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「今月の宗教教誨」(釧路刑務支所)
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    2018年7月3日午後6時40分

    釧路刑務支所

     

     

     

    鉄格子の窓の外は

    濃霧と小雨の肌寒さ

     

    刑務官のAさんが

    「先生、今日はネクタイを締めて

    どちらかお出かけだったんですか?」

     

    「いえ、肌寒いので

    首をあっためるのに

    締めてきました。」

     

    「先生、今日はサッカーのW杯のお話

    受刑者になさいますか?」

     

    「そうですね。予定はしていなかったんですが

    みなさん、関心おありでしょうか?」

     

    「今朝の朝刊にはまだ結果が出ていないので

    知らない人はまだ知らないと思います。

     

    ・・・でも、彼らにとって

    社会で何が話題になっているのか

    知ってくことは

    大切なことだと思います。」

     

    「そうですね。社会に出た時に

    周囲の人とコミュニケーションをもつきっかけとしても

    大切ですね・・・。」

     

    きんめだいのあぶり、ばってら、

    ほんまぐろのあぶり、

    うに、こはだ、あなご、

    えんがわ、

    サーモン、おおとろ、

     

    この日の宗教教誨参加者の9名に

    冒頭、好きな寿司ネタを挙げていただきました。

     

    一人一人、発表すると

    みんな、面白いくらいに

    「おお〜しぶい!」

    などと反応しあい

    いい雰囲気

     

    聖書を開くときも

    私が箇所を言うと

    一斉に

    聖書のページをめくり

    いち早くページを見つけた人が

    「〜ページ!」と言ったり

    目つけるのに難儀している隣人を

    助けてあげたり

    とてもいい雰囲気

     

    旧約聖書の律法の書

    新約聖書の福音書

    パウロの書簡

    3か所から

    学びました。

     

    娑婆の世界でも

    これだけ

    集中して

    真剣に聴いてくれる

    聖書のラーナーたちは

    めったにいないので

    私にとっては

    大きな励ましの場

     

    「今日は、時間がけっこう押しているので

    質問のある方

    お一人だけ受け付けますが

    いかがでしょう?」

     

    さっと手を挙げられたAさん、

    すかさず

     

    「キリスト教では、隣人愛を説きますが

    十字軍遠征では

    キリスト教徒は

    イスラム教徒の人たちに

    ゆるしや

    隣人愛を表したのでしょうか?」

     

    鋭い質問です。

    短時間でお答えするのに

    窮しましたが

    わたしの言える範囲で

    御説明しました。

     

    「聖書はいいこと書いているけど

    その聖書を信じている、と言っている人の

    生きざまは、はたしてどういうものだろう?」

     

    ということを

    皆で少し考える機会をもちました。

     

    聖書には

    隣人を自分と同様に愛しなさい・・

    あなたの敵を愛しなさい・・

    人を殺してはならない・・

     

    「信じている」という人が

    「本当に信じているのか?」

     

    「聖書で言う、信じるということは

    その言葉に信頼を置いて

    その言葉に生きるということではないか・・・」

     

    過去のキリスト教の歴史を振り返ると

     

    キリストの名を使って

    己の利益を獲得しようとしたり

    己の目的を遂行しようとしたり

    己の願望を実現させようとする

     

    つまり己が神になり

    キリストを

    しもべ扱いしてしまうという

    傲慢の歴史が

    繰り返されているよう

     

    それはなにも歴史年表に

    出てくる事象に限らず

     

    私たち一人一人の生活でも

    同じことが繰り返されているかも

    知れないなあ

    と自戒させられます。

     

    受刑者の方々の質問には

    いつも

    教えられること

    考えさせられることが

    多く

    とっても学ばされ

    チャレンジを受けることが

    多いです。

     

    この日聖書の言葉に耳を傾けた

    麗しいイレブン

    受刑者9名+刑務官2名

    のみなさんが

    祝福されますように!


    25:34 それから王は右にいる者たちに言います。

     

    『さあ、わたしの父に祝福された人たち。

    世界の基が据えられたときから、

    あなたがたのために備えられていた御国を受け継ぎなさい。
    25:35 あなたがたはわたしが空腹であったときに食べ物を与え、

    渇いていたときに飲ませ、

    旅人であったときに宿を貸し、
    25:36 わたしが裸のときに服を着せ、

    病気をしたときに見舞い、

    牢にいたときに訪ねてくれたからです。』


    25:37 すると、その正しい人たちは答えます。

    『主よ。いつ私たちはあなたが空腹なのを見て食べさせ、

    渇いているのを見て飲ませて差し上げたでしょうか。
    25:38 いつ、旅人であるのを見て宿を貸し、

    裸なのを見て着せて差し上げたでしょうか。
    25:39 いつ私たちは、

    あなたが病気をしたり牢におられたりするのを見て、

    お訪ねしたでしょうか。』


    25:40 すると、王は彼らに答えます。

    『まことに、あなたがたに言います。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、

    それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。』

    (新約聖書 マタイの福音書25:34〜40)

     

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