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「受難週に思ふ」
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    今からおよそ1988年前

    主イエスに対して

    ローマ総督ポンテオピラトによって

    十字架刑が下される

    プロセスの中で

    次のような出来事が

    記録されています。

     


    祭司長たちと下役たちはイエスを見ると、

    「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ。
     

     

                      ピラトは彼らに言った。

    「おまえたちがこの人を引き取り、十字架につけよ。

    私にはこの人に罪を見出せない。」

    (新約聖書ヨハネの福音書19:6)

     

    わたしたちの誰もが

    今日、ここでいうところの祭司長や下役にもなりうるし

    ポンテオピラトにも

    なりうる

     

    高校1年次

    病弱だった当時の私は

    強さを求めていました。

     

    「正義なき力は無能なり

    力なき正義も無能なり」

     

    を信条とする

    劇画「空手バカ一代」主人公

    マス・オーヤマに

    憧れて

    柔道部(空手部がなかったので)に入り

    授業と授業の間の

    休み時間には、

    コンクリートの床で拳立て伏せ50回を

    日課としていました。

     

    いつものように

    休み時間に

    拳立て伏せを終えて

     

    トイレに行こうと

    廊下に出たところ

     

    隣のクラスのA君が

    数人のリーゼント、

    ぶかぶかズボンの生徒らに囲まれて

    飛び蹴りなどをくらっていました。

     

    「おまえら、やめろや!」

    と言えずに

    その横を通り過ぎて

    トイレに行ってしまったのです。

     

    何のための拳立て伏せなのか!

    何のための柔道部なのか!

     

    痛切な良心のひび割れを覚えつつ

    利己的な自分の罪深さ

    に嫌気がさしました。

     

    当時まだクリスチャンでは

    ありませんでしたが

    その高校は

    ミッションスクールで

    校舎のてっぺんには

    優しそうな顔した

    マリア像が

    佇んでいました。

     

    宗教科で

    学年でただ一人

    満点をとり

    職員室の前に

    掲示されましたが

     

    宗教的知識は

    己の人生も隣人の人生も

    これっぽちも

    豊かにすることはできない

    と痛感したのも

    この時期

     

    A君を

    見て見ぬふりを

    してしまった自分

     

    それまで

    A君とは

    一度も声をかけたことも

    かけられたことも

    なかったのですが

     

    あの出来事以降も

    声をかけることも

    かけられることも

    ないまま高校生活は

    過ぎて行きました・・・。

     

    あれから約40年たちますが

    今の自分は、

    はたしてどうだろうか・・・

    自問自答させられる

    受難週

     

    「主イエスが

    罪深い私のために

    身代りに十字架にかかられたこと」が

    意味することの重みを

    じっくりと味わう週

    とさせていただきたいです。

     


     しかし、私たちがまだ罪人であったとき、

    キリストが私たちのために死なれたことによって、

    神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。


    5:9 ですから、今、

    キリストの血によって義と認められた私たちが、

    この方によって神の怒りから救われるのは、

    なおいっそう確かなことです。


    5:10 敵であった私たちが、

    御子の死によって神と和解させていただいたのなら、

    和解させていただいた私たちが、

    御子のいのちによって救われるのは、

    なおいっそう確かなことです。
    5:11 それだけではなく、

    私たちの主イエス・キリストによって、

    私たちは神を喜んでいます。

    キリストによって、

    今や、私たちは和解させていただいたのです。

    (新約聖書 ローマ書5:8〜11)

     

     

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