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今日はイースター・マンデー(Easter Monday)
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    昨日

    キリスト復活記念礼拝と

    祝会を終え

    妻とイースターエッグを

    携えて記念撮影

     

     

    私どもの狭い礼拝堂

    100名を超える方々が

    おいでくださり

    よみがえりの主イエスを

    たたえました!

     

    イエスは彼女に言われた。

    「わたしはよみがえりです。

    いのちです。わたしを信じる者は

    死んでも生きるのです。

    (新約聖書 ヨハネの福音書11:25)

     

     

    釧路のゴスペルクワイア

    パワープレイザーズの

    みなさんが力強く

    RISENを

    賛美してくれました!

     

    リーダーの方が

    曲名を紹介する時「リズン」と言われた時

    私は「リーズン」と聞き間違えてしまって

     

    「あれREASONってゴスペルあったっけ?」

    と一瞬思いめぐらしてしまった後

    ああ、私の聴き間違いだった、

    でもいい聴き間違いだったかもと

    ほくそえみました。

     

     

     

     

    The reason why we believe in Jesus is

    that He is Risen from the death.

     

    イエスさまが

    よみがえった(リズン)ことが

    イエス様に

    全幅の信頼を置く理由(リーズン)

    となっている・・・

     

    つまり

    リズンがリーズン

     

    それが

    クリスチャンの理屈な

     

    昨日、バプテスマ(洗礼)を

    お受けになったAさん(右から2番目)と

    Aさんのお母様を囲んで!

     

    今日はイースター(復活祭)の

    翌日で

    イースターマンデーと呼ばれ

    キリスト教国では

    この日を休日としているところが

    多いようです。

     

    昨日

    私どもの教会では

    イースターエッグを

    来館者の方に

    プレゼントさせていただきました。

     

    ゆで卵に

    飾り付けをしたものです。

     

    これは、いわゆる

    米国式イースターエッグ

     

    一方

    英国式イースターエッグは

    卵型チョコのプレゼントが

    典型的

     

    私は・・・

    やっぱりゆで卵型イースターエッグが

    好きですねえ。

     

    昨日は

    帰宅して

    皮をむしりとって

    お醤油をつけて

    いただきました。

     

    ジャパニーズ・イースターエッグ!は

    最高においしい!

     

    ところで

    主イエスキリストは

    日曜日に

    よみがえりの姿を

    現わされて

    はいさようなら!

     

    って話では

    全くなくて

     

    40日間

    最低11回

    あちこちで

    さまざまな人々の前で

    復活の体をもって

    現れたことが記録されています。

     

    時には

    500人以上の方々が

    同時に目撃したという

    記録もあります。

     

    よく愛し、慕う人が

    亡くなると

    ご遺族の方々が

    幻影、幻想、幻覚、幻聴を

    体験することがあると言われますが

    500人もの人が

    同時に

    幻覚と幻聴を体験することは

    大脳心理学的に

    不可能だそうです。

     

    つまり

    弟子たちは

    復活の主イエスを

    見たように

    感じただけ、という可能性と

     

    復活の主イエスのことばを

    聴いたように

    感じただけ、という可能性は

     

    どちらも否定される

    ことになります。

     

     

    「集団で示し合わせて嘘をついたか」

    「集団でありのままの見たこと聴いたことの

    真実を証言しているか」

     

    どちらかの可能性だけが残ります。

     

    前者の可能性の場合

     

    弟子たちは

    集団詐欺罪に

    相当します。

     

    のちに

    弟子たちは

    異なった場所で

    異なった方法で

    それぞれ主イエスの復活を証言した理由で

    処刑されます。

     

    もし集団詐欺だったら

     

    「いや、実はよみがえりのイエスを

    見てませんし、

    よみがえりの

    イエスのことばも聴いていません。

    あれはウソだったんです。

     

    ごめんなさい。」

     

    といえば

    済む話

    おとがめなしの

    無罪放免だったのです。

     

    嘘だとわかっていることのために

    そろいもそろって命を

    かけることはありえない話です。

     

    カルト宗教団体による

    マインドコントロールの結果

    嘘を真実と

    思いこませられて

    自らの命を犠牲にして

    しまうという

    悲しい事例は

    しばしば報告されていますが、

     

