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「あっけない」が意味するもの
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    喪中のはがきが

    連日郵便受けに入る

    今日この頃・・・

     

    昨日

     

    この夏

    長年連れ添った

    ご主人を90代で

    亡くされ

     

    残された80代のAさん宅に

    伺いました。

     

    「ご主人が亡くなられて

    さぞかしおさびしいことと

    思いますが、その後

    いかがでしょうか。」

     

    実は

    同じご質問を

    数週間前にも

    させていただきました。

     

    その時のお答えは

    「あっけない」でした。

     

    今回は・・・

    Aさんは

    「さびしくないけど、

    あっけないね。」と

    またもや

    「あっけない」と

    お答えになりました。

     

    私は

    心のどこかでAさんの口から

    「さびしい」というお言葉を

    お聴きすることが

    できたらと

    思っていたようです。

     

    私は、Aさんの

    反応にやや驚き

    「えっ、さびしくないけど

    あっけないね、とは

    どういうことですか?」

     

    Aさんは

    「何しゃべっても

    ことばが返ってこないことが

    あっけないってことだね。

    はりあいがないって言うかね・・・」

     

    「ああ、そうですか。そうなんですね・・・。」

     

    帰宅してから

    「あっけない」と言う言葉に

    ついて調べてみました。

     

    「あっけない」と聴くと

    私などは

    「あっけない幕切れ」というような

    用法で使いやすいのですが・・・。

     

    もともとは

    「飽く気ない」だったのに

    「呆気ない」という当て字が

    遣われるようになったよう。

     

    「期待に反して物足りない・・・」が原意のよう

     

    英語でdisappointingとか

    sudden endingと訳出している説明も

    ありますが

     

    それは日本語の意味あいを

    どうも十分に表しているとは

    言えないと思いました。

     

    だからといって

    unsatisfiedというのも

    ニュアンスが異なるし

     

    この際

    「あっけない」は

    無理して訳さず

    「Akkenai」のままでいいのかなと

    思いました。

     

    私たちの人生

    もし

    創造主とのきずなを

    意識しないならば

    感謝や喜びが得られず

     

    どんな業績を地上で残そうと

    どんな楽しく豊かで平和で

    健やかな日々を過ごそうとも

     

    すべてあっけないもの

    なってしまう、

     

    そう

    思わされました。

     

    今から3000年以上前

    旧約聖書の時代に

    そのことはすでに

    聖書著者

    あの栄華を極めたとされる

    伝道者ソロモンを通して

    語られていました。


    1:2 空の空。伝道者は言う。

    空の空。すべては空。
    1:3 日の下でどんなに労苦しても、

    それが人に何の益になるだろうか。


    1:4 一つの世代が去り、次の世代が来る。

    しかし、地はいつまでも変わらない。
    1:5 日は昇り、日は沈む。

    そしてまた、元の昇るところへと急ぐ。


    1:6 風は南に吹き、巡って北に吹く。

    巡り巡って風は吹く。

    しかし、その巡る道に風は帰る。
    1:7 川はみな海に流れ込むが、

    海は満ちることがない。

    川は流れる場所に、また帰って行く。


    1:8 すべてのことは物憂く、

    人は語ることさえできない。

    目は見て満足することがなく、

    耳も聞いて満ち足りることがない。
    1:9 昔あったものは、これからもあり、

    かつて起こったことは、これからも起こる。

    日の下には新しいものは一つもない。

    (旧約聖書 伝道者の書1:2〜9)

     

    「あっけない」は

    「はかない」とも

    言いかえられるかな

    興味深いことは

    「新しいものは一つもない」

    という言葉

    人間はみな心のどこかで

    新しさを求めている・・・。

     

    伝道者は

    あっけない生涯を送る人に

    ついて

    次のようにも

    語ります。

     

    ひとりぼっちで、仲間もなく、

    子も兄弟もいない人がいる。

    それでも彼の一切の労苦には終わりがなく、

    その目は富を求めて飽くことがない

    そして「私はだれのために労苦し、

    楽しみもなく自分を犠牲にしているのか」とも言わない。

    これもまた空しく、辛い営みだ。

    (旧約聖書 伝道者の書4:8)

     

    3000年前に

    書かれた伝道者の言葉は

    今もなお、そのとおりだと

    思わざるを得ない説得力を持って

    私たちの心に突き刺さります。

     

    しょせんこの世は

    あっけない」と言う時

    それでは

    「あの世はあっけなくないのか?」

    という問いをしてみる必要がありそうです。

     

    その問いに対して

    創造主なる神を知ることなしに

    この世を去って

    あの世にいくことは

     

    「さらにあっけないこと」

    であると

    聖書は語ります。


     よみと滅びの地は飽くことがなく、

    人の目も飽くことがない。
    (旧約聖書 箴言27:20)

     

    数年前に、ご近所にお住まいの

    一人のご高齢の御婦人に

     

    「イエス様信じたら

    永遠のいのちをいただくことができるんですよ。」

    と申し上げましたら

     

    そのご婦人は

    すかさず次のように

    仰いました。

     

