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突然帰天
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    懇意にしていたA牧師の

    思いがけない訃報に

     

    驚き

     

    A牧師をよく知るB牧師に

    連絡

     

    「ご病気だったのですか?」

    「突然だったのです・・・。」

     

    A牧師とは

    距離は離れていても

    心はとても通じていて

     

    お電話でお話しすると

    ついつい時間がたつのも

    忘れ

     

    熱く宣教に

    ついて語り合ったもの

     

    A牧師とは

    年に1〜2度

    お会いする程度でしたが

     

    喫茶店で

    コーヒーを飲みながら

    長時間語り合った思い出も
    よみがえります。

     

     

    まだ年齢的にお若く

     

    あんなに元気だったのに・・

     

    主イエスを愛し

    いつも宣教のために

    全力で取り組まれる

    素晴らしい同労者

     

    A牧師が

    遺された

    いくつかのヴィジョンが

    よみがえってまいります。

     

    A牧師のお子さまがたと

    奥様の

    御心境を

    お察しする時に

    胸がしめつけられます。

     

    尊敬するキリスト者が

    一人、また一人と

    帰天されるたび

     

    天国が

    少しずつ

    近くに感じられるよう

     

    わたしたちのこの地上の命は

    今日はあっても

    明日どうなるかは

    わからないもの

     

    年齢順に天に帰るのでもなければ

     

    病気の重い順に天に帰るのでもない

     

    主に呼び寄せられる順としか

    言いようがない

     

    主のみがご存じ

     

    あなたがたには

    明日のことは

    わかりません。

    あなたがたのいのちとは、

    どのようなものでしょうか。

     

    あなたがたは

    しばらくの間現れて、

    それで消えてしまう霧です。

     

    あなたがたはむしろ、

    「主のみ心であれば、

    私たちは生きていて、このこと

    あるいは、

    あのことをしよう」

    と言うべきです。

    (新約聖書 ヤコブの手紙4:14〜15)

     

    もし、人生

    死んだら終わり・・・

     

    もし、死んだら

    すべて

    無に帰する・・・

     

    のでしたら

    地上の人生は

    どれほどむなしいことか。・・・

     

    しかし

    幸いなるかな

     

    聖書では

    この地上で

    主イエスを信じて

    天に召された人について

    次のように教えています。

     


    4:13 眠っている人たちについては、兄弟たち、

    あなたがたに知らずにいてほしくありません。

    あなたがたが、

    望みのない他の人々のように悲しまないためです。


    4:14 イエスが死んで復活された、

    と私たちが信じているなら、神はまた同じように、

    イエスにあって眠った人たちを、

    イエスとともに連れて来られるはずです。


    4:15 私たちは主のことばによって、

    あなたがたに伝えます。

    生きている私たちは、主の来臨まで残っているなら、

    眠った人たちより先になることは決してありません。


    4:16 すなわち、号令と御使いのかしらの声と

    神のラッパの響きとともに、

    主ご自身が天から下って来られます。

     

    そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、
    4:17 それから、生き残っている私たちが、

    彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、

    空中で主と会うのです。

     

    こうして私たちは、

    いつまでも主とともにいることになります。
    4:18 ですから、

    これらのことばをもって互いに励まし合いなさい。

    (新約聖書 1テサロニケ4:13〜18)

     

    この聖句を読むと

     

    この地上のストーリーが

    終わっても

    THE ENDでは

    ありませんよ

     

    、というか

    むしろ終わりが始まりですよって

    ことがわかってきます。

     

    人間には

    一度死ぬことと

    死後

    世の終わりに

    神の前に裁きがあって

     

    本来

    すべての人間は

    生まれながら

    創造主に背を向けて

    歩む

    罪があるゆえに

     

    死後、聖なる方の前で

    厳粛な裁きを受け

    永遠の地獄の苦悩を

    受けることが

    決定づけられている・・・

     

    ・・・のですが

     

    それを

    どんでんがえしに

    される

     

    神の救済プランあり!

     

    罪なき神のひとり子主イエスが

     

    この地上に生まれ

    私たちの罪を背負って

    身代りに刑罰を

    受けるべく十字架にかかられ

     

    死んで

    三日後に

    栄光の肉体をもって

    よみがえり

    40日間復活の

    体をもって

    現れた後

    再び来られる約束を遺されつつ

    天に戻られました。

     

    なんで、

    そんなややこしいことを

    されたかって?

