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「教会の畑で」発見!
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    収穫の喜びをシェアする喜び!

    昨日(日曜日)礼拝後の

    ランチタイムにて

     

     

    にんじんマフィン

    美味しい!美味しい!

     

    カボチャプリン

    この世に、こんなに美味しいものがあるとは!

    まして、新天新地にはどれほど

    美味しいものがあることでしょう!

     

    昨日の教会の

    ランチタイムは

    美味しいデザートで

    とっても祝されました。

     

     

    午後の学び会最中

    温かい日差しの中で

    まどろみかけて

    ごめんなさい・・・。

     

     あなたがたは、

    『まだ四か月あって、それから刈り入れだ』と

    言ってはいませんか。

    しかし、あなたがたに言います。

    目を上げて畑を見なさい。

    色づいて、刈り入れるばかりになっています。
    (新約聖書 ヨハネの福音書4:35)

     

    「教会の畑」で

    思い出すのは

    あの有名なメンデルの法則

     

    メンデルさんは

    ダーウインの著作も読んだそうですが

    あまりその影響は

    受けなかったそうです。

     

    むしろ司祭として

    「教会の畑」で

    エンドウ豆を観察しながら

    遺伝法則を発表しました。

     

    それは

    19世紀の半ばごろ

    だったようですが

     

    当時は

    周囲の人は

    メンデルさんの数式の意味を

    理解できず、

     

    公に認知されのは

    メンデルさんが天に召されて

    十数年たって

     

    3人の科学者たちによって

    だそうですね。

     

    何はともあれ

    「教会の畑で」

    偉大な自然法則の発見が

    なされたのですね。

     

    昨日は

    「教会の畑で」ということばを

    ながめながら

    メンデルさんのことを

    思い浮かべてしまいました。

     

    わくわくするような事実を

    発見して

    シェアしても

    周囲に

    なかなか

    理解してもらえないとは

    どれほど

    おつらかったことか。

     

    クリスマスの本当の意味を

    知って嬉しくて

    その意味を

    周囲の人に

    シェアして

    理解していただけない時は

    それ以上に

    つらいかもしれません。

     

    福音を伝えて

    伝えられた人が

    その意味を理解するのが

    もしかすると

    半世紀後かもしれない。

     

    それでも

    メンデルさんのことなど

    思いながら

    語り続けたいもの・・・

     

     

    誰からも

    主イエスがこの地上に来られたことの

    意味や目的を

    聴かされずに

     

    主イエスの愛を

    知らされないで

    人生を

    閉じることは

    はるかに、はるかにつらいこと

     

    私が

    高校3年の夏

    クリスマスの本当の意味を知って

    信じた時

     

    「なんで、クリスチャンの人たちは

    こんなに大切で、良い知らせを

    もっと早く教えてくれなかったの?!」

    と思ったもの

    あの時の感覚を思い出しながら

    今日も伝えさせていただきたい。

     

    (天地を創造し、歴史を支配し

    私たちを母親の胎内で形づくられたお方)は、

    実に(なんと、なんと)、

    そのひとり子(唯一のひとり子である愛の対象であるイエス)

    をお与えになった(この世に遣わして、

    本来私たちに下すべき罪の刑罰を十字架で、私たちの代わりに負わせるほどに

    (私たちひとりひとり)を愛された。

    それ(その目的)は御子(主イエス)を信じる(信頼をおき続ける)者が、

    一人として滅びる(神の前における罪のゆえに死後、世の終わりに

    裁かれ、永遠に創造主から遠ざけられる)

    ことなく、

    永遠のいのちを持つ

    (イエスの血に免じて罪ゆるされ、神の子とされ、

    永遠に生きておられる創造主とつながって

    やがては新しい復活のからださえもいただいて

    死も悲しみも叫びも苦しみもない、生涯に入る)

    ためである。

    (新約聖書 ヨハネの福音書3:16)
     

     

    クリスマスに向けて

     

    目を上げて

    刈り入れるばかりになっている

    畑に顔を向け

    今日も福音の種まきを

    させていただきたい・・・。

     

     

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