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「置かれた場所で咲く」恵み
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    (釧路市桜ヶ岡附属南町内会にて)

     

    「置かれた場所で咲きなさい」

    2年前、主イエスのもとへお帰りになられた

    渡辺和子姉さんの書名を

    思い出しています・・・。

     

    霜が降りた釧路ですが

    まだまだ

    あちこちで

    きれいに

    咲いているキンレンカ!

     

    あなたの好きな花は何ですか?

     

    今までは

    スズランと答えていた私

     

    今は

    スズランと

    キンレンカかな〜

     

     

     

    朝露に濡れた

    キンレンカ

    とても風情があります。

     

     

    キンレンカは

    不思議な花

     

    どんな殺風景なところであっても

     

    ちょこんと

    一輪咲くだけで

     

    あたりの雰囲気を

    一気に明るくさせてくれます。

     

    むしろ殺風景な場所ほど

    その魅力が発揮できる花

     

     

    わたしも

     

    キンレンカのような

    存在でありたいなあと

    思います。

     

    「わたしは、世の光です。」

    と宣言された主イエスが

    弟子たちに対しても

     

    「あなたがたは、世の光です。」

    と、その「明るい」アイデンティティーを

    自覚させたことを

    思い出させられます。

     

    「世の光になれ!」

    でも

     

    「世の光になれるように頑張ろう!」

    でもない

     

    「もうすでに、あなたの存在そのものが、世の光なのだよ!」

     

    そのように

    あなたや私の存在の重み

    存在価値を

    認め

    いつくしんでくださるお方

    それが主イエス

     

    主イエスのことばの光に

    自分を照らしていただくと

     

    それまであった

     

    自己憐憫も

    自己卑下も

    他者と比較して生じる

    優越感も

    劣等感も

    色あせてどこかへ行ってしまう。

    なんて軽やかなんでしょう!

     

     

     

    朝陽に映る葉脈の美しいこと

    また

    葉っぱのしっとり感の

    手触りが

    心地よいです。

     

    来年に備えて

    種拾いをしています。

     

    拾った種は

    ベランダの

    コンクリートの上に

    新聞紙を敷いて

    干しています。

     

    来年、どこに植えようかな〜

    どんなふうに

    花が咲くかな〜

    蔓で上に上らせてみようかな〜

     

    目指すは

    殺風景な場所さがし!

     

    今から楽しみです〜

     

    種を見る時

    種の「今」の形状や色だけに

    意識を集中するか

     

    それとも

    種の「将来」花開く姿を

    思い浮かべながら見るかで

     

    全然異なった見方が

    できることでしょう。

     

     

    私たちが

    自分の人生を見る時も

    似ているかもしれません。

     

    今直面している

    自分の境遇や

    状況にのみ

    目が釘付けになると

     

    焦り、怒り、苛立ち、諦め、ため息、責め苦・・・

    ばかりが心を

    占めやすくなるというもの

     

    しかし、

    この試練の向こう側に

     

    イエスが

    備えていてくださる祝福

    咲かせてくださる花が

    どのように素晴らしいものであるか・・・に

    心を留めて歩むなら

     

    がらりと

    人生観が

    変えられることでしょう。

     

    コペルニクス的転換

     

    中世

    地球が中心で

    太陽がその周りをまわっていると

    思われていた時代

     

    実際のところ

    太陽が中心で

    その周りを地球が回っていることが

    明らかになった時の驚きは

    大きかったことでしょう。

     

    私たちの人生も

     

    すべての出来事を

    自己中心、自分(の願望、願い)を中心軸に据えてしまうと

    「なんで私の思い通りに

    ならないんだ!」と

    いちいち角を立てて

    不平不満、怒りをぶちまけたり

    猜疑心、苦々しさ、

    恨み、ねたみにかられる人生に

    なりかねませんが

     

    もし

     

    神様(の願い、のご計画)中心にとらえると

    「たとえ、現状は

    私の思い通りになっていなくても

    すべてを支配されている

    神様の思い通りに

    必ず

    事は運ぶんだ。

    そうだ!

    神様におゆだねしよう。

    『あなたのお心通りになりますように・・・』

    とお祈りしてみよう。」

     

    心の重荷、心の力みがとれて

    もっとすっきりと

    生きられるに違いありません。

     

    どんな環境の中でも

    明るく咲ける

    キンレンカのように

     

    私たちも

    どんな環境下でも

    主イエスを見上げさえすれば

    置かれた場所で

    さわやかに

    明るく

    咲くことができちゃうんですね〜

     

    自然発光?

    いや主イエスの光を反映させるので

    反射発光なり!


     今の時の苦難は、

    やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、

    取るに足りないと私は考えます。
    (新約聖書 ローマ書8:18)

     

     

    地は植物を、

    すなわち、種のできる草を種類ごとに、

    また種の入った実を結ぶ木を種類ごとに生じさせた。

    神はそれを良しと見られた。
    (旧約聖書 創世記1:12)

     

     

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