公立高校入試合格発表(人生の安全圏とは?)
2010.03.16 Tuesday | by k-fukuinkan
どう見ても
人間的に言うなら
安全圏から
程遠かった・・・・
「奇跡を起こせ!」
担任S先生の
言葉が
中3の長男に
投げかけられたのは
忘れもしない
晩秋の夕暮れ時
場所は
3年C組の
教室
そう3者面談の場面だった。
3者面談の土台となる資料は
いわゆる「3回平均」といわれる
秋に行なわれる
学力テストABC
長男はその3回平均の結果
志望校のA高校の
合格ボーダーから程遠いところに
位置していた。
もう1ランク下げたB高校の
合格ボーダーにも届かない点数
いやさらに1ランク下げたC高校の
合格ボーダーにも届かない点数
だったのである。
3者面談に臨んだ私は
息を呑んだ。
かつて中学教師で
3者面談をする側だった私が
今回は親側に
息子と並んで座っている。
担任のS先生が
学力点と内申点の
相関表を示しながら、
ふだんは情熱的で
情緒豊かなS先生
しかしこの時は
ほとんど感情を表さずに
「山形君の3回平均は
ここです。」
と言って
点をつけた。
そして透明のシートで
A高校のボーダー
シートをまずのせた。
息子の点から
A高校が
はるか
かなたに見える。
次にB高校のボーダー
シートをのせられた。
まだ遠くに見える。
次にC高校のボーダー
シートをのせた。
それでも届かない
それは
見てすぐわかった。
S先生は言った。
「3回平均の結果
山形君はC高校のボーダー
の外側に位置しています。」
これは客観的分析で
正しい分析
さすが理科教師の担任である。
「そこで
お尋ねします。
山形君の第一志望は
どこですか?」
3者面談で
第一志望を尋ねられるということは
最終決断を問われるということである。
息子は
躊躇することなく
間髪を入れず
「A高校です!」
物怖じすることなく
堂々と答えた。
担任は
「わかりました。
親御さんも
そういうことで
よろしいのですね。」
私の方は
息子と対照的に
物怖じしながら
先ほどの客観的な分析の後だけに
やや躊躇しながらも
「あっはい」
と力弱く
申し訳なさそうに答えた。
3者面談とは
相談の場ではなく
最終意思確認の場である。
ここでは
相談をしたくてもできない。
不安をかかえた
私は
担任に
倍率発表の日程とか
その倍率発表を受けて
志願変更の手続きのことを
事務的に尋ねた。
内心、安全なところに
変えた方がいいんじゃないか
とも思ったのである。
私は
自分自身が
中3の時・・・
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人間的に言うなら
安全圏から
程遠かった・・・・
「奇跡を起こせ!」
担任S先生の
言葉が
中3の長男に
投げかけられたのは
忘れもしない
晩秋の夕暮れ時
場所は
3年C組の
教室
そう3者面談の場面だった。
3者面談の土台となる資料は
いわゆる「3回平均」といわれる
秋に行なわれる
学力テストABC
長男はその3回平均の結果
志望校のA高校の
合格ボーダーから程遠いところに
位置していた。
もう1ランク下げたB高校の
合格ボーダーにも届かない点数
いやさらに1ランク下げたC高校の
合格ボーダーにも届かない点数
だったのである。
3者面談に臨んだ私は
息を呑んだ。
かつて中学教師で
3者面談をする側だった私が
今回は親側に
息子と並んで座っている。
担任のS先生が
学力点と内申点の
相関表を示しながら、
ふだんは情熱的で
情緒豊かなS先生
しかしこの時は
ほとんど感情を表さずに
「山形君の3回平均は
ここです。」
と言って
点をつけた。
そして透明のシートで
A高校のボーダー
シートをまずのせた。
息子の点から
A高校が
はるか
かなたに見える。
次にB高校のボーダー
シートをのせられた。
まだ遠くに見える。
次にC高校のボーダー
シートをのせた。
それでも届かない
それは
見てすぐわかった。
S先生は言った。
「3回平均の結果
山形君はC高校のボーダー
の外側に位置しています。」
これは客観的分析で
正しい分析
さすが理科教師の担任である。
「そこで
お尋ねします。
山形君の第一志望は
どこですか?」
3者面談で
第一志望を尋ねられるということは
最終決断を問われるということである。
息子は
躊躇することなく
間髪を入れず
「A高校です!」
物怖じすることなく
堂々と答えた。
担任は
「わかりました。
親御さんも
そういうことで
よろしいのですね。」
私の方は
息子と対照的に
物怖じしながら
先ほどの客観的な分析の後だけに
やや躊躇しながらも
「あっはい」
と力弱く
申し訳なさそうに答えた。
3者面談とは
相談の場ではなく
最終意思確認の場である。
ここでは
相談をしたくてもできない。
不安をかかえた
私は
担任に
倍率発表の日程とか
その倍率発表を受けて
志願変更の手続きのことを
事務的に尋ねた。
内心、安全なところに
変えた方がいいんじゃないか
とも思ったのである。
私は
自分自身が
中3の時・・・
3者面談で
「山形君の成績なら
大丈夫です。」
と太鼓判を押された高校に
不合格だったのである。
その記憶が
よみがえってくるのである。
息子には
落ちるという
経験を味あわせたくない。
とにかく
無理しないで
入れるところに
自分の能力に見合ったところに
入ってほしいという
思いがあったのである。
高校入試の最終的な
出願を決定するのは
実は受験生本人ではなく
保護者であることを
半年前の
受験説明会で
うかがっていた。
そうは言っても
子どもの進路の決定では
子ども自身の意思を
最終的には
尊重しなければならない
と思った。
「親に言われたから」
ではかわいそうだ。
最終的には
神様が
息子に与えておられる
自由意志を尊重しなければ
親としては
いかんだろうと思った。
自分の
進路は
多くの人のアドバイスを
参考にしながらも
最終的には
自分で決める!
