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支「援」から、支「縁」へ
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    先週9日日曜日

    シリヤ孤児院建設の

    準備から帰還するなり

    いきなり北海道の厚真へ

    向かわれた牧師Iさんがいます。

    http://www.facebook.com/yoshio.iwamura.3/videos/1774509982657102/

     

    Iさんとは

    あることがきっかけで

    知り合いとなり以来

    毎年年賀状を

    送り合う関係で

    ありましたが

     

     

    役場にもあいさつに行かれて

     

     

    Iさんが撮影された写真

     

    https://www.facebook.com/yoshio.iwamura.3/videos/1775111429263624/

    マスコミには出て

    こない一次情報は貴重

     

    Iさんは

    被災者の

    心の友となることを

    モットーとされて

     

    関係を絶やさず

    持ち続けることを

    大切にされています。

     

    私はIさんが

    どこのボランティア団体にも

    先だって

    シリアから

    帰国後直接

    震源地厚真町へ馳せ参じられた

    ことを知って

     

    「まじか???」と驚き

     

    Iさんの携帯電話に

    さっそく

    電話をかけ

    様子をうかがいましたが

     

    もっとも印象的だった言葉は

    「また来なければならない」という

    一言でした。

     

    とにかく初動が早い

    ことと

     

    そこに住む人の心の友となることの

    迅速さと

     

    そこに住む人の心の声に耳を

    傾け続ける姿勢には

     

    教えられます。

     

     

    この写真は宮城県石巻市で

    Iさんのボランティア活動の様子

     

    地元の方が

    こう言っています

     

    「ボランティア、神戸より!毎月来てくれます。
    両端は真宗大谷派(親鸞、法然)のご住職たち。

    中央左の村上リーダー、

    右の岩村代表(クリスチャン)です。

    この人たちは見返りを求めない真のボランティアです。

    今月は道場に2泊、」

     

    地元被災者の方から

    「真のボランティア」と

    呼ばれているIさん

     

    他の宗派の方々に対しても

    尊敬を払い

    ともに

    被災者の皆さんのために

    活動されているその謙虚な姿勢からも

    教えられます。

     

    何と、毎月

    すでに合計87回

    (今週で88回目!!)も

    関西神戸から東北宮城県まで

    足を運ばれているIさん

     

    平成版 賀川豊彦氏か!?

     

     

    今週は

    宮城県で

    稲刈りのボランティア

    だそうです。

     

     

    Iさんは

    地元神戸の路上生活者のためにも

    支(縁)されています。

    そのハートがにじみ出ている

    動画がこちらです。

    ↓↓↓

     

     

     

     

    Iさんの

    行動力の土台には

    主イエスの愛が満ち満ちていて

    いるとしか考えられません。

     

     

    宮沢賢治の

    詩を思い出します。

     

     

    雨にもまけず
    風にもまけず
    雪にも夏の暑さにもまけぬ
    丈夫なからだをもち


    欲はなく
    決して怒らず
    いつもしずかにわらっている


    一日に玄米四合と
    味噌と少しの野菜をたべ
    あらゆることを
    じぶんをかんじょうに入れずに
    よくみききしわかり
    そしてわすれず
    野原の松の林の蔭の
    小さな萓ぶきの小屋にいて


    東に病気のこどもあれば
    行って看病してやり


    西につかれた母あれば
    行ってその稲の束を負い


    南に死にそうな人あれば
    行ってこわがらなくてもいいといい


    北にけんかやそしょうがあれば
    つまらないからやめろといい


    ひでりのときはなみだをながし
    さむさのなつはオロオロあるき
    みんなにデクノボーとよばれ
    ほめられもせず
    くにもされず
    そういうものに
    わたしはなりたい

     

    Iさんの

    FBから

    2018年8月24日 神戸市長田区某病院
     西宮のセミナーの帰途,

    高速道路サービスエリアで飲み過ぎのため行き倒れの男性を介抱したため,

    そのまま救急病院に救急車のうしろについていきました。

    診察の結果,安静とのこと,付きそうことになりました。
     飲み過ぎのため,路上で吐いて,悪寒の症状でしたが,

    脈,呼吸,反応はだいじょうぶでした。上下,嘔吐のため,

    土砂降りの雨にあたったようでした。汚物で濡れている上着をぬがせ,

    ブランケットで低温になるのを防ぐ,応急手当。

    購入した氷を枕にして,救急車を待ちました。

    病院で点滴を受け,

    1時間経過すると顔に赤味がもどってきました。

    画像に含まれている可能性があるもの:1人以上

    このFBのコメント

     

