<< 「ご家族の方ですか?」 | main | 「桜餅のきもち」 >>
「100%の嵐」を前にして
0

    全国の天気予報

    釧路だけが唯一

    100%の

    暴風雪予報

     

    現在(午前8時台)曇り空

    嵐の前の静けさの釧路

     

    5年前

    9名の方々が

    お亡くなりになられたときの規模の

    暴風雪が予想されるとのこと

     

    愛する皆さんが

    守られますように。

     

    本日戸外でお仕事されている方

    運転されている方

    守られますように。

     

    私の妻もパートの仕事で

    朝、軽四に乗って

    出勤しました。

    安全に帰還できますように。


    嵐と疾風を避けて

    私の逃れ場に急ぎたい。
    (旧約聖書 詩篇55:8)

     


     神はわれらの避け所また力。

    苦しむときそこにある強き助け。
    (旧約聖書 詩篇46:1)

     

    この世で

    100%の確率で

    わたしたちひとりひとり

    すべてに

    ふりかかる

    最大の暴風雪は「死」

     

     

    今日の暴風雪は

    何時ごろから強まるか

    気象衛星からの情報なども

    駆使して

    ある程度

    予測可能になって
    まいりましたが

    人間の死の時期については

    科学の進歩をよそに
    依然として

    予測不可能

    だからこそ

     

    いつ、その時が来てもいいように

    準備が必要。

     

     

    最大の準備は

    死後の世界に対する備え

    それはエンディング・ノートの

    書きこみ以上に重要な

    アフター・ノート!
    死の嵐緊急対策


     

     

    瀬戸内寂聴さんは

    「死んだらどうなるんですか?」

    の質問に

    「わかりません。」と答えられます。

     

     

    お釈迦さんは

    死後の世界については

    一言もおっしゃらなかった

    ことを仏教用語では

    「無記」と言うそうです。

     

     

    自分の葬儀すらもするなと命じましたから

    このお釈迦さんの言葉を

    文字通り真摯に受け止める人は

    自らの葬儀を拒絶されます。

     

     

    仏教とは本来

    人間がいかに生きるか

    を教えている

    人生哲学であって

     

     

    人間がどこから来て

    どこへ行くかを

    扱うものではない

    という点において
    「宗教」の範疇とは

    異なるもの、

     

     

    というのが

    現時点での私の理解

     

     

    一方、聖書では

    人間には一度死ぬことと

    死後に裁きを受けることが定まっていると

    断言し、人の一生は
    死で終わりではないことが

    わかります。

     

    死後の世界があることがわかります。

     

     

    また聖書では

    罪から来る報酬は死です、とも

    断言しています。

     

    つまり人間は病気や事故で

    死ぬのではなくて

    罪を根本原因として

    死を迎えると語っているのです。
     

     

    ここでいう罪とは

    法律的、倫理的罪のことではなくて

    創造主なる神を中心に生きていない

    状態、ありかたのことを

    さす言葉です。

     

     

    聖書は

    すべての人間が罪を犯しているがゆえに

    神からの栄誉を受けることができない

    とも語ります。

     

    (この地上で、偉業を成し遂げて人からの

    称賛、栄誉を受けることはあっても)

     

    つまり人間は

    本来、罪ゆえに

    死んで、死後さばかれて

    永遠の滅びが

    決定づけられているのです。

     

     

    神の聖のゆえです。

     

     

    しかし神は聖であるばかりでなく

    愛のお方でもあるゆえに

     

    私たちが「死の嵐」に直面しても

    死後さばかれないで

    赦されて、天国の永遠の命に

    あずかることができるように

    私たちが
    死後の裁きに直面することを
    回避させるために

     

     

    主イエスキリストという

    救いの道を備えられました。

     

     

    わたしたちが
    創造主なる神の前に

    自らの罪を認め、

    イエスキリストを

    罪からの救い主として

    信頼するならば
     

    どんな罪でも

    キリストの血に免じて赦されて

    天国へ導かれるのです。

     

     

    私は

    17歳の夏

    まだキリストを信じていなかった時分

     

    「自分は心の醜さゆえに

    死んだらきっと

    地獄へ行くに違いない」

    と恐れおののいていましたが

     

    主イエスにある罪のゆるしを信じてから

    死の嵐に直面することへの恐れが

    遠のきました。

     

     

    主イエスのゆるしの約束を信じることを

    とおして平安が

    与えられて今日を迎えております。

     

     

    いつ訪れるかわからない「死の嵐」に

    備えて
    主イエスという避難場所を

    避け所として

    歩まれますように!

    大切なことは
    主イエスが
    わたしの罪のために
    十字架で死んで葬られてよみがえられたことを
    信じる」だけでなく

    「信じる者」の罪を
    赦してくださることをも
    信じること」
    です。


     

     

    嵐を鎮める主イエスが

    ともにいてくださいます!


    3:16 神は、実に、

    そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。

    それは御子を信じる者が、

    一人として滅びることなく、

    永遠のいのちを持つためである。


    3:17 神が御子を世に遣わされたのは、

    世をさばくためではなく、

    御子によって世が救われるためである。


    3:18 御子を信じる者はさばかれない。

    信じない者はすでにさばかれている。

    神のひとり子の名を信じなかったからである。

    (新約聖書 ヨハネの福音書3:16〜18)

     

     

     

    みなさまのワンクリックは
    大きな励ましとなります!
    カテゴリ:- | 10:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://yamagata.fukuinkan.sunnyday.jp/trackback/1585694
    トラックバック