担任のS先生は
3者面談の
別れ際
息子に笑顔で
「奇跡を起こせ!」
とおっしゃってくれた。
今改めて
S先生の
言葉に心から
感謝できる。
ある先生なら
「山形君、君の成績では
A高校はおろかB高校も
C高校もあぶないんだぞ。
このデーターがそれを
示しているよ。
悪い事を言わないから
志望校を考え直したら
どうだ?
親御さんからも
言ってあげてください。」
そんなふうに言うかもしれないし
そういわれてもおかしくない状況だった。
3回平均だけじゃない
模擬試験では
合格確率2%
という結果が
中1の時から
出ていたのである。
しかし
自分の今の実力が
客観的にどうであれ
「ここに行きたいんだ!」
という強い意志をもつ
息子を
一人の人格として
尊重してくれたS先生に
感謝できる。
発表日
S先生は
中学校に
来た息子に
言ったそうである。
「C高校のボーダーにも
届かなかった君のことを思うと
今日は
先生にとって
正直
緊張感の極限だったよ!」
私は3者面談以来
正直
毎日生きた心地がしなかった。
内心
なんとか
息子が志望校を下げて
くれないかと何度思ったことか。
長男は
1月に全道学力コンクール
という北海道最大規模の
模擬試験を受けた。
息子は
A高校を目差しながらも
この「模試」で「もし」
志望校のA高校の
ボーダーに届かなかったら
志望校を再検討すると
言っていた。
結果は
「合否線上」と
出た。
秋の3回平均では
低すぎて
『判定不能』
だっとのが
ここにきて
合否線上まで来たのである。
模試結果の
コメントのところに
「努力次第で0%にもなるし
100%にもなります。」
と書いてあった。
これ以上に
適切なコメントは
見当たるまい。
これでまた息子は
希望をもったようである。
数日後の
1月下旬
志願倍率が発表された。
志願変更のタイムリミットは
わずか1日
1.2倍以上だったら
変更したらいいんじゃないかなあと
思うけど
最終的には
君の意思を尊重するよ。
と伝えた。
「ありがとう。」
と答えた息子が
翌日とった決断は・・・
初志貫徹!!
翌日
学校から帰ってきて
志願変更しないで
A高校を
そのまま受けることを
聴いた。
担任のS先生からも
直々に
「本当にいいんだね?」
と
再確認されたという。
息子の選んだ人生だ。
尊重しよう。
息子は
もし公立高校不合格の場合は
家計を助けるために
新聞配達をしながら
私立高校に通うことを
すでに決断していた。
そこまで真剣な息子の
意思を尊重することが
親としての責務だ
私も自分が公立高校不合格の
時は
春休み中に
漬物売りのバイトをした
ことを思い出す。
公立校受験前日
S先生が
玄関で息子に
2回も頑張れよ
といって
肩をたたいてくれたという。
神様が備えてくださった
S先生には
本当に感謝である。
息子は
素晴らしい
担任の先生に恵まれたと思う。
私たちの人生
人間的には
可能性が
乏しくても
「可能性は0じゃない」
と希望を置いて
前向き肯定的に
生きるか
それとも
「可能性が低いから
だめだ」と
あきらめながら生きるか
結局のところ
私たちの選択
危ない橋を渡らせたくない
危ない橋を渡らない
危ない橋を渡らない
そういう生き方は
確かにリスクを最小限にとどめて
リスクを回避しながら
無難な人生となるかもしれない。
しかし無難な人生が
本当に幸せな人生かと言うと
必ずしもそうとも言い切れない。
危ない橋を渡るということは
ヒヤヒヤ、ドキドキ、ハラハラ
実にアドベンチャラスな人生だ。
リスクが伴う。失敗も多い。
それでも
そこで得るものも
少なくないに違いない。
今回自分は
挑戦することの大切さを
改めて息子をとおして
また息子の担任S先生をとおして
そして多くの人をとおして
教えられた。
最近の受験事情としては
安全圏志向が親子とも
強まっているらしい。
しかし本当の安全圏って何だろう?
