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「幻」を「現実」に
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    広島市南区にある

    広島キリスト教会名誉牧師

    敬愛してやまない大先輩牧師

    植竹先生にお会いすることができて

    感謝でした。

     

    現在87歳、週5回

    ご自宅横にある特養老人ホームの

    デイサービスに通われています。

     

     

    さまざまなご病気を

    かかえながらも

    「幸せです。」

    「感謝です。」

    を連呼されていました。

    右手が礼拝堂

    左手奥が

    特養老人ホーム

    左手手前が事務所兼教育館

     


     

     

     

    KIMG0136.JPG

    右手が植竹牧師の御自宅

    左手奥が特養老人ホーム「輝き」

     

    植竹先生は

    40年にわたる

    刑務所教誨師として

    のべ8888人の

    受刑者に

    キリストの福音を伝えて来られました。

     

    70代まで

    赤シャツを着て

    方々の公園で

    飛び跳ねながら

    子供伝道にいそしまれ

     

    ある時期に

    民生委員をされていた折

    高齢者のために

    老人ホームを造りたいという願いが
    与えられ

     

    広島市役所へ

    単身乗り込まれ

    福祉担当者に

    お尋ねしたそうです。

     

    すると担当者の方から

    600坪の土地

    3000万円の自己資金

    人材(医師、看護師、介護士など)

    の3つの条件が整わないと

    認可されないことを

    聴かされ

     

    周囲の人々に告げ

    シェアされた

    そうです。

     

    すると

    「1億をそのために使ってください」

    という人が現れたり

     

    「私の土地をささげますから

    そのことのために使ってください。」

    という人が現れたり

     

    「そこで働きたい」

    という人材も

    次々に現れて

     

    あれよあれよと言う間に

    できちゃったそうです。

     

    植竹先生のお話を

    うかがいながら

     

    人は神から与えられる

    ビジョンによって

    初めて生き生きと

    輝いて

    生かされていくことができる

    ということを

    教えられました。

     

    逆に言うと

    人間は

    ビジョンが明確でないと

    むだに

    お金や体力や能力を

    浪費して

    漫然と

    無目的に

    せつな的に

    その時さえ楽しければいいという

    好き勝手な人生を

    生きてしまいやすい

    もろい存在でもあると

    言うことです。

     

    先月は

    個人で

    胆振東部地震の

    被災者のために

    9億を

    ささげられた人のことが

    ニュース報道

    されていましたが

     

    何か尊いことのために

    財のみならず

    体力、知力、

    能力、資格等

    を用いたいと願いながらも

    その機会をうかがい続けている人は

    この国には

    少なくないのかもしれません。


     幻がなければ、民は好き勝手にふるまう。

    しかし、みおしえを守る者は幸いである。
    (旧約聖書 箴言29:18)

     

    大切なのは

    自分の野心や

    単なる

    思い付きではなくて

    神から与えられる

    ビジョン、幻

     

    神様は

    この釧路の地に住まう人々の

    さまざまな

    問題をご覧になりながら

     

    ご自分の体なる教会を通して

    何をなそうとされているのか

    何を願っておられるのか

     

    ビジョン、幻が与えられるように

    切に祈らされます。

     

     

     

    植竹先生の

    娘さんであり

    現在教会の主任牧師でもある

    先生が

    会堂横の

    狭い通路に

    お連れくださいました。



     

     


    なんだろう

    こんな狭い所に

    と思いましたら

    わずか数坪のところに
     

     

    なんと天井の高い納骨堂でした。

    納骨棚は天井まで収容可能

    現在すでに数百体納められているとのこと

     

     

     

    天国をイメージできるデザイン

    が随所に施されています。

     

     

     

    礼拝堂と道路を挟んで向かいには

    事務所兼教育館

     

     

     

    こどもたちが飛び跳ねて

    走り回るのに十分なホール

     

     

     


    小部屋も完備されていて


     

     

     



    若者たちのスペースも完備

     

     


    礼拝堂にはドイツから取り寄せたという

    立派なパイプオルガン

    2階席から臨む
     

     

     

     

    天井が高くて

    広い空間です。

     

    ゆりかごから墓場まで

    という言葉がありますが

     

    まさに幼子から

    納骨に至るまで

     

    様々な世代にとって

    ここが私の居場所

    と思える工夫が

    随所になされていることに

    感銘を受けました。

     

    主は彼らに、

    「ここに憩いがある。疲れた者を憩わせよ。ここに休息がある」

    と言われたのに、彼らは聞こうとしなかった。
    (旧約聖書 イザヤ書28:12)


     

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