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究極の「明け渡し」
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    2017.3.14

    (札幌市白石区栄通)

    札幌市内は場所によっては

    まだ残雪が

    見られ、数十年ぶりと言われる豪雪の

    名残りを

    うかがえました。

     

    長男坊の賃貸部屋

    「明け渡し」のため

    2日間奔走しました。

     

    「明け渡し」は原状回復して返還すること、

    「引き渡し」は単に占有を移転すること

     

     

    フィットシャトル・フル活動で

    さまざまな家具や電化製品を

    オフハウスへ

    何度もピストン輸送

    幸いすべて引き取っていただけて感謝

     

    部屋の中をすっからかんに

    して管理会社の方に

    決められた時刻までに

    明け渡さなければなりません。

     

    「高額で買ったので

    処分(もしくは廃棄)するのはもったい」

    などと言っていられません。

     

    次にこの部屋を借りる学生さんに

    使っていただけたら

    さぞかし

    その学生さんも助かるだろうに

    と思うものが多々ありました。

     

    たとえば、冷蔵庫、洗濯機、

    電子レンジ、テレビ、炊飯器

    カラーボックス、衣装ケースなど・・・

     

    しかし

    とにかく

    何もない状態に

    しなければなりません。

     

    ゴミも含めて

    全部出さなければならなりません。

     

    引き渡し予定時刻

    ほぼぎりぎりに

    作業が完了し

    フィットシャトルに

    詰め込めるものを

    すべて詰め込み、

     

    管理会社の方は予定時刻

    ぴったりに

    おいでになり

    チェックされました。

     

    「無事引き渡し完了」

     

     

    部屋を空っぽにした後

    おなかも空っぽであることに

    気づいた

    私たちは息子のお勧めの

    ハンバーガーショップで

     

    「明け渡し完了 感謝会!」

     

    「部屋」は、明け渡せても

    さすがに

    「おなか」は、明け渡せません・・・

     

    2日間の明け渡し準備作業を振り返って

    部屋の引き渡しならぬ

    人生の「明け渡し」について

    思いをはせました。

     

    わたしたちの人生は

    考えてみると

    わたしたちのものではなくて

    創造主からの

    かりもののよう

     

    クリスチャン用語に

    「自分を主イエスに明け渡す」

    という表現があります。

     

    自分の人生には

    さまざまな余計なものが

    ありそう・・・。

     

    「私は裸で母の胎から出て来た。

    また、裸で私はかしこに帰ろう。

    主は与え、主は取られる。

    主の御名はほむべきかな。」

    (旧約聖書 ヨブ記1:21)

     

    主イエスに

    自分自身を「明け渡す」ために

    余計なものを

    全部出して

    すっからかんの状態に

    することは

    言葉で言うのは簡単ですが

    大きな決断!

     

     

    驚くべきことは

     

    主イエス自らが

    天国の栄光を

    すべて捨てられて

    すっからかんの状態になられて

    ご自分を空っぽにされて

    ご自分を無にされて

     

    この地上に来られて

    人間の姿をとられて

    罪ある私の身代わりとなるべく

    十字架で釘づけられ

    「明け渡され」たことです。

     

     

    主イエスの十字架の史実の

    約700年前の

    旧約聖書の預言から

     

    それゆえ、わたし(父なる神)は、

    多くの人々を彼(主イエス)に分け与え、

    彼(主イエス)は強者たちを分捕り物としてわかちとる。

    彼(主イエス)が

    自分のいのちを死に「明け渡し」

    そむいた人たちとともに数えられたからである。

    彼(主イエス)は多くの人の罪を負い、

    そむいた人たちのためにとりなしをする。

    (旧約聖書 イザヤ書53:12)

     

    十字架上での

    主イエス・キリストのとりなしの祈り

    奇跡の祈り

    「父よ。彼らをおゆるし下さい。

    彼らは何をしているのか

    自分でわからないのです。」

    (新約聖書 ルカの福音書23:34)

     

    自分自身を完璧に

    明け渡した方だからこそ

    祈れる祈りなのですね。

     

    人類の歴史史上

    究極の「断・捨・離」(明け渡し)を

    実践されたお方は

    十字架上の主イエス・キリスト

    にほかなりません!

     

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