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釧路湿原・・・「神の愛の皮袋」
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    帰省中の長男坊が

    必ず行きたがる場所

    「釧路湿原」

     

    この日も

    次から次へと絶え間なく

    人が訪れていました。

     

     

    昨年の秋に道東を襲った

    台風の被害で

    十勝地方は多くの川が氾濫し

    橋が次々に倒壊しましたが

    釧路地方は

    川の氾濫も橋の倒壊も

    川下の釧路市街地の

    水害もほとんどなかったのは

    釧路湿原のおかげといわれています。

     

    この釧路湿原の湿地帯が

    多くの雨水を吸い込む

    スポンジのような役割を

    果たしてくれました。

     

    事実

    昨年の台風の後

    この湿原展望台から

    ながめると海のような状態であったと

    言われています。

     

    今まで湿原と言うと

    土地開発に不適当な

    単なる「湿地」

    見るだけで厭きてくる

    役に立たない「湿地」という

    イメージでとらえられてきた

    観があります。

     

    しかし、創造主が造りたもう

    この湿原は

    あたかも

    神様の愛の皮袋のよう

     

    神様は

    私たちがこの地上で流す

    あらゆる悲しみ

    苦しみの涙を

     

    一粒残らず

    地にむだに落とさせることなく

     

    ご自身の愛の皮袋に

    蓄えて下さる。

     

    そして

    その皮袋が一杯になると

     

    その皮袋から

    無数の宝石が

    あふれてくるよう・・・

     

    慰めに満ちたもう神は

    私たちの涙のしずくの数を

    宝石の数へと変えて下さる

     

     

    あなたは、私のさすらいをしるしておられます。

    どうか私の涙を、あなたの皮袋にたくわえてください。

    それはあなたの書には、ないのでしょうか。

    (旧約聖書 詩篇56:8)

     

     

    この日、展望台を訪れる

    多くの方々は

    お忙しい方が

    多かったかもしれません。

     

    せいぜい

    1分ほどながめて

    写真を撮って

    移動される方が多かったようです。

     

    わずかな時間で

    移動するのは

    もったいないと

    思える地点ですが。

     

    私たちは、しばらくそこで

    時間を費やし

    美味しい空気を吸いながら

    湿原を眺めていました。

     

     

    8月のお盆前ですが

    この日は早朝ストーブをたくほどの

    低温の釧路でした。

     

     

    眼下に広がる湿原を

    背に向けても

    緑満載の細岡

    どこを背に写真を撮っても

    素敵です

     

    湿原展望台に

    旅行者案内されている

    と思われる地元ドライバーの方が

    お話されていました。

     

    「この湿原は、

    専門家でない、わたしら素人が

    歩くと

    ズぼっと全身、

    埋まって出てくれなくなるんですよ。

     

    それを

    「谷地眼(やちまなこ)」って言うんですよ。

     

    実際、たくさんの

    ブルドーザーが

    この湿原には

    埋まっているんですよ。」

     

    「こわいっすね〜」

     

    一方、反対側では

    環境省の

    レインジャー案内役の方が

    これまた旅行者と思しき方々に

    オオハクチョウと

    コハクチョウの生態に

    ついて

    紹介されていました。

     

    展望台におられる

    お二人の案内人の

    それぞれの

    湿原についての説明が

    とても対照的なのが

    聴いていて

    とても興味深かったでした。

     

    同じ湿原を見て

    「おっかない場所」という

    イメージを抱くか

     

    「素敵な場所」という

    イメージを抱くか

     

    説明のされ方で

    ずいぶんと違ってくるなあと

    思わされました。

     

    私も、旅人をこの場所に

    お招きするときに

    どのように説明しようかと

    思いめぐらしました。

     

    「湿原」で「失言」だけはしないように

    気をつけたいと

    思いました。

     

     

    「やちまなこ」の存在は

    地元釧路の方でも

    ご存知でない方が

    いらっしゃるかもしれません。

     

    試しに入るなんてことは

    とても危険なことですし

    近くに寄ることも

    ないでしょうし・・・

     

    いわゆる「底なし沼」のようなものですね。

     

    プールであっても

    足がつかないところでは

    怖くて泳ぐことさえできない

    私にとっては

     

    「やちまなこ」の存在は

    怖いなあと思います。

     

