<< 明るいのがお似合いの釧路 | main | ザ・マジックアワーの「笑い」 >>
どんな人でも変えられる!
0

    昨晩は
    釧路刑務支所にて
    1人の男性の
    方と宗教教誨の
    時を持ちました。

    一対一だと
    他の受刑者の方々への
    気遣いや
    警戒心を抱く必要がないので
    とても心を開いて
    ご自分の心のうちを
    話してくださいました。

    表情も
    いつもより
    穏やかで
    安心しきって
    おられるようでした。

    まるで
    幼児のようでした。

    1時間という
    制約の中で
    ゆったりと
    語り合いました。

    なんで
    この方が

    刑務所に
    いるのか
    わからなく
    なってしまうほどです。

    この方は
    1年半ほど
    聖書の言葉に
    触れておられます。

    キリストの言葉は
    人の心も
    表情も
    造り変えてしまう事が
    できるのだなあと

    つくづく思います。

    最初に
    お会いした時と
    別人のようです。

    神の前に
    罪を悔い改めて
    イエスキリストを
    自らの
    救い主として
    信じて
    歩まれると

    こうも
    変えられる
    ものなのですね。

    イエスは
    今も
    生きておられることを
    実証するかのようです。

    この方と
    次に
    お会いできるのは
    2ヵ月後です。

    かつて・・・

    釧路で
    薬局一家殺人事件という
    悲しい出来事がありました。

    釧路市民で
    当時のことを
    知る人は
    きわめて少なくなって
    きていることでしょう。

    この事件の裁判で
    死刑宣告を受けられた
    Aさんは

    札幌拘置所で
    手のつけられない
    粗暴な態度を
    繰り返し
    刑務官の方が
    さじをなげるような
    状態でした。

    刑務官の方が
    キリスト教の
    宗教教誨師に
    Aさんのことを
    委ねました。

    Aさんは
    聖書の言葉に触れてから
    みるみるうちに
    変えられ

    態度や
    素行が
    がらりと
    変えられ

    拘置所でAさんの
    ことを
    知る人は
    みな
    驚きました。

    Aさんは

    内側が
    生まれ変わったような
    状態で

    死刑執行の日を
    迎えられました。

    Aさんに
    聖書を語られた
    その教誨師さんから
    直接聞いた
    話しですが・・・


    Aさんは
    心から罪を
    悔い改めて
    イエスキリストの
    十字架のあがないを
    信じて
    罪の赦しと天国を
    を信じつつ

    この地上で
    犯した罪の
    報いを慎み深い
    態度で
    受け取るべく
    絞首場へと
    祈りをもって
    進まれたとのこと

    どんな極悪非道と
    思われている人も
    聖書を
    とおして
    キリストの
    いのちがけの
    愛と出会うときに
    変えられるのですね。

    それは
    刑務所の
    中でも
    外でも
    同じことですね・・・。

    あきらめないで・・・

     イエスはこれを聞いて、
    彼らにこう言われた。
    「医者を必要とするのは
    丈夫な者ではなく、
    病人です。
    わたしは正しい人を
    招くためではなく、
    罪人を招くために
    来たのです。」
    (新約聖書 マルコの福音書2:17)

    だれでも
    キリストのうちにあるなら
    その人は
    新しく造られた者です。
    古いものは
    過ぎ去って
    見よすべてが新しくなりました。
    (新約聖書 2コリント5:17)




     にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村


    にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へにほんブログ村

    カテゴリ:- | 09:58 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    タマスケさま、コメント感謝します。そうでしたか・・・。
    御長男の御友人でしたか。ご心中お察しいたします。「宗教」と「戦争」のつながりの歴史は本当に人間の負の遺産。何を信じて、どう生きるか、問われている時代ですね。カルトでない限り「殺人」を正当化する宗教は本来存在しないはずなのですが・・・悲しい限りですね。
    | Hiro | 2018/07/07 8:56 PM |
    この事件で殺された長男(当時7)の友人でした。
    事件前日も彼の家で二人で遊んでました。
    事件とは関係ないですが、全ての宗教は争いや戦争の根源だと思ってます。
    信じることによって精神的に救われる人がいることは分かりますが、それら宗教により物理的な被害を被る人の方が圧倒的に多いと思います。
    妄信している人を見るととても気持ちが悪いと同時に不憫でなりません。
    | タマスケ | 2018/07/07 2:14 PM |
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    http://yamagata.fukuinkan.sunnyday.jp/trackback/1582709
    トラックバック