     

    それは

    ひとえに

     

    主イエスを

    自分の罪からの救い主として

    信じる人を

    主イエスご自身が流された血をもって

    神の聖なる怒りをなだめ

    その罪をゆるし

     

    永遠のいのちを受け取らせ

    死後の裁きから免除させ

    ご自分に似せて聖なるものに

    造りかえるためにほかなりません。

     

    キリストを

    信じる人は

     

    死んでも天国へ行けていいですねって

     

    それだけの

    話ではありません。

     

    先が

    あるんです。先が!

     

    新しい復活のからだを

    いただいて

     

    新しい天と地で

    主イエスとともに

    ドラマチックに

    生きるってことです。

     

    キリスト者の

    ストーリーには

    終わりがないってことです。

     

    永遠に生きておられる神と

    エンドレスに

    つながって

    生きるってことです。

     

    自分自身も

    変えられて

    愛ときよさに満ちた神に

    密着して生きるって話です。

     

    ダイエット成功し

    外形が

    変るって

    話ではありません。

     

    内側が

    根本的に

    変えられるって話です。

     

    キリスト者にとって

    この地上を離れることは

     

    天国に向かって

    旅するようなもの

    とは異なります。

     

    上方向に昇っていくというのとも

    異なります。

     

    近いイメージで言うと

    どこでもドアのイメージ

     

    扉の向こう側で

    主がお待ちかね!

     

     

     

     

     

     

     

    扉の向こうで

    主がハグして歓迎

     

    そして

    いつまでも一緒っていう話です。

     

    再び

    新しい天と新しい地にあって

    治めるって

    話です!

     

    この地上離れたら

    そんなイイことがあるのかあ!!!!

     

    それじゃあ

    この地上で

    生きるってどういう意味?

     

    っていうと

     

    この地上で

    「神のかたち」として

    神の栄光を示しながら

    生きていきましょう、ね

     

    という話です。

     

    地上のクリスチャン生活って

    つらすぎませんか?って

    言われることもありますが、

    苦難はありますが

     

    それと同時に

     

    結婚前の花嫁さんが

    ルンルン気分で

    花嫁準備するようなものでも

    ありますよって

    話です。

     

    まだ神さまが

    誰か知らない、

    わからない、

    気づいていない

    知らされていない、

     

    そいう言った方々に

     

    完全な神のかたちとして来られた

    キリストを伝えるんですよっ

     

    こと

     

    キリストの

    きよさと愛を

    知らせましょうねって

    いうこと

     

    十字架の意味、目的を

    語り続けながら

    生きましょうねって

    こと

     

    だって

    いくら健康で

    長生きして

    家族円満で

    社会的地位とか名誉もあって

    お金ほくほく持って

    仕事成功し

    ボランティア活動にいそしみ

    趣味や特技数え切れず

    FB友達わんさか

    ツイッターのフォロワーも

    毎日倍増し

    人々からリスペクトされ

    子供は孫を

    孫はひ孫を生んで

    繁栄を遂げても・・・

     

    キリストを通して

    創造主なる神とのつながりが

    ないとしたら

     

    どんなに

    ほかのすべてで

    満ち足りていたと思ったとしても

     

    それって

    全く空しいでしょうが!

     

    スピードの差こそあれ

    ただ滅びに向かって

    進んでいるだけの

    話じゃないですか!

     

    っていうこと

     

    隣人の魂を

    愛するってこと

    その人に

    渾身の思いを込めて

    精一杯

    キリストを

    指差すっていうこと

     

     

    ことばと態度と存在を通して

    キリストは誰かっていうことを

    伝えながら

    生きていきましょうねっていうこと

     

    それが学生なら学生として

    主婦なら主婦として

    会社員なら会社員として

    ・・・ということ。

     

    今日が

    この地上最後の日かもしれない

    そのような緊張感も

    忘れないで

     

    今日できることを

    ベスト尽くして

    させていただきたいもの


    また私は、天からの声がこう言うのを聞いた。

    「書き記せ、『今から後、

    主にあって死ぬ死者は幸いである』と。」

    御霊も言われる。

    「しかり。その人たちは、

    その労苦から解き放たれて安らぐことができる。

    彼らの行いが、

    彼らとともについて行くからである。」

    (新約聖書 ヨハネの黙示録14:13)

     

    A牧師の在りし日を

    しのびつつ、

     

    今日は

    というか今日も堅実に

    歩ませたまえ!

     

     

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