    「わたしは、永遠のいのちなんかほしくありません。

    もう充分です。というか、いつまでも

    生きるのはごめんです。

    あちこち痛い所も増えてくるし

    孫なんか、お年玉もらう時くらいしかこないし・・

    長く生きれば生きるほど

    年金生活もきつくなるばかりだし

    周りの人にも介護だ〜病院だ〜

    買い物行くのに

    車に乗せてって〜と

    迷惑ばかりかけるし

    気を遣うし〜

    長く生きていればいるほど

    過去を回想して

    悔やみ節や、恨み節も多くなるし

    早く迎えがきてほしいもの・・・」

     

    人生のお疲れモードが

    いやと言うほど

    伝わってくるようでした。

     

    もちろん

    聖書が語る

    「永遠のいのち」の意味について

     

    その後

    そのご婦人に

    お話させていただきましたが・・・。

     

    聖書には

    ありがたいことに

    あっけない人生や世界の描写だけでなく

    あっけなくない人生や世界の描写があります。

     

    それは罪からの救い主イエスを信じて

    体験できる

    神の国、天国のこと


    「見よ、神の幕屋が人々とともにある。

    神は人々とともに住み、

    人々は神の民となる。

    神ご自身が彼らの神として、

    ともにおられる。
    21:4 神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。

    もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。

    以前のものが過ぎ去ったからである。」
    21:5 すると、御座に座っておられる方が言われた。

    「見よ、わたしはすべてを新しくする。」

    (新約聖書 ヨハネの黙示録21:3〜5)

     

    神の国、天国が

    「あっけなくない」理由が

    この聖句で

    少なくとも4つ

    挙げられていると思います。

     

    まず一つは「終わりがない」ということ

    「死がない」ということは「終わらない」とうこと

     

    終わりがあると思うと、

    今がどんなに楽しくても

    今何をやっていても

    「あっけなさ」を抱えている

    ことになります。

     

    二つ目は「苦痛がない」ということ

    「悲しみがない」ということは

    心身魂の苦痛を覚える必要がない

    ということ、

     

    肉体的であれ、精神的であれ、霊的であれ

    苦痛が続く限り、

    その人生がどんなに長くてもそれは

    「あっけない」ことを意味するからです。

     

    三つ目は「過去が一掃されるということ」

    主イエスは「見よ、わたしはすべてを新しくする」

    と仰いました。

    私たちは、過去の記憶ゆえに

    苦しみ、痛み、喘いでいるのでは

    ないでしょうか?

     

    過去の出来事で傷ついたり痛んだりした部分が

    完全に癒されていないがゆえに

    それが

    現在の不安や恐れや恨みや悲しみ、憂鬱の

    根となって

    私たちの

    今を生きずらくさせて

    あっけない感を

    増長させてしまっている

    のではないでしょうか?

     

    かつて

    沖縄の離島を自転車で廻った時に

    海岸でテント張って

    生活している人がおられました。

    かつて都会生活して

    疲れ果てて

    過去のしがらみから離れて

    新天地を

    求めてきたそうです。

    でも離島は離島で

    台風とかいろいろ大変だそうです。

     

    数年前

    東京のある河川敷のホームレスの方の

    テントにも入らせていただいて

    お話を伺ったことがあります。

    この方は地方から

    都会の生活にあこがれて

    来たものの

    嫌気をさして

    やはりしがらみから

    離れたいとのことでした。

    しかしホームレスは

    暴行事件などに巻き込まれやすく

    河川敷は決して

    平安な場所ではなさそうでした。

    (まりも羊羹を携えて行くと

    歓迎してくれました。)

     

    実は私たちは多かれ少なかれ

    人生の「あっけなさ」を

    心のどこかで意識しながら

     

    それに気づかないふりをして

    生きようとして

    あくせくして

    「満足のふり」を演じようとしている

    のかもしれません。

     

    本当のところ

    魂のどこかで

    あっけなくない人生を

    送らせくれ〜

    だれか〜

    もがいて、叫んでおられるのではないでしょうか

     

    そんなお一人お一人を

    主イエスが

    招いておられる・・・。

     

    冒頭でご紹介させていただいた

    この夏ご主人を失われた

    Aさんが

     

    この地上で残された日々を

    どうか

    あっけなくない

    幸いな日々とされて

    かろやかに

    歩まれますように

     

    またお訪ねしたいと

    お祈りしているところです。

     

    さて

    今日は午後帯広にまいります!

     

    本日午後七時から

     

    妻の出身教会である

    帯広キリスト福音教会で

     

    聖書の言葉を

    みなさんとご一緒に

    じっくり味わえたら

    素晴らしいです。

     

    帯広市西22条南3丁目5−15

    電話0155−35−2625

    午後7時からです!

     

    なお、今晩は帯広に泊まらせていただき

    明日の日曜礼拝でも

    帯広キリスト福音教会で

     

    集われる皆さんと聖書のことばを

    味あわせていただきます。

     

    お初めての方も

    帯広キリスト福音教会の皆さまが

    温かく迎えてくださいます。

     

    今日と明日

    拙ブログを

    帯広で

    お読みくださっている

    皆さんとお会いできたら

    嬉しい限りです。

     

     

     

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