除氷の労苦
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    除染のご労苦が
    まだまだ続いている
    福島県

    一方

    北海道では
    この冬

    除雪の労苦が
    続いていますね。

    釧路について言うと
    「除氷」の労苦が
    続いています。

    猛烈な寒さが
    続いています。

    真冬日が続いているので
    日中でも
    氷が溶けません。

    そんな中
    朝に釧路市
    武佐の武修館高校前の
    道路を通る時に
    はるか
    北方に眺められる
    雄阿寒岳と雌阿寒岳

    その山頂付近にかかる
    雪の白さが
    とても美しく
    映えて見えます。

    運転中なので
    あまり
    じっくりと
    眺められないのが
    惜しいのですが

    毎年
    目にしているのですが
    今年は格別
    美しすぎるくらいです。

    さて
    目を地面に
    転じると

    路面の凍結で
    滑りやすくて
    毎日戸外を歩く人の姿が
    心なしか
    少ないようです。

    特に
    釧路では
    犬を連れての
    散歩者数は
    最近
    激減しています。

    犬に
    引っ張られたら
    足のグリップがきかず
    きわめて滑り
    やすくなる
    からでしょう。

    私も
    愛犬マリを連れて
    散歩する時には
    きわめて
    慎重になります。

    こんなに
    がちがちに
    凍った道が
    何日も続くのは
    珍しいことですねえ。

    除雪の労苦は
    今のところ比較的少ない
    釧路ですが

    「除氷」の苦労は
    大変な
    ものですね。

    氷によって
    できた
    わだちは
    雪によって
    できる
    わだち以上に
    クルマの運転をする方に
    とっては
    難儀します。

    一度氷の
    わだちにはまると
    そこから抜け出す際
    滑ってなかなか
    タイヤが
    上に上がらないのですよね。

    塩化カリウムが
    融雪剤として
    随分売れているでしょうね。

    気をつけないと
    この塩化カリウムで
    クルマは
    錆びやすくなるでしょうね。

    氷を削るために
    皆さん
    労苦が
    絶えないようですね。

    私の友の一人は
    70代・・・

    氷を破砕すべく
    つるはしをもって
    足に力を入れた
    その際に
    滑って転んでしまって
    打撲してしまって
    痛々しいお姿と
    なってしまいました。

    釧路の皆さんが
    今日1日
    氷道で
    滑って転んで
    怪我をされませんように
    お祈りいたします。


    まことに神は、
    イスラエルに、
    心のきよい人たちに、
    いつくしみ深い。
    しかし、私自身は、
    この足がたわみそうで、
    私の歩みは、
    すべるばかりだった。
     それは、私が誇り高ぶる者をねたみ、
    悪者の栄えるのを見たからである。
    (旧約聖書 詩篇73:1〜3)

    どうか
    私たちの足だけでなく
    心も滑りませんように・・・

    路面の氷だけでなく
    私たちの
    心の中にある
    罪と言う
    硬い硬い氷も
    主イエスキリストの
    血潮によって
    砕かれますように・・・

    あなたがたに新しい心を与え、
    あなたがたのうちに新しい霊を授ける。
    わたしはあなたがたのからだから
    石の心を取り除き、
    あなたがたに肉の心を与える。
    (旧約聖書 エゼキエル書36:26)

    イエス様は
    十字架にかかり
    私たちの
    心にある
    罪という
    氷のように冷たい
    石のように固い心を
    除くために
    血を流して
    いのちを
    かけてくださいました。

    まさにいのちがけで
    私たちの
    罪と言う
    氷を除く
    労苦を
    かって出られたのですね。

    感謝にたえません!


