「1月少雪」
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    今日は

    今年最初の

    標茶イエスキリスト教会での

    聖書学び会

     

    今の時期としては

    珍しく雪が少なく

    驚きました。

     

     

    • 1月とは思えない風景
    • 路肩に
    • 雪が積もってなければ
    • 樹氷もなく
    • 地面も露わ

    唯一氷結していたのは湖でした。

     

    除雪でご苦労される方々にとっては

    大助かりでしょうし

    スリップ事故も

    減少し

    車の運転をされる方にとっても

    こういう路面だと

    安心でしょう。

     

    ただし畑農家の方々にとっては

    適度の雪が土を温めて

    春の芽吹きを

    促進させるので

    頭が少々痛いかもしれませんね。

     

    これから寒さも

    まだまだ厳しくなることが

    予想される冬

     

    道東の皆さんの

    生活が

    守られますように!

     

    天候を支配しているのは

    気圧配置や

    そのものではなくて

    あくまでも

    自然を創造された神

    なのですね


    神は雪に対して、

    地に降れと命じ、

    夕立に、

    激しい大雨にも命じられる

    (旧約聖書 ヨブ記37:6)

     

     

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    「退院感謝」
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      80代で

      肺炎で入院中のAさんを

      案じて

      お見舞いに伺いましたら

       

      看護婦詰め所で

      「昨日退院されました。」

      とのことで安堵

       

      寒さも

      厳しさを増していく時期です。

       

      インフルエンザも

      釧路管内で

      いよいよ注意報が

      出始めているようです。

       

      風邪は万病のもと

      とも言われています。

       

      皆さんくれぐれも

      お気をつけ下さい。

       

      私も

      水分補給をこころがけ

      緑茶を飲んで

      朝食しっかりとって

      寝る前はビタミンC補給し

      うがい手洗いを

      心がけ

      人ごみは避けながら

      注意していきます。

       


      主が病の床で彼を支えられますように。

      彼が病むとき寝床から起き上がらせてください。

      (旧約聖書 詩篇41:3)
       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

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      日陰は要注意
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        昨晩に続いて今晩も

        スープカレーで

        体を温めています。

         

        心肺機能を高め

        呼吸器の機能を

        強めるために

         

         

        アシックスの

        マラソンシューズで

        ウオーキングしてみました

         

        釧路の

        日陰は

        路面が凍結していて

        歩くのは極めて危険です。

         

        今日は3回ほど

        滑って転びかけました。

         

        足がクスクス

        わらっているよう。

         

        これから寒さも厳しく

        なりそう。

         

        痰が切れるように

        毎日ポカリスエット

        を薄めて

        飲んでは

        水分を補給しています。

         

        忍耐の季節です。


         けれどもこの私は

        足がつまずきそうで私の歩みは滑りかけた。
        (旧約聖書 詩篇73:2)

         

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        「息切れ」しても「息絶える」までは・・・
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          釧路市内は

          今日は気温が

          ぐんぐん上昇して

          雪がだいぶ解けました。

           

          喘息もちの

          私も

          痰を切りやすくし

           

          心肺機能向上の

          チャンスと思い

          今年初めての5.6キロランを

          試みましたが

           

          気温が0度を上回ったとはいえ

          やはり気道の奥が

          冷え込み

          閉塞しやすく

          しんどかったです。

           

          夕刻時

          某総合病院の8階に

          入院中の友人Aさんを

          お見舞いに

          お訪ねする際

           

          いつものように

          非常階段を

          階段を1段とばしで

          一気に

          昇り上がりましたが

           

          さすがに

          8階到着時点で

          息切れし

           

          8階にあった

          椅子で

          1分ほど

          呼吸を整えるのに

          時間を

          要しました。

           

          8階の病棟には

          知人のナースBさんが

          勤めています。

           

          私が

          ナースステーション前を通過すると

          ナースのBさんが

          待ちかまえてでも

          いたかのように

           

          なぜかすっと現れて

          いつものように

          「やまがた先生、

          今日はどなたのところにお見舞いですか?」

           

          なぜか、Bさん

          私を見つけるのが

          迅速だなあ。

           

          それにしてもBさん

          いつも患者さんや

          そのご家族の方々に対して

          とても親切と言うか

          心がこもっています。

           

          この日も

          患者さんのご家族の方と

          ハグし合って

          涙ぐまれていて

          いつくしみ深いかただなあと

          感心しました。

           

          Bさんは

          今まで

          ご一緒に聖書のことばを

          学び合うことも

          あって

          よかったなあと

          思わされます。

           

          私は

          医療関係者の方々で

          聖書に関心のおありの方と

          1か月に一度でも

          聖書を読む会なるものを

          病院のどこかで

          開催できたらなあと

          願っています。

           

          聖書こそは

          「死生学」の

          最高のテキストだと

          思いますし

           

          聖書ほど

          病む人を励まし

          力づけ

          希望を与えるおことばが

          満載されている本は

          ほかにないと思うのです。

           

