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「牛がいなければ」
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    昨日、

    運転していて

    信号で停車しましたら

    ななめ前方に

    牛たちを載せた

    トラックが目に入りました。

     

    私たちの食生活に

    さまざまな恩恵を

    もたらしてくれる

    牛たちがいとおしくなり

    ガラケーで

    パチリ

     

    サッカーw杯で

    セネガルと熱戦を繰り広げた

    余韻は今も日本列島に

    残っているよう

    試合直後

    ツイッターで

    最も名前が挙がった選手は

    活躍したと思われる選手よりも

    ミスした選手だったそうで

     

    私たち人間の心には

    他人の優れたところを発見して

    称賛する思いよりも

     

    他人のミスや失敗を発見しては

    裁く思いに

    傾きやすい性質がある

    のだなあと

    思わされました。

     

    「あの人が

    あそこで

    ミスさえしなければ・・・」という思考パターンを

    「でも、あの人のお陰で・・」と

    変えたいもの。

     

    それはW杯のピッチ上の

    選手に対してだけでなく

    私たちのコミュニティーの

    一人一人に対しても

    そういう見方をしたいもの

     

    お互いが

    お互いの存在を

    ありがたがり

    いつくしみ合えますように

     

    創造主は

    本来、そういう関係性の中で

    私たち人類が生きるようにデザインしたはず

     

    どっから

    ずれたのか・・・

     

    最初の人間アダムが

    罪を犯した(食べてはならないと

    創造主から命じられた木の実を食べた)後

     

    創造主から

    「あなたは・・・食べたのか?」

    と尋ねられた時

     

    「この女(エバ)が、

    私にくれたので

    私は食べたのです。」

     

    と答えました。

     

    言い方を替えると

    「この女が私にくれさえしなければ

    私は食べなくてすんだ。

    この女がミスをしたんだ。

    この女さえいなければ・・・」

     

    私たちは皆アダムの子孫

    アダムと言うのは

    単なる「個人名」というより

    ヘブル語では

    人間という意味があり

    私たちの代表的存在

     

    われわれは

    いかんせん

    アダムの罪のDNAを

    皆共有している者どうし

     

    だからこそ

    罪のゆるしと

    本来の神のデザインへの

    回復のために

    救い主

    主イエスが

    必要なのですね。

     

    かつて浜中町立

    茶内中学校教員時代

    剣道部の顧問をしていた時のこと

     

    生徒たちの多くは酪農家

    部活の練習よりも

    家業の手伝いが優先であることは

    言わずもがな

     

    朝夕

    搾乳の手伝いや

    牛舎の清掃にいそしんでいた

    彼ら、彼女らは

     

    練習を早めに切り上げ

    牛舎に向かいました。

     

    働き者の生徒たちは

     

    学校の清掃も丁寧

    さぼる姿は

    見たことなし

     

    前任校の

    釧路市内の中学教師時代は

    私の指導力不足ゆえに

    しょっちゅう

    掃除当番の生徒たちが

    さぼらないよう

    目を光らせて

    いなければなりませんでしたが

     

    茶内では

    見ていなくても

    ぴかぴかに清掃していて

     

    1度も

    掃除のことで

    注意した記憶が

    ありません。

     

    それもこれも

    普段、匂いのきつい

    牛舎での清掃習慣が

    身についていたからだと

    思ったものです。

     

    トラックの牛たちを

    見ながら

     

    約30年前の

    茶内でのことを

    思い出していました。

     

    ああ、今頃

    あの少年、少女たちは

    立派な酪農家として

    今日も牛舎へ

    足を運ばせているん

    だろうなあ〜

     

    彼らは

    次の聖句を

    よ〜く

    心得ながら

    生活していることでしょう。


    牛がいなければ

    飼葉桶はきれいだが、

    豊かな収穫は牛の力による。

    (旧約聖書 箴言14:4)

     

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