    Yさん
    信仰の友が言いました:「聖公会のミサで,いつも浮浪者がきて,
    回りの人もみんなが耐え難い臭いに辟易した。
    でも,ああいう臭いが,キリストの香りなんだろうかとも,思った」。
    生活の破綻した人の上にキリストを思う心をもつ友人の感性は,
    すばらしいと思います。
    I氏さん
    よくぞおっしゃってくださいました。Hallelujah!
    香水,超一流の仕立て,豪華な装飾品ほど
    エクレーシアに不釣り合いなものはありませんね。
    「打ち砕かれた心を包み 捕らわれ人には自由を
    つながれている人には解放を告知させるために」(Isa 61:1)。
    バサール〈to announce as good news〉は
    アナーヴに対するものだからです。

     

    Yさん
    そういう霊の視点を持ち、
    実践でキリストの福音を
    体て学ぶ兄弟との交わりのあるのは、
    感謝です。
    Nさん 
    私も同じような体験をしたことがありました。
    電車の中で隣に座ってきたのです。
    周りの人達は5m 以上離れました。
    私は耐え難い臭いに、
    座っているだけでやっとでした。
    自分は差別しない、
    愛があると傲慢に思っていたのです。
    私に愛が無いと神様から示されたのです。
    そのご友人は素晴らしい方ですね。
    Yさん
    信仰の態度はすばらしいと思いますが,
    この友人は漂白剤の匂いが
    浴室に充満していても気にならないという
    ,若干臭覚に問題があります。
    実際の臭覚の鋭敏さ・鈍感さはともかく,
    理性的に信仰の実践として
    「浮浪者の臭い」を捕らえる姿勢に,
    わたしは友人の発想が
    キリスト中心の心の在り方だと思います


     

     

    「支援」と「支縁」の違いについて

    考えてみました。

     

    Iさんの「支縁」には

    絶えず「人とのつながり」を「大切」にして

    継続させようとするところにあります。

     

    私はかつて

    東日本大震災の年に

    岩手県宮古市にボランティアで

    参りましたが

     

    そこで出会った方々との

    交流は

    わずかしか継続できず

    残念ながら

    途絶えてしまったまま・・・。

     

    そこで知り合った方の名前を

    メモして

    覚えてつながりを大切にしようと

    思いながらも・・・・。

     

    自分自身の人との

    かかわり方が

    あまりにも

    「単発的」「一時的」なものであったかを

    反省させられています。

     

    今頃、

    神戸のIさんは

    笑顔で

    宮城県の

    田んぼで人々と

    一緒に稲刈りを

    しながらも

    厚真町で出会った人と

    次回いつ会うか

    考えておられる

    ことでしょう。

     

    それと並行して

    今眼の前で

    倒れている方がおられれば

    見過ごすことをせず

     

    惜しみなく

    手を差し伸べられる機敏さ

    臨機応変さ

     

    人間的な努力頑張りで

    これらを行おうとすれば

    早かれ遅かれ

    燃え尽き症候群になることでしょう。

     

    上から賜っている力によって

    行動されておられるとしか

    言いようがありません・・・。

     

    Iさんは

    近年

    愛する奥様を

    ご病気で天に送られ

     

    奥様のお名前をとって

    シリア難民の孤児の支援活動の

    基金も創設されています

    しかも

    自らシリアに足を運ばせて・・・

     

    その貴い

    お働きが

    実を結びますように。

     

    支縁活動と並行して

     

    聖書66巻の学びは

    絶やさず

     

    寸刻を惜しむようにして

    ギリシア語、へブル語の研究にも

    余念がないIさん

     

    昔、エホバの証人(ものみの塔)

    の長老さんだったこともある

    Iさんの聖書研究への情熱と探究心は

    尋常ではありません。

     

    私も、釧路市で

    エホバの証人、ものみの塔問題に

    直面されている方の救済活動にかかわる際に

    Iさんのアドバイスを

    ずいぶんと参考にさせて

    いただいたことがあります。

     

    Iさんの姿勢から

    実に多くのことを教えられています。

    キリストの模範にならう

    一つのあり方を

     

    Iさんの貴いお働きを

    支えておられる

    主イエスを心から

    ほめたたえます!

     

    このブログに

    もしIさんが眼を通されたら

    どのような聖書のみ言葉で

    応答されるかなあと

     

    予想してみました。

     

     同じようにあなたがたも、

    自分に命じられたことをすべて行ったら、

    『私たちは取るに足りないしもべです。

    なすべきことをしただけです』と言いなさい。」

    (新約聖書 ルカの福音書17:10)

     

     

    Iさんが

    昨年書かれた文章が

    宮城県の石巻市の新聞で紹介されました。

     

    ボランティア道の原点は

    突き詰めて言うと

    キリストの愛と模範!と

    思わされます。

     

     

     

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