14代チャンピオンとして

    「霜降り明星」さんが選ばれました。

     

    最年少の受賞だそうです。

     

    3年連続で

    惜しくも

    準優勝だった「和牛」さんは

    残念がって

    「生まれ変わらないと優勝できない・・・」と

    おっしゃっていたそうですね。

     

    M−1の舞台に立てただけでも

    満足というグループも

    少なくなかったようですね。

     

    いろいろなドラマが

    背景にあるようですね。

     

    M−1グランプリの様子を観て

     

    観衆をいかに

    笑いの渦の中に巻き込むか

     

    ストーリー展開の意外性

    巧みな話術

    面白いジェスチャー

    そして

    二人の掛け合いなど

    を最大限駆使して

     

    4分間の枠の中に

    びっしりと詰め込んだ

    笑いを

     

    必死に構築するために

     

    真剣に取り組む姿勢に

    感銘を覚えました。

     

    笑いを提供することは

    大きな社会貢献!

     

    笑いは健康のもとともいわれ

    赤ちゃんは1日に何百回も笑うことで

    免疫機能が増していくのに対して

     

     

    年齢とともに笑いが

    減少しやすくなるようですからね。

     

    私の友人の高僧に

    「先生のリラックスは何ですか?」

    とお訊ねすると

    「漫談を聴くこと」とおっしゃっておられました。

     

    お話をする機会と言えば

    葬儀、法事が圧倒的に多い

    僧侶の皆さんにとって

     

    「笑える話」を

    自分自身が聞かないことには

     

    なかなか身がもたないのも

    うなづかされます。

     

     

    さて昨晩は

    1日を終えて

    心身ともに疲れ切っていた状態で

    M−1を観たせいか

     

    どの漫才を観ても

    「もう一度観たい」と

    思わせるほど面白く感じられたものは

    残念ながらひとつも

    ありませんでした。

    (申し訳ありません・・・)

     

    それだけ

    私の中に

    笑う感性が不足

    またはマヒしているのか

     

    はたまた

    現代の笑いの勘どころと

    私の笑いのセンサーとの

    ずれがあるからなのか

     

    過去のM−1グランプリを

    すべて観たわけではありませんが

     

    今まで観た中で

    もう一度観たいと

    思わせられたものがあります。

     

    第5回グランプリの

    ブラックマヨネーズさんの決勝作品です。

     

    お二人の表情のコントラスト

    口調、

    言葉づかい、

    スピード感、

    感情の表出、

    話の展開の意外性、

    最後の締め方に至るまで

    あっぱれです。

     

    素直におもしろかったです。

     

    この世の人間関係

    1対1の関係であっても

     

    相手の気持ちや反応を

    気にするあまり

     

    自分が思うこと

    感じることを

    本音レベルで

    分かち合うことは

    なかなか難しいのでは

    ないでしょうか。

     

    M−1に出てくる

    こういう二人を見ると

    作り話(虚構)とはいえ

     

    本音でバンバンぶつかり合う光景

    突っ込みと

    ボケという役割の掛け合いの中で

    繰り広げられる

    やりとりは

     

    聴いていて

    何か自分の心の中にある何かを

    氷解させてくれる感じすら

    してしまいますから

    不思議です。

     

    こういう漫才を見ていると

    何かと似ているなあ

     

    そうです

     

     

    卓球の打ち合いです!

     

    片方がスマッシュ専門(ツッコミ)

    もう片方が

    回転をかける専門(ボケ)

     

    見ているものを

    決して

    あきさせません。

     

    やっている本人たちは必死でしょうが。

     

    ところで

    この世の笑いには

    素直に笑えない類の

    笑いも氾濫しているように

    思います。

     

    自虐ネタを使った笑いを始め

    誰かが傷ついたり

    誰かを傷つけたり

     

    誰かが卑しめられたり

    誰かを卑しめたり

    下ネタもの・・・

     

    M−1審査員の中にも

    そのことを指摘されている方が

    いらっしゃいましたので

    安堵しました。

     

    皮肉笑い、自嘲笑いの類は

    たえず

    不快な気持を生み出し

    健康を増進させる

    笑いとはなりがたいものです。

     

    旧約聖書の時代

    栄華を極めたソロモンという王様の

    ことばを思い出します。

     

    「刹那的な笑い」よりも

    むしろ

    人生の目的を洞察させる

    「悲しみの意味」に

    価値を見出しています。


     笑いか。私は言う。

    それは狂気だ。快楽か。

    それがいったい何だろう。

    (旧約聖書 伝道者の書2:2)

     

     悲しみは笑いにまさる。

    顔が曇ると心は良くなる。

    (旧約聖書 伝道者の書7:3)

     

    新約聖書でも

    表面的な笑いや喜びに

    私たちが埋没しないようにと

    警鐘を与えてくれています。


    嘆きなさい。

    悲しみなさい。

    泣きなさい。

    あなたがたの笑いを悲しみに、

    喜びを憂いに変えなさい。

    (新約聖書 ヤコブ書4:9)

     

    私たち人間が

    この地上で行う

    笑う努力

     

    笑わせる努力には

     

    時として涙ぐましいものが

    あるにせよ

     

    多かれ少なかれ

    そこには

    絶えず

     

    はかなさが

    付きまとうのを

    避けられないようです。

     

    その点においては

    花火と似ている

    かもしれません。

     

    興味深いことにM−1審査員の中で

    「爆発しなかった」という表現を

    使用される方がいらっしゃいました。

     

    なるほどと思いました。

     

    花火の展開と似ています。

     

    我々は

    どんなに見事に花火を

    爆発させることができても

    持続可能な花火を創作できないように

     

    どんなに衝撃的な笑いで

    観客をどよめかせることができても

    持続可能な笑いを創作することはできない・・・

     

    いつまでも残る

    持続可能な笑い・・・

     

    なんてありえるのでしょうか?

     

    答えは

    バイブルを見るとアリエール!

     

    それは

    人が作り出せるものではなくて

    創造主なる神のみが

    賜るもの

     

    赤ちゃんがよく笑うのは

    なぜでしょう。

     

    乳幼児は本当によく

    持続的に笑います、というか

    笑えます。

     

    目が合うだけで

    笑います、というか

    笑えます。

     

    とりわけ乳児は

    天井を見ながらでも

    笑います、というか

    笑えます。

     

    幼子は

    M−1グランプリを見なくても

    四六時中笑っていられる

     

    それはまさに聖なる笑いのよう。

     

    すごいですね〜!

     

    おそらく

    主の使い(天使)が

    送られていることが

    その大きな

    一因でしょう。

     

    やさしい天の父なる神様の

    笑顔が見えるのでしょうね

     


    あなたがたは、

    この小さい者たちの一人を

    軽んじたりしないように気をつけなさい。

    あなたがたに言いますが、

    天にいる、彼らの御使いたちは、

    天におられるわたしの父の御顔を

    いつも見ているからです。

     

    (新約聖書 マタイの福音書18:10)
     

     

    主イエスが到来する

    再臨の日

    やがて来るべき

    アドベントの日こそ

     

    真に持続可能な笑いの日

     

    ということは・・・

     

    究極のM−1グランプリ王者は

    イエスキリスト哉!


    126:2 そのとき私たちの口は

    笑いで満たされ私

    たちの舌は喜びの叫びで満たされた。

    そのとき諸国の人々は言った。

     

    「主は彼らのために大いなることをなさった。」
    126:3 主が私たちのために

    大いなることをなさったので私たちは喜んだ。

    (新約聖書 詩篇126:2〜3)

     

     

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