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    公立高校入学者出願状況
    0

      平成24年度 北海道公立高校入学者選抜出願状況が
      発表されましたね。
      釧路分のについては
      以下のホームページで閲覧できます。
      http://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/kki/sytugan-z13.pdf


      我が家も
      中3の二男坊という
      受験生がいるので

      関心をもって
      表を見つめさせて
      いただきました。

      息子が帰り次第
      どういう言葉で
      励ましたり
      力づけるか
      思案しながら
      祈っているところです。

      この表を観て
      今年の釧路管内の
      傾向として思うこと

      湖陵理数科
      1.7倍は昨年同様ですが
      募集人員40名中
      20名が推薦標準枠
      というのは
      推薦率があまりにも
      大きすぎると
      思いました。

      それにしても
      推薦出願者数が
      同じ20名となっているので
      もしかして
      中学校間の進路指導関係者で
      数字を確認し合って
      情報を共有しているのかなあとも
      思ってしまいました。

      私の時代は
      推薦入学なんて
      ほとんどなかったように
      記憶しています。

      今の時代は
      高校にしても
      大学にしても
      推薦枠が
      大きすぎるような気がします。

      釧路管内の
      全日制公立高校全体で
      推薦枠は
      628人
      (募集人員2020人)

      こんなに
      推薦していいのでしょうかねえ・・・

      親御さんたちの中にも

      「うちの子
      推薦してもらえないだろうか・・」

      「入試を受けなくても
      すむようにさせてあげたい・・・」

      そう思っている方々が
      少なくないようです。

      本当に
      これでいいのかなあ

      その功罪はいかに・・

      湖陵について観てみると
      理数科出願合計数が
      69人なので
      69人ー40人(募集人員)=29人が
      もし他校へ流れないで
      湖陵普通科への出願となると
      現在の湖陵普通科出願者数193人も
      もし出願変更をしなければ
      29人が加わって、
      合計222人が普通科でふるわれ
      普通科募集人員200人に対して
      単純計算すると、
      22人が超過となりますね。

      (ただ湖陵出願者の中から
      10人前後は
      高専へ流れるという
      うわさも耳にします。・・・)

      東高校が
      昨年同時期の1.5倍から
      0.6倍に下落していて
      逆に工業高校が
      昨年同時期の1.1倍から
      1.4倍に上昇していることも
      驚きです。

      確かな理由は
      わかりかねますが

      高校卒業後の
      進路や就職を考えると
      普通科よりも
      工業科を選択した方が
      有利と考えた方が
      多くなったのでしょうかねえ。

      ちなみに
      私の友人で
      東高校3年生の
      女子がいますが

      クラスの中で
      いまだに
      進学も
      就職も含めて
      進路が全然
      定まっていない級友が
      少なくないとのことです。
      (この時期にいたっても・・・・)

      一方
      工業高校は
      卒業生が勤める
      地元企業とのつながりも
      比較的あり
      就職活動にも実績をもち
      専門学校を含めて
      進路指導に
      結構力を注いでいるとも
      言われています。

      先日は
      機械科の3年生が
      道内の工業高校の
      「ものづくり大賞」を
      受賞したことで
      全国展示が決定し
      健闘ぶりがうかがえます。

      何をともあれ
      全日制高校の
      釧路管内全体で見ると
      募集人員2020人に対して
      出願者合計2034人で
      1.0倍という倍率は
      昨年と同様ですね。

      我が家も含めて
      高校受験をひかえる
      家々では
      この表を観て
      様々な会話が
      なされることでしょうねえ。

      ちなみに
      札幌市内の
      東西南北高校では
      出願倍率は
      ほぼ1.4倍ですね。
      これは
      私が高校受験した時分と
      ほぼ変らぬ倍率ですね。

      しかも
      東西南北高校では
      どの高校も推薦枠を
      設けていませんよね。

      釧路市内は
      推薦枠が大きすぎ!!!

