「キンレンカを愛でる人」(その1)
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    30年の長きにわたって

    釧路市美原で

    キンレンカの栽培を

    されておられる平野さん宅を訪ねました。

     

    「平成の花さかじいさん」

    ご自分のことを笑顔でそのように

    紹介される平野さんは

    キンレンカをこよなく愛でる人

     

    この区画は平野さんが

    3年かけて

    栽培したもの

    形容しがたい美しさです。

     

     

    千枚通しなどを用いて

    まめに雑草を、

    根こそぎ取られている平野さん。

    「余計な栄養分をとられないように・・・」

    早朝4時台から・・・

     

    釧路市美原のこの地区は

    平野さんの

    心をこめた

    キンレンカが

    街路を明るくしています。

     

     

    雑草皆無

    驚くべき手入れのこまやかさ

     

    誰もが

    散歩したくなる

    キンレンカロード!!

     

     

    30年前、キンレンカを

    植える一つのきっかけになったのは

    コンビニの出現

    だったそうです。

     

    店の周りが

    ごみくずなどで汚されて

    心痛められ

     

    美しい景観を作ろうと

    思い立たれた平野さん

     

     

    平野さんのご自宅前

    こんなキンレンカの

    飾り方

    なんと趣があることでしょう。

     

    灰色一色の

    日本庭園風のお庭に

    暖かい色の

    アクセント

     

    癒される構図です。

     

     

     

     

     

    息を飲むほどの

    美しさ

     

    うっとり

     

    キンレンカの栽培適地は

    冷涼な長野県の高原地帯と

    道北・道東の一部に

    限定されるそうです。

     

     

    公募によって「釧路市の花」とされた

    キンレンカを

    美原じゅうに

    咲かせたいとおっしゃる

    平野さん

     

    私は、桜ケ岡でも

    広げたい

    そう思わされました。

     

    かつて私どもの教会堂の

    正面に

    キンレンカが

    植えられた時

    パーっと明るくなって

    皆がうきうきしながら

    教会堂に入ったことを

    昨日のように

    思い出します。

     

    釧路じゅうに

    キンレンカロードが

    広げられたら

    釧路は

    さぞかし、明るい雰囲気に

    なるでしょうねえ。

     

    地には花が咲き乱れ、

    歌の季節がやって来た。

    山鳩の声が、私たちの国に聞こえる。

    (旧約聖書 雅歌2:12)

     

     

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    「つなぎ役」
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      町内で、ご高齢のご夫妻Aさんが

      お悩みごとをかかえておられることを

      知ったご近所の方が

      「民生委員のやまがたさんに

      相談したらいいよ」

       

      ということで

      Aさんから、お電話をいただき

       

      お悩み事の概要を伺ってから

      ご訪問させていただく前に

      福祉行政のいくつかの機関に

      問合せてから

      Aさん宅に訪問させていただき

      お話をうかがいました。

       

       

      健康面、

      家族関係、

      経済問題、

      さまざまな問題を

      抱えておられ

      お悩みでした。

       

      「助けて下さい!」

      私より40年ほど長く生きておられる

      人生の大先輩から

      合掌されながら

      懇願されると

      極めて恐縮してしまいます。

      自分の無力さを痛感させられます。

       

      何とかして最善の方法を

      と考えて

      しかるべき専門家へと

      即座におつなぎする

      それが民生委員の務め。

       

       

      極力

      笑顔で

      「ご安心くださいね。

      〜ですから。」

      と申し上げるようにしています。

       

      自分自身ができることは

      お話を伺ってうなづくこと。

       

       

      「いやあ、それは大変ですね〜。」

      「いやあ、それは、おつらいでしょう〜。」

      「いやあ、それは〜でしょう。」

       

      お話を伺いながら

      やがて

      自分自身も

      同じような境遇とされる

      可能性も

      意識されます。

       

      2017年3月現在、

      釧路市東部南地区人口は22,475人

      全市173,223人の13.0%

      高齢化率42.1%(全市31.4%)

       