          ところで

          今日

          私がお訪ねしたAさんは

          お訪ねした時

          酸素吸入をされていました。

           

          「こんな

          みっともない姿を

          見せたくなかったんだけど。」

           

          「そんなみっともないなんて

          ことは決してありませんよ。

          私なんか今日、ここに来る前に

          2回も吸入してきましたよ。」

           

          Aさん

          笑顔で

          今の心境を

          ざっくばらんに

          色々語ってくれました。

           

          Aさんが

          「天国って病気がないんだよね。」

           

          「そうすね。イザヤ書に

          そう書かれている箇所があってね、

           

          かつて

          私がブラジルで

          邦人宣教していた時に

          日系移民のご高齢の方々に

          その聖書箇所から

          お話しさせていただいたら

           

          皆さん、とてもその聖書箇所から

          慰めを受けておられましたよ。」

           

          「どうして?」

           

          「日本からブラジルに

          移民してこられた方々は

          皆さんご苦労され

          多くの病を通られてきたようでした。

           

          病む苦しみを人一倍知っている人ほど

           

          主イエスにあって

          天に召される者は『病はない』

          という聖句が

           

          身に沁みて

          ありがたく感じるもののようです。」

           

          「そうなんだ・・・」

           

          Aさんと

          聖書のことばを

          かみしめ合って

          お祈りしました。

           

          「まことに、彼は私たちの病を負い、

          私たちの痛みを担った。」

          (イザヤ書53:4)

           

          「今日は一日疲れたから

          晩、眠れると思うよ。」

          そう笑顔で語っておられたAさん

          ゆっくりと

          疲れがとれますように。
           

          『そこに住む者は、『私は病気だ』とは

          言わず、そこに住む民のとがは、除かれる。』

          (旧約聖書 イザヤ書33:24)

           

           

          Aさんと別れ

          再び

          非常階段に

          向かいました。

           

          降りる際は

          1段とばしは

          やめて

          各段踏みしめながら

          小走りで

          一気にかけおりました。

           

          降りる際は

          息切れはしませんでした。

           

          「息切れ」

          という言葉を

          思いめぐらしながら

           

          前日行われた

          釧路管内キリスト教

          リーダーたちの会合の1場面を

          回想していました。

           

          80代の

          カトリックの神父のCさんが

          笑顔で両手を広げながら

          「私には、定年はありません。

          息絶えるまで神様にお仕えします。

          これって恵み以外の何ものでもありませんよね。」

           

          なんとカトリック教会さんは

          根室にも、厚岸にも、中標津にも

          常駐の神父さんが

          おられないので

           

          この80代の神父さんを

          含めて

          数名で

          巡回されておられるとのことでした。

           

          息切れはしても

          息絶えるまで

           

          主の復活の証人として

          日々

          真理をお伝えする者と

          ならしめたもう主!

           

           

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          「祈りは聞かれている。」
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            私たちの教会では

            毎週月曜日

             

            早朝

            日本の皇室のために

            国務大臣のために

            釧路選出の

            国会議員のために

            市議会議員のために

             

            お一人お一人

            お名前を挙げて

            お祈りしています。

             

            今朝お祈りしたばかりの

            国会議員のAさんと

            釧路市内の某所の

            おトイレで

            並んで

            小用に立つとは

            夢にも思いませんでした。

             

            Aさんと

            お会いするのは

            1昨年の

            釧路湿原マラソンの時

            沿道で声援を送ってくださり

            ハイタッチで

            応えさせていただいた時以来

             

            もちろん

            あの時は

            大勢のランナーの一人ですから

            顔も名前も

            お分かりにならなかったとは

            思いますが

             

            今回は

            小用を足しながら

            湿原マラソンの時の

            声援に対する謝意を申し上げて

            とても温かい手で

            印象的だったこと

            おかげさまで

            その時

            完走させていただけたことなどを

            お話しし

            短いひと時でしたが

            歓談し

            名刺もお渡しして

            是非一度おいで下さるよう

            ご案内させていただきました。

             

            ちょうど女子トイレから出てきた妻も

            「いつもお祈りさせていただいています。」

            と挨拶していました。

             

            当たり前のことですが

            つくづくお祈りは、神さまに

            聴かれているのだということを

            改めて確信させられました。

             

            朝、お祈りした人と

            その日のうちに会えるとは

            何と言う主の恵みでしょう。

             

            それにしても

            国会議員の方と

            並んで小用に立つのは

            私の記憶では

            初めてかな。

             

            国会議員であろうと

            人の子として地上を歩まれた

            主イエスであろうと

            人間男子なら

            小用に立つのは

            不思議なことではないのですね。

             

            その日の朝祈る人と

            その日会えるように

            これから

            切に改めて

            祈る習慣をつけたいと

            思わされました。

             


            そこで、

            私は何よりもまず勧めます。

            すべての人のために、

            王たちと高い地位にあるすべての人のために願い、

            祈り、とりなし、感謝をささげなさい。
            (新約聖書 1テモテ2:1)

             

             

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