      心身を壊してまで
      過激な競争をすることは
      しないまでも
      受験生たちが
      目標を目指して
      必死に進もうとする
      姿は尊いと思います。


      目標目指して
      真剣に
      取り組む
      受験生たちは

      たとえ
      合格しても
      しなくても

      その後の
      人生の様々な困難に
      直面しても
      あきらめないで
      乗り越えようとする
      忍耐力の基礎が
      育まれているはずと
      思います。

      これから
      インフルエンザとか
      風邪もはやりやすいです。

      受験生のみなさんの

      体調が整えられて
      健康が支えられ
      抱くべき将来の夢も
      与えられて

      ひたむきに
      前進できるように
      お祈りしています。

      私は40代最後の
      年となりましたが
      主イエスのために

      なお夢を抱いて
      ひたむきに
      あゆませていただきます。


       兄弟たちよ。
      私は、自分はすでに
      捕えたなどと
      考えてはいません。

      ただ、
      この一事に励んでいます。
      すなわち、うしろのものを忘れ、
      ひたむきに
      前のものに向かって進み、

       キリスト・イエスにおいて
      上に召してくださる神の栄冠を
      得るために、
      目標を目ざして
      一心に走っているのです。
      (新約聖書 ピリピ3:13〜14)



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      「ヘルプ!」と叫ぼう
      0


          1人の人が
        苦しんでいる時に
        周囲の人が
        力を合わせて
        その人を助ける

        それは
        あたりまえではありますが
        素敵なこと
        ですね。

        今朝
        一台のワゴン車が
        釧路市内の
        ある高校の前の
        わだちに
        はまってしまい
        スリップして
        抜け出られない
        状態にありました。

        多くのクルマが
        素通りしたり
        迂回していきます。

        まあ通勤時間
        でもあるせいでしょうか・・・

        私は
        クルマを
        ちょっと離れたところに
        置いて
        動けないでいる
        クルマに近づきますと

        運転手の女性の方が
        なにやらケイタイデンワを
        触っています。
        メールしているのでしょうか・・・

        それほど
        焦ったご様子でも
        なさそうに見えました。

        ケイタイメールで
        誰かに助けを
        求めているのでしょうか・・・

        そこらへんの
        人に
        「すいません!
        どなたか
        押していただけませんでしょうか!」

        と助けを求めれば
        よろしいのに
        と思いましたが・・・

        「押しましょうか?」

        とお声をかけますと

        「お願いします。」

        と言われたので
        後方に回りました。

        それでなくても
        どでかいワゴン車です。

        スリップして
        タイヤが空回りしています。

        必死に
        押しましたが
        びくともしません。


        しかも
        わだちを形成しているのが
        雪ではなくて
        がちがちに固まった
        岩のような氷ですから
        つるはしのようなものでもないと
        破砕できません。

        途方にくれて
        自分の
        クルマに引き返して
        なにやら
        小道具がないかなと
        トランクを
        あけましたが

        車内の敷物を
        ありったけ
        携えて
        戻りました。

        すると
        クルマは
        すでに無事
        わだちから脱出できて
        いました。

        どなたか
        男性の方が
        運転を代わられて

        さらに通学途中の
        高校生たちが
        協力して
        クルマを
        押してくださったとのことです。

        私は
        結局
        何もできずじまいでしたが

        無事に
        脱出できて
        感謝でした。

        何もできなかった
        私に対して
        女性ドライバーの方が
        何度も頭を下げられて

        「すいませんでしたあ。」

        「ありがとうございましたあ。」

        とおっしゃるものですから
        とても
        恐縮してしまいました。

        私は
        運転が下手なので

        代って運転してあげる
        勇気はありませんでした。
        他人様の立派な
        クルマに
        もしものことがあったら

        思ってしまいます。

        しかも
        この時
        このわだちにはまった状態の時

        対向車と
        接触していて
        その対向車も
        動けずじまいだったのです。

        運転の仕方次第では
        対向車のボディに傷を
        つけかねません。

        何はともあれ
        代りに運転された
        男性の方の
        勇気と優しさと

        手伝って
        押してあげた
        高校生たちの
        優しさに感謝です。

        私も
        1人で
        押そうとしないで
        高校生たちに

        「君たち!
        ちょっと手を貸してくれないか!」

        とヘルプを
        呼びかけても
        よかったなあと

        自らの
        行動を
        顧みました。

        ここで

        聖書の中のストーリーを
        思い出しました。

        1人の中風の方を
        4人の人が
        力を合わせて
        かついで

        イエス様のところに
        屋根をひっぱがして
        イエス様の前に
        床を吊り下すという
        大胆不敵な
        行動が記録されているのを
        思い出したのです。

