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「台風が来る前に・・・」
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    我が家の庭の栗の木の枝が

    電線に絡む高さになり

     

    強風での被害に備えて

    友人Aさんが

    電動のこぎりと

    お手製の手動のこぎり(柄が2メートルの長さ)

    を携えて来てくださいました。

     

    脚立から落ちて

    怪我をなさらないように

    お祈りさせて

    いただいてから・・・。

     

     

     

    Aさんの

    2mの柄の

    お手製の

    のこぎり

    すごい威力でした。

     

    電線に絡みそうな部分の枝をすべて

    取り除くことができて

    とっても助かりました。

     

     

     

    桃栗三年柿八年と言いますが

    栗の木の成長は

    実に早いものです。

     

    枝が取り払われることで

     

    枝になっていた

    多くの熟しかけていた栗の実も

    失う痛みを

    経験しました。

     

    とり払われた枝を見ながら

    旧約聖書ダニエル書の4章

    を思い出しました。

     

    今から約2600年前

     

    バビロニア帝国の

    ネブカドネザル王が

    その高慢さのゆえに

    神様から懲らしめを受けること

    について

    神の預言者ダニエルが

    見た幻を王に告げる

    場面


    彼は力強く叫んで、こう言った。

    『その木を切り倒し、枝を切り払え。

    その葉を振り落とし、

    実を投げ散らせ。獣をその下から、

    鳥をその枝から追い払え。

    (旧約聖書 ダニエル書4:14)

     

    繁栄を遂げるネブカドネザル王の

    心の高慢さが

    高い木に

    例えられているのですね。

     

    天地創造の神様は

    私たちの心の中に潜む

    おごり、高ぶり、高慢さを

    悲しみ、忌み嫌われる

    きよいお方であることが

    わかります。

     

    しかし、神様は

    預言者ダニエルを通して

    ネブカドネザル王に

    高慢さへの警告を

    語るのみならず

     

    ゆるしと回復の道についても

    語られるところに

     

    主の情け深さと

    いつくしみ深さを

    覚え感動します。

     


    ・・・それゆえ、王よ、

    私の勧告を快く受け入れて、

    正しい行いによってあなたの罪を除き、

    また貧しい者をあわれんであなたの咎を除いてください。

    そうすれば、あなたの繁栄は長く続くでしょう。」

    (旧約聖書 ダニエル書4:27)

     

    聖書の神様の

    情け深さといつくしみ深さは

    変ることがありません。

     

    この預言から約600年後

    救い主イエスキリストが

    この地上に誕生されて

    十字架にかかられて死んでよみがえるのは

     

    私たちの心の高慢さゆえの

    裁きを

    身代りに受け取られて

    贖罪のわざを

    完成させるためでした。

     

    私たちは

    自分で自分自身の咎を

    取り除くことは

    できません。

     

    栗の木が

    自分自身で

    「よし、高い所の枝を切ろう」って

    自力でボキッて

    折ったら

    びっ「くり」しますよね〜

     

    主イエスが

    十字架で

    流された血のみが

    私たちの罪、咎を

    取り除くことが可能です。

     


     もし私たちが、

    神が光の中におられるように、

    光の中を歩んでいるなら、

    互いに交わりを持ち、

    御子イエスの血がすべての罪から

    私たちをきよめてくださいます。

    (新約聖書 1ヨハネ1:7)
     

     

    私たちができることは

    自らの罪深さを

     

    全知全能かつ

    私たちの心の隠れたところに潜む

    高慢さを

    すべてご存知であられる

    聖なる神様の前に

     

    認めて告白して

     

    死からよみがえられた

    主イエスを

    自らの救い主として

    信じ受け入れること。

     

    人生でさまざまな困難や挫折は

    つきもの

     

    でもそれらは、すべて

    神様が

    私たちをいたずらに

    無意味に懲らしめて

    苦しませる

    ためではありません。

     

     

    その困難や挫折の中で

    私たちが

    自らの高慢さに気づいて

    へりくだらせて

    きよめて

    ご自分の姿に

    似るようにさせるため

     

    今まで以上に

    神様の前に謙遜にへりくだり

    信頼して

    歩むためのチャンス

     

    神は、さらに豊かな恵みを与えてくださる」と。

    それで、こう言われています。

    「神は高ぶる者には敵対し、

    へりくだった者には恵みを与える。」
    (新約聖書 ヤコブ書4:6)

     

    そのことを

    覚えながら

    少しずつ

    枝を集めてまとめて

    可燃ごみの日に備えたいです。

     

    私の心の中の罪、

    汚れ、高慢さも

    主の聖なる火で燃やしつくされるべき

    霊的可燃ごみなり!

     

    私たちの神は焼き尽くす火なのです。

    (新約聖書 ヘブル書12:29)

     

    台風が来る前に

    切り落とすべき枝があるように

     

    世の終わりの

    聖なる神の裁きが来る前に

    切り落とすべき高慢さがあることを

    学ばされて感謝

     

    危険な作業にもかかわらず

    笑顔で労してくださった

    Aさんの優しさ、真心に

    心からの感謝!

     

     

     

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