    嘘を嘘とわかって

    自らの命を

    犠牲にするという事例は

    いまだかつて

    聴いたことがありません。

     

    実際

    主イエスの弟子たちが

    迫害を受けて

    殉教して死んでいったのは、

     

    主イエスが十字架で

    私たちのために死んだことを

    証言したからではなくて

     

    復活の主イエスにあったことを

    証言したからです。

     

    英国オックスフォード大学ウイクリフホール

    上級研究員だったマイケル・グリーン氏は

    語ります。

     

    「・・・弟子たちを投獄し、むちで打ち、

    殺すことはできても、

    『三日目によみがえった』ことを

    否定させることはできない」

    (I believe in the Resurrection of Jesus)

     

    「彼ら(弟子たち)はどのようにして、

    わずか一夜のうちに、熱心な不屈の人々の群れと化し、

    反対、皮肉、中傷、困難、投獄、

    そして死にも勇敢に立ち向かいながら、

    三つの大陸に渡って、

    あらゆるところに

    イエスと復活を宣べ伝えるように

    なったのだろうか。」

    (Man Alive p23〜24)

     

    同じく英国オックスフォード大学で

    新約聖書学教授をしていたN・T・ライト氏は

    次のように説明しています。

     

    「歴史家は問わなければならない。

    『この運動がメシアであるイエスという人物とともに

    野火のごとく広がっていったのは

    なぜか。イエスが十字架刑に

    処せられたにもかかわらず』と。

    答えは一つしかない。

    イエスが死人のうちからよみがえったからなのである。

    それ以外に答えはありえない。」

    (Jesus the Search Continues)

     

    イースターを終えた翌日の今日

     

    われわれ

    日本のキリスト者

    イースターがすぎても

     

    イースターの

    メッセージを1年中

    広げさせていただきたい・・・

     

    主イエスの復活を伝えても

    信教の自由が

    保障されていて

    伝道の自由が保障されている

    恵まれたJAPAN

     

    初代教会の主イエスの弟子たちのように

    迫害を受けて

    殺されることはない

    JAPAN

     

    この自由を

    愛を働かせる機会として

    もちいたいもの

     

    キリストの復活を信じる

    証人として

    力強く

    職場、学校、家庭、地域に

    遣わされてまいりたい。

     

    キリストの復活の希望のメッセージを

    必要としている人々

    死に対する不安、怖れで怯えている人々が

    私たちの周りにはあふれていることを

    片時も忘れないようにしたいもの

     

    世の方々からの

    声が聞こえてくるよう

     

    「クリスチャンの皆さんは、

    死んでもなくならない命があることを

    ご存知なので

    きっと

    そのことを

    まだご存知でない方々に

    お伝えしたくて

    いつも

    内心うずうず

    されておられるのですね。」

     

     

     

    「クリスチャンの皆さんは、

    罪がゆるされて天国へ行ける方法を

    ご存知なので

    毎日、毎日

    その重要かつ素晴らしい知らせを

    誰かに伝えたいという

    切なる思いを

    おもちになられながら

    1日をお過ごしになられて

    いるのですね。」

     

     

     

    次のような質問が

    されることがあります。

     

    聖書のお話を聞いて・・・

     

    「キリストは私のために死んでくれた」

    ことを信じるだけじゃだめですか?

     

    「キリストがよみがえった」ことまで

    どうしても、信じないとだめなんですか?

     

    ・・・と。

     

    「キリストの身代わりの死」までしか

    信じられないとしたら・・・

     

    その人の人生は

    自分のために死んでくれた方のために

    がんばろうとする、がちがちの人生になりかねません。

     

    「キリストが復活されたこと」も

    信じるということは・・・

     

    その人の人生は

    よみがえられた方と

    ともに生きていけばいい

    という

    しなやかな人生となります。

     

     

    「為に生きる」がちがち人生か

    「ともに生きる」しなやか人生か

     

    の違いは大きいんですね

     

     

     なぜなら、

    もしあなたの口で

    イエスを主と告白し、

    あなたの心で

    神はイエスを

    死者の中からよみがえらせたと信じるなら、

    あなたは救われるからです。

    (新約聖書 ローマ書10:9)
     

     

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