        数日たって、イエスがカペナウムに
        また来られると、
        家におられることが知れ渡った。
        それで多くの人が集まったため、
        戸口のところまですきまもないほどになった。
        この人たちに、イエスはみことばを話しておられた。
        そのとき、ひとりの中風の人が
        四人の人にかつがれて、
        みもとに連れて来られた。
        群衆のためにイエスに
        近づくことができなかったので、
        その人々はイエスのおられる
        あたりの屋根をはがし、
        穴をあけて、中風の人を
        寝かせたままその床をつり降ろした。
         イエスは彼らの信仰を見て、
        中風の人に、「子よ。あなたの罪は赦されました。」
        と言われた。
        (新約聖書 マルコの福音所2:3〜5)

        1人では
        運べないけど
        4人で力を合わせれば
        できると
        判断したのですね。

        ヘルプを呼びかけた
        のですね。

        ある米国人が

        「9:11がきっかけで

        それまで
        米国内にあった

        「自分のことは自分でやる
        人の助けは要らない」

        といった個人主義的
        風潮から

        困った時は
        「ヘルプ!」
        と叫んでいいんだ

        と言う風潮に変って
        よかった。




        おっしゃっておられた
        コメントを思い出しました。

        私たちも
        3:11で
        似た教訓を
        いやと言うほど
        学ばされていますね。

        今日も
        1人だけで
        悩まないで

        1人だけで
        苦しまないで

        1人だけで
        乗り越えようとしないで

        1人だけで
        解決しようとしないで

        ヘルプ !

        と叫び合いましょうか!

        もし
        あたりを見回して
        ダレモ見当たらない場合は?

        そういう場合は

        ケイタイデンワ?

        でも
        ケイタイデンワでも
        トラブルで
        不通になるアクシデントが
        最近
        頻発していますよね。

        横を見て
        誰も
        見当たらない場合は

        上を向いて

        そう

        全知全能の神様に向かって

        ヘルプ!
        と叫びましょうか!

        天地を創造されて
        人の姿をとって
        この地上に来られて
        私たちの
        罪を背負って
        十字架で
        身代りに死んで
        よみがえられて
        今も生きておられる
        キリストは

        ヘルプ!

        と叫ぶ
        あなたや
        私のことを
        決して
        そのまま放置しておくことは
        ありませんから!


        私は苦しみの中に主を呼び求め、
        助けを求めてわが神に叫んだ。
        主はその宮で私の声を聞かれ、
        御前に助けを求めた私の叫びは、
        御耳に届いた。
        (旧約聖書 詩篇18:6)

        主を呼び求める者すべて、
        まことをもって
        主を呼び求める者すべてに
        主は近くあられる。
        (旧約聖書 詩篇145:18)


        ある女の子が

        誰もいない
        暗い夜道で
        痴漢に
        襲われそうになって

        イエス様!

        と叫んだら

        なんと
        その痴漢は
        あわてて
        逃げていった
        という実話を思い出しました。

        この時

        誰か助けて!

        と叫ぼうものなら
        「だまれ、声を出したら
        殺すぞ!」
        とかえって
        強迫されかねません。

        「誰か助けて!」だと
        誰もいないかのような印象を
        自分にも相手にも
        与えかねません。

        イエス様は
        天にも地にも
        満ちているお方です。

        今日
        本当に
        苦しい場面に
        直面したら

        この女の子のことを
        思い出して

        ためしに
        「イエス様!
        助けて下さい!」
        と叫んでみることを
        お勧めします。

        そうすれば
        神の奇跡が
        起こると
        私は信じています!