      私の居住地は

      かつては太平洋炭鉱が栄えた時には

      若年層、壮年層が多くいましたが

      現在は

      釧路市内の中でも

      とりわけ

      高齢化率が高い地域となっています。

      それだけに

      ご近所の助け合いが

      より必要とされているのだなあと

      思います。

       

       

       

      私が現在

      ボランティアとして携わらせていただいている

      民生委員、保護司、刑務所教誨師いずれも

      「つなぎ役」「かけ橋」の働き

       

      そして私の「牧師」としての

      働きも

      人に救い主イエス様を

      ご紹介させていただくという点では

      やはり「つなぎ」の役割

       

      苦しみ、痛み、傷つき、悩む人を

      もっともふさわしく助けることのできる人のところへと

      迅速につなぐために

      精進させていただきたい

      と願っています。

       

       

      人類の歴史史上

      最高のつなぎ役は

      イエス・キリストでしょうねえ。

       

      何せ

      主イエスは、私たち罪深い人間を

      聖にして父なる神

      につないで下さる

      唯一の救い主であり、

      仲介者ですものね!

       

       

      そして

      教会は

      主イエスと人々との

      つなぎ役かなあ。

       

      神は唯一です。

      また、神と人との間の仲介者も唯一であって、

      それは人としてのキリスト・イエスです。

      (新約聖書 1テモテ2:5)

       

       

       

       

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      釧路のラーメン店は「仲良し!」
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        これはマーボー豆腐風味のラーメン

        辛口

         

        舌がぴりぴりしますが

        美味しいです。

        黒胡麻が入っているよう

         

        辛いのに食べたくなる

        ピリピリするのに

        食べたくなる

         

        そう思わせる

        奥深さというか

        不思議な力が

        このラーメンには満ちています。

         

         

        帰省中の長男坊が

        釧路を離れるにあたって

        最後に訪れる店として選択したのは

        ラーメン店「豪壱」さん

         

        店主の方が

        もともと中華料理を

        扱っておられただけあり

        中華料理風の味付けメニューが

        豊富

         

        炙りチャーシューの味噌味
        とても濃厚でさまざまな
        隠し味が入っているのでしょう。
        絶妙の味噌味
        汁を一滴残らず飲みほしたい
        そう思わせる味です。
        汁を残す方法は
        ただひとつ
        席を離れるしかない
        そう思わせる味でした。
        (健康診断していない若かりし時代なら
        間違いなく飲みほしていたことでしょう・・・)
        私は、この日
        味噌味に感動を覚えましたが
        このお店の
        醤油味は絶品だそうです。
        北海道中のラーメン店の
        醤油味のみを
        食べ回っておられる
        ラーメン評論家A氏が
        「豪壱」さんの醤油味は
        「北海道一美味しい」
        称賛されています。
        次回は
        醤油味ぜひ楽しみにしています。
        梅なめこミニライス
        とっても色鮮やか
        シソ風味のご飯に良くマッチしています。
        甘酸っぱい食感は
        絶妙で
        しょっぱい味噌ラーメンの
        後の甘酸っぱさ体験は
        舌をこれでもかと
        楽しませてくれる
        豊かな味覚を喚起させてくれる
        奉仕精神が
        みなぎったメニュー作り
        お客さんが絶え間なく
        訪れるのも
        うなづけます。
        それにしても
        梅肉をまぶして
        きれいな色を放たせる
        人工着色ならぬ
        自然着色
        こんなきれいでヘルシーなさくら色のなめこは
        見たことがありません。
        通常メニューも
        豊富でユニーク
        注文の際に
        選択に苦慮しますが
        加えて
        夏メニューの多さを見ただけで
        店主の研究熱心さが
        伝わってきて
        感動さえ覚えました。
        メニューの「すだちそば」に
        目が留まりました。
        食べたことがないのですが
        シュワシュワするとのことです。
        「主は主は」が口癖の
        キリスト者には
        人気メニューになるかも
        学生さん割引メニュー(無料メニュー)があり
        学生さんたちにