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「ぎょうざの皮衣」
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    中国の友Aさんが

    自家製の餃子を

    つくってくださり

    ご一緒に

    我が家で楽しい夕食の時を

    もちました。

     

    Aさんは

    具もさることながら

    粉から

    皮を入念に

    つくられます。

     

    とりわけAさんがつくる

    自家製のタレが

    すぐれもの

     

    ピーナッツ

    をすりつぶしたり

    にんにくをくだいたり

    酢や山椒

    オリーブ油

    トウガラシ

    ラー油などなど・・・

     

    メモし忘れるほど

    その調理する姿に

    魅入ってしまいます。

     

    ご一緒に

    食する際は水餃子として

    いただき

     

    残ったものは

    翌日

    焼き餃子として

    いただきました。

     

    私は昔から

    焼き餃子に

    慣れ親しんできたこともあり

     

    衣がちょっぴり

    かりかりした感触の

    焼き餃子が好み

     

    Aさんが造る餃子の皮は

    薄いながらも

    調理中に

    決して

    その皮が破けて

    中身がはみ出ることが

    ありません。

     

    Aさんのぎょうざを

    いただくたび

    キリストの愛について

    書かれている二つの聖句を

    思いめぐらします。

     


     だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか。

    苦難ですか、苦悩ですか、迫害ですか、

    飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

    (新約聖書 ローマ書8:35)

     


    というのは、

    キリストの愛が私たちを捕らえているからです。

    私たちはこう考えました。

    一人の人がすべての人のために死んだ以上、

    すべての人が死んだのである、と。

    (新約聖書 競灰螢鵐硲機В隠粥

     

    何が起ころうとも

    キリストの愛から引き離されない

    わたしたち

     

    何が起ころうとも

    キリストの愛によって捕られている

    わたしたち

     

    ああ、今日もキリストの愛の皮衣に

    包まれながら

     

    さまざまな痛みをかかえながらも

    遣わされてまいります。

     

     

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