        数年前
        釧路管内
        厚岸町の
        病院の集中治療室に
        呼ばれました。

        1人の高齢の女性の方が
        癌の末期で
        全身苦痛状態でした。

        その方の息子さんから
        依頼されて
        お祈りに
        うかがったわけです。

        うめきながら
        その女性の方は
        苦しんでおられました。

        「どこが痛いですか〜」

        「全身です〜」

        私は

        祈りました。

        そして

        「イエス様!
        と叫んでみて下さい。

        十字架で
        私たちのために
        釘付けられて
        死んでよみがえられた方ですから・・・・」

        この方は
        藁をもつかむような
        思いで
        全身振り絞る声で

        「イエス様〜」

        と叫ばれました。

        少しして

        おそるおそる
        尋ねてみました。

        「どうですか」

        「楽に
        なりました!」

        私自身驚きました。

        この方の
        本当の苦しみは
        肉体的な苦痛もさることながら

        苦痛の状態
        孤独の状態の中で

        誰に向って
        叫んだら
        いいのかわからなかったこと

        誰の名前を呼んだらいいか
        わからなかったことなのです。

        人間というのは
        究極の苦しみの中で
        誰かの
        名前を叫びたいのですね。

        ある人は

        お父さん
        おかあさん

        と叫びます。

        ある人は

        夫や
        妻の
        名前を
        叫びます。

        でも
        両親や
        配偶者は四六時中
        スタンバイしている
        わけでもありませんし
        その力も
        ありません。

        私たちを
        究極の苦しみの中から
        救うことができるのは

        両親や
        配偶者を含めた
        天地万物を
        創造された方

        そう
        イエスキリストなのですね!


        「主(イエスキリスト)の御名を呼び求める者は、
        だれでも救われる。」
        のです。
        (新約聖書 ローマ10:13)



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        ザ・マジックアワーの「笑い」
        0

          単なるどこにでも
          ありそうな
          コメディ映画
          ではありませんでした。

          マジックアワーって?

          日没後の
          「太陽は沈み切っていながら、
          まだ辺りが残光に照らされている
          ほんのわずかな、
          しかし最も美しい時間帯」
          を指す写真・映画用語だそうです。
          転じて本作では
          「誰にでもある
          『人生で最も輝く瞬間』」
          を意味する
          のだそうです。

          「マジックアワー」
          2008年に製作された
          三谷幸喜監督映画です。

          このDVDを中学生の
          息子と観て
          大笑いしました。

          実は
          まず1人で
          観て
          大笑いして

          これは
          息子も
          きっと
          おもしろがるはず・・・と
          思って
          受験勉強で
          張り詰めた
          心をほぐすためにもと
          紹介したわけです。

          (「受験が
          終わってからに
          してちょうだい!」
          とのおとがめもありましたが・・・)

          もう一度
          観たいと
          思わせてしまう
          魅力が
          あります。

          三谷幸喜さんでないと
          こういう発想は
          まずできないだろうなあと思う
          おもしろい展開の連続です。

          単なるコメディではなく
          きわめて人生についての
          重要なテーマも
          ちりばめている点が
          実に味わいがあります。

          三谷幸喜さん製作の
          映画は
          ほとんど
          映画館もしくは
          自宅でレンタルで
          家族で「みたに」違いないなあと
          思うほどです。

          1日
          5回程度
          腹を抱えて笑うことが
          心身の
          健康にいいと
          ある医師が
          おっしゃっておられましたが・・・。

          一役買いそうです。

          心地よい笑いは
          生活に潤いを
          与えますよね。

          それにしても
          マジックアワーという
          言葉には
          「人生で最も輝く瞬間」
          という深い意味があるとは
          知りませんでした。

          神様が
          今日という
          1日の中で

          このブログをご覧下さっている
          お一人お一人に

          ふさわしい
          ささやかかもしれませんが

          素敵な
          今日のマジックアワーを
          備えてくださいますように。

          神のなさることは、
          すべて時にかなって美しい。
          神はまた、
          人の心に永遠を与えられた。
          しかし人は、神が行われるみわざを、
          初めから終わりまで
          見きわめることができない。
          (旧約聖書 伝道者の書3:11)



          「素敵な金縛り」も
          楽しみ・・・です。

          台湾公演では
          バカウケしたそうで
          試写会会場で
          5秒に1度くらい
          笑いが起こったとか?