    聖書の中で

    苦しみの中で祈る人の

    祈りが紹介されています。

     

    私は深い泥沼に沈み、

    足がかりもありません。

    私は大水の底に陥り奔流が

    私を押し流しています。

     

    私を泥沼から救い出し、

    私が沈まないようにしてください。

    私を憎む者ども、また大水の底から、

    私が救い出されるようにしてください。

    (旧約聖書 詩篇69:2、14)

     

    大雨、台風の時は

    この「やちまなこ」が水を吸い込んでくれて

    ありがたい

    ありがたいけど

    私たちが近づくことは

    危険すぎてできない

     

    この宇宙、自然界には

    ありがたいけど

    近づけないものが多々ありますよね。

     

    太陽なんかもそうですよね。

     

    ありがたいけど

    近づけば

    その炎熱で燃え尽くされて

    しまいます。

     

    創造主なる神様も似ています。

    ありがたいけど

    罪深い私たちが

    聖なる神を

    肉眼で見ると「死ぬ」と

    言われます。

     

    ちなみに神道でも

    ご神体を見ることは

    たとえ神主さんでも

    許されていないと

    友人の神主さんが

    教えてくれました。

     

    本来私たちが近づくことが

    できない目に見えない神さまの方から

    逆に近づいてきて下さった。

     

    本来見ることができない神様が

    見える姿で私たちのところに来られた

    それが

    救い主イエスキリスト

     

    湿原の「やちまなこ」は

    怖くて近づけませんが

     

    主イエスキリストを

    通して

    私たちは、全能にして聖なる

    創造主であり

    父なる神様に

    近づける

     

    安心して

    天のパパ〜、天の父ちゃん〜

    天のダディ〜、天のおやじ〜

    天のお父さん〜

     

    そう言って親しく

    近づくことが

    許されているんです!

     

    したがって、ご自分によって神に近づく人々を、

    完全に救うことがおできになります。

    キリストはいつも生きていて、

    彼らのために、とりなしをしておられるからです。

    (新約聖書 ヘブル書7:25)

     

    今日は日曜礼拝

    私どもの教会でも

    毎週日曜日

    第1礼拝:午前9時〜10時

    第2礼拝:午前10時半〜12時

    第3礼拝:午後5時〜6時

    を行っています。

    初めての方、

    クリスチャンでない方でも

    ご安心しておいでください。

    礼拝を通して

    神様とお近づきになることで

     

    今おもちの

    悩みや苦しみや

    不安や恐れという

    重荷を

    下ろすことができ

     

    いいようもない平安で

    覆われることでしょう。

     

    主イエスのことばをご紹介します!

     

     わたしは、あなたがたに平安を残します。

    わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。

    わたしがあなたがたに与えるのは

    、世が与えるのとは違います。

    あなたがたは心を騒がしてはなりません。

    恐れてはなりません。

    (新約聖書 ヨハネの福音書14:27)

     

    湿原展望台で「ああこんな広がりがあるんだ〜」

    教会は人生の展望台「ああ、人生はこんな広がりがあるんだ〜」

     

    私たちの人生

    誰でも

    苦しみが続けば続くほど

    自分の人生を見る視野が

    だんだんと

    狭くなりやすくなり

    「どうせ、人生なんて・・・だ!」

    虚無的、閉鎖的な人生観に

    なりがちです。

     

     

    しかし聖書を通して

    自分の人生を見る時に

     

    「ああこんな広がりがあったんだ〜」

    希望の光が差し込んで

    自分の人生を見る視野が

    不思議と限りなく広げられます。

     

    そして視野の広がりをもつことこそが

    人生の「ゆ・と・り」を生みだす

    カギとなることでしょう。

     

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    コメント
    もんじパパ様、コメント感謝します。長時間歩かれたのですね。谷地眼に陥らなくて感謝でした!
    | Hiro | 2017/08/13 8:06 PM |
    盆休みですけど仕事してます。

    釧路湿原、30年前だったか湿原の奥の何半島だったか覚えていませんが、バス停から延々3時間歩いて半島の突端まで行き湿原を見にいった記憶があります。川が蛇行していて、これが釧路湿原だなあと思ってました。
    | もんじパパ | 2017/08/13 12:54 PM |
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