人生究極の安全圏、
それはキリストの中にこそ
見出すことができる。
私たちの罪の身代わりに
十字架で刑罰を受けて
死んでよみがえられた
イエスキリストを信じて
罪の赦しを得て天国へ行くこと
これこそ究極の安全圏。
この究極の安全を
信じるものたちに与えるために
あえて十字架にかかって
釘付けられて死ぬという
この上ない
リスクを覚悟、決意の上で
天国から来られたのが
救い主イエスキリスト
このキリストの犠牲のおかげで
今の私たちがある。
神は、実に、
そのひとり子をお与えになったほどに、
世を愛された。
それは御子を信じる者が、
ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
イエス様は
地獄行きが
ほぼ100%きまっていたはずの
私たち人間を
天国と言う安全圏に
引き上げるために
あえて罪とのろいに満ちた
この世に
人の姿を取ってこられ
十字架にかかるという
命がけのリスクを
負うことを
選ばれたのです。
今回の
入試の合格発表とは・・・
人生の最終的な
行き先が決まる発表
ではありません。
わずか向こう3年間の
行き先が決まる
発表に過ぎません。
合格した人でも
不合格の人でも
イエス様を
信じることなしには
天国という
確かな
死後の進路が
決定しません。
安心してください。
この天国と言う安全圏に
入れるかどうかは
受験勉強のように
あなた自身の
努力にかかっているのではなく
ただ信じるだけで
よいのです。
信じるすべての人が
皆、
天国と言う安全圏に
入れるのです。
皆が
信じて
天国へ導かれますように。
今回
志望校への
合格がかなわなかった方が
気落ちしすぎること
がありませんように。
不合格でしか
味わえない
祝福
不合格だからこそ
味わえる祝福が
きっとあるはず
その祝福が
見つかりますように!
「山形君の成績なら
大丈夫です。」
と太鼓判を押された高校に
不合格だったのである。
その記憶が
よみがえってくるのである。
息子には
落ちるという
経験を味あわせたくない。
とにかく
無理しないで
入れるところに
自分の能力に見合ったところに
入ってほしいという
思いがあったのである。
高校入試の最終的な
出願を決定するのは
実は受験生本人ではなく
保護者であることを
半年前の
受験説明会で
うかがっていた。
そうは言っても
子どもの進路の決定では
子ども自身の意思を
最終的には
尊重しなければならない
と思った。
「親に言われたから」
ではかわいそうだ。
最終的には
神様が
息子に与えておられる
自由意志を尊重しなければ
親としては
いかんだろうと思った。
自分の
進路は
多くの人のアドバイスを
参考にしながらも
最終的には
自分で決める!
担任のS先生は
3者面談の
別れ際
息子に笑顔で
「奇跡を起こせ!」
とおっしゃってくれた。
今改めて
S先生の
言葉に心から
感謝できる。
ある先生なら
「山形君、君の成績では
A高校はおろかB高校も
C高校もあぶないんだぞ。
このデーターがそれを
示しているよ。
悪い事を言わないから
志望校を考え直したら
どうだ?
