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ホーリー・サタデー(Holy Saturday)の史実
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    今日は

    ホーリー・サタデー

    午前6時半

    快晴の釧路の青空

     

    会堂前の電柱を巻いていたタイヤが

    一本増やされていました!

    愛の労苦に感謝!

     

    今日は

    キリスト教会暦では

    受難週(レント)の中で

    ホーリー・サタデー(Holy Saturday聖土曜日)

    と呼ばれる日

     

    昨日はグッド・フライデー

    主イエスが私たちの罪のために

    十字架にかかられた日

     

    明日はイースター・サンデー

    主イエスが預言どおり

    信じる者たちを義と認めるために

    墓からよみがえられた日

     

    それでは

    その真ん中の土曜日

    つまり今日は何の日?でしょう。

     

    聖書には

    この土曜日に起こった出来事として

    一か所

    記録があります。

     

    (以下 新約聖書 マタイの福音書27:62〜66)

     


    27:62 明くる日、

    すなわち、備え日の翌日(土曜日のこと!)、

    祭司長たちとパリサイ人たちはピラトのところに集まって、
    27:63 こう言った。「閣下。人を惑わすあの男がまだ生きていたとき、

    『わたしは三日後によみがえる』と言っていたのを、

    私たちは思い出しました。

     

     

     

     


    27:64 ですから、三日目まで墓の番をするように命じてください。

    そうでないと弟子たちが来て、彼を盗み出し、

    『死人の中からよみがえった』と民に言うかもしれません。

    そうなると、この惑わしのほうが、

    前の惑わしよりもひどいものになります。」

     

     

     

     

    27:65 ピラトは彼らに言った。

    「番兵を出してやろう。行って、できるだけしっかりと番をするがよい。」

     

     

     

     

     


    27:66 そこで彼らは行って番兵たちとともに石に封印をし、

    墓の番をした。

    (新約聖書 マタイの福音書27:62〜66)

     

    封印が押されているということは

    当時のローマ法では

    勝手に封印を破ったら

    死刑にされるということ

     

    当時は通常4人ひと組で

    4組交代24時間体制で

    番をする習わし

     

    しかし

    実際のところ

    週の始まり(日曜の朝)

    屈強なローマ兵が無力とされる

    出来事が・・・

     

    私がクリスチャンになったのは

    高校3年生の夏

    当時社会科の教師を

    目指していた私にとって

     

    聖書の記述内容

    天地創造にしても

    ノアの箱舟にしても

    処女降誕にしても

    キリスト復活にしても

    史実かどうかどうかということに

    極めて強い関心と

    こだわりがありました。

     

    史実として信じうるだけの

    論証ができていないと

     

    心の中でひとりで

    信じているのは

    構わないけど

     

    いざ確信を持って

    人々に

    伝えることは難しい

    そう思ったものです。

     

    その私にとって

    とっても助けになったのが

    米国で大学生伝道をしていた

    ジョシュ・マクドウエル氏の

    WHAT'S UP  JOSH?

    というフィルム映画でした。

     

    キリストの復活の史実性を

    論理的に説得力を持って

    語ると同時に

     

    復活のキリストをとおして

    変えられた自分自身の体験談も織り交ぜて

    聴いていて

    目からうろこが出る

    体験をしたものです。

     

    それ以降

    ジョシュの著作を

    何冊か読みました。

     

    以前英国のケンブリッジ大学の

    学生を対象に

    「キリストは本当に復活したか」という

    討論会が

    行われました。

     

    さまざまな議論が

    交わされて

    最後に

    学生たちが出した結論は

    次のようなものでした。

     

    「キリストが復活しなければ

    説明が

    つかないことが

    あまりにも多すぎる」

    でした。

     

     

     

    明日は

    皆さんとお会いできることを

    楽しみにしています!

     

     

    そして、

    キリストがよみがえらなかったとしたら、

    私たちの宣教は空しく、

    あなたがたの信仰も空しいものとなります。
    (新約聖書 1コリント15:14)

     

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