          私たちに
          最高の
          笑いを備えてくださる
          人生の総監督は
          創造主なる
          神様ですねえ。

          神様が
          私たちの口に
          最高の笑いを
          満たしてくださる時が
          必ず来ることを
          信じて
          今日も希望を抱いて
          歩んでいきましょう。

          ザッツ ザ マジックアワー!

          そのとき、
          私たちの口は
          笑いで満たされ、
          私たちの舌は
          喜びの叫びで満たされた。

          そのとき、国々の間で、
          人々は言った。
          「主は彼らのために大いなることをなされた。」
          (旧約聖書 詩篇126:2)
           

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          どんな人でも変えられる!
          0

            昨晩は
            釧路刑務支所にて
            1人の男性の
            方と宗教教誨の
            時を持ちました。

            一対一だと
            他の受刑者の方々への
            気遣いや
            警戒心を抱く必要がないので
            とても心を開いて
            ご自分の心のうちを
            話してくださいました。

            表情も
            いつもより
            穏やかで
            安心しきって
            おられるようでした。

            まるで
            幼児のようでした。

            1時間という
            制約の中で
            ゆったりと
            語り合いました。

            なんで
            この方が

            刑務所に
            いるのか
            わからなく
            なってしまうほどです。

            この方は
            1年半ほど
            聖書の言葉に
            触れておられます。

            キリストの言葉は
            人の心も
            表情も
            造り変えてしまう事が
            できるのだなあと

            つくづく思います。

            最初に
            お会いした時と
            別人のようです。

            神の前に
            罪を悔い改めて
            イエスキリストを
            自らの
            救い主として
            信じて
            歩まれると

            こうも
            変えられる
            ものなのですね。

            イエスは
            今も
            生きておられることを
            実証するかのようです。

            この方と
            次に
            お会いできるのは
            2ヵ月後です。

            かつて・・・

            釧路で
            薬局一家殺人事件という
            悲しい出来事がありました。

            釧路市民で
            当時のことを
            知る人は
            きわめて少なくなって
            きていることでしょう。

            この事件の裁判で
            死刑宣告を受けられた
            Aさんは

            札幌拘置所で
            手のつけられない
            粗暴な態度を
            繰り返し
            刑務官の方が
            さじをなげるような
            状態でした。

            刑務官の方が
            キリスト教の
            宗教教誨師に
            Aさんのことを
            委ねました。

            Aさんは
            聖書の言葉に触れてから
            みるみるうちに
            変えられ

            態度や
            素行が
            がらりと
            変えられ

            拘置所でAさんの
            ことを
            知る人は
            みな
            驚きました。

            Aさんは

            内側が
            生まれ変わったような
            状態で

            死刑執行の日を
            迎えられました。

            Aさんに
            聖書を語られた
            その教誨師さんから
            直接聞いた
            話しですが・・・


            Aさんは
            心から罪を
            悔い改めて
            イエスキリストの
            十字架のあがないを
            信じて
            罪の赦しと天国を
            を信じつつ

            この地上で
            犯した罪の
            報いを慎み深い
            態度で
            受け取るべく
            絞首場へと
            祈りをもって
            進まれたとのこと

            どんな極悪非道と
            思われている人も
            聖書を
            とおして
            キリストの
            いのちがけの
            愛と出会うときに
            変えられるのですね。

            それは
            刑務所の
            中でも
            外でも
            同じことですね・・・。

            あきらめないで・・・

             イエスはこれを聞いて、
            彼らにこう言われた。
            「医者を必要とするのは
            丈夫な者ではなく、
            病人です。
            わたしは正しい人を
            招くためではなく、
            罪人を招くために
            来たのです。」
            (新約聖書 マルコの福音書2:17)

            だれでも
            キリストのうちにあるなら
            その人は
            新しく造られた者です。
            古いものは
            過ぎ去って
            見よすべてが新しくなりました。
            (新約聖書 2コリント5:17)




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