親御さんからも
言ってあげてください。」
そんなふうに言うかもしれないし
そういわれてもおかしくない状況だった。
3回平均だけじゃない
模擬試験では
合格確率2%
という結果が
中1の時から
出ていたのである。
しかし
自分の今の実力が
客観的にどうであれ
「ここに行きたいんだ!」
という強い意志をもつ
息子を
一人の人格として
尊重してくれたS先生に
感謝できる。
発表日
S先生は
中学校に
来た息子に
言ったそうである。
「C高校のボーダーにも
届かなかった君のことを思うと
今日は
先生にとって
正直
緊張感の極限だったよ!」
私は3者面談以来
正直
毎日生きた心地がしなかった。
内心
なんとか
息子が志望校を下げて
くれないかと何度思ったことか。
長男は
1月に全道学力コンクール
という北海道最大規模の
模擬試験を受けた。
息子は
A高校を目差しながらも
この「模試」で「もし」
志望校のA高校の
ボーダーに届かなかったら
志望校を再検討すると
言っていた。
結果は
「合否線上」と
出た。
秋の3回平均では
低すぎて
『判定不能』
だっとのが
ここにきて
合否線上まで来たのである。
模試結果の
コメントのところに
「努力次第で0%にもなるし
100%にもなります。」
と書いてあった。
これ以上に
適切なコメントは
見当たるまい。
これでまた息子は
希望をもったようである。
数日後の
1月下旬
志願倍率が発表された。
志願変更のタイムリミットは
わずか1日
1.2倍以上だったら
変更したらいいんじゃないかなあと
思うけど
最終的には
君の意思を尊重するよ。
と伝えた。
「ありがとう。」
と答えた息子が
翌日とった決断は・・・
初志貫徹!!
翌日
学校から帰ってきて
志願変更しないで
A高校を
そのまま受けることを
聴いた。
担任のS先生からも
直々に
「本当にいいんだね?」
と
再確認されたという。
息子の選んだ人生だ。
尊重しよう。
息子は
もし公立高校不合格の場合は
家計を助けるために
新聞配達をしながら
私立高校に通うことを
すでに決断していた。
そこまで真剣な息子の
意思を尊重することが
親としての責務だ
私も自分が公立高校不合格の
時は
春休み中に
漬物売りのバイトをした
ことを思い出す。
公立校受験前日
S先生が
玄関で息子に
2回も頑張れよ
といって
肩をたたいてくれたという。
神様が備えてくださった
S先生には
本当に感謝である。
息子は
素晴らしい
担任の先生に恵まれたと思う。
私たちの人生
人間的には
可能性が
乏しくても
「可能性は0じゃない」
と希望を置いて
前向き肯定的に
生きるか
それとも
「可能性が低いから
だめだ」と
あきらめながら生きるか
結局のところ
私たちの選択
危ない橋を渡らせたくない
危ない橋を渡らない
危ない橋を渡らない
そういう生き方は
確かにリスクを最小限にとどめて
リスクを回避しながら
無難な人生となるかもしれない。
しかし無難な人生が
本当に幸せな人生かと言うと
必ずしもそうとも言い切れない。
危ない橋を渡るということは
ヒヤヒヤ、ドキドキ、ハラハラ
実にアドベンチャラスな人生だ。
リスクが伴う。失敗も多い。
それでも
そこで得るものも
少なくないに違いない。
今回自分は
挑戦することの大切さを
改めて息子をとおして
また息子の担任S先生をとおして
そして多くの人をとおして
教えられた。
最近の受験事情としては
安全圏志向が親子とも
強まっているらしい。
しかし本当の安全圏って何だろう?
人生究極の安全圏、
それはキリストの中にこそ
見出すことができる。
私たちの罪の身代わりに
十字架で刑罰を受けて
死んでよみがえられた
イエスキリストを信じて
罪の赦しを得て天国へ行くこと
これこそ究極の安全圏。
この究極の安全を
信じるものたちに与えるために
あえて十字架にかかって
釘付けられて死ぬという
この上ない
リスクを覚悟、決意の上で
天国から来られたのが
救い主イエスキリスト
このキリストの犠牲のおかげで
今の私たちがある。
神は、実に、
そのひとり子をお与えになったほどに、
世を愛された。
それは御子を信じる者が、
ひとりとして滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネ3:16)
イエス様は
地獄行きが
ほぼ100%きまっていたはずの
私たち人間を
天国と言う安全圏に
引き上げるために
あえて罪とのろいに満ちた
この世に
人の姿を取ってこられ
十字架にかかるという
命がけのリスクを
負うことを
選ばれたのです。
今回の
入試の合格発表とは・・・
人生の最終的な
行き先が決まる発表
ではありません。
わずか向こう3年間の
行き先が決まる
発表に過ぎません。
合格した人でも
不合格の人でも
イエス様を
信じることなしには
天国という
確かな
死後の進路が
決定しません。
安心してください。
この天国と言う安全圏に
入れるかどうかは
受験勉強のように
あなた自身の
努力にかかっているのではなく
ただ信じるだけで
よいのです。
信じるすべての人が
皆、
天国と言う安全圏に
入れるのです。
皆が
信じて
天国へ導かれますように。
今回
志望校への
合格がかなわなかった方が
気落ちしすぎること
がありませんように。
不合格でしか
味わえない
祝福
不合格だからこそ
味わえる祝福が
きっとあるはず
その祝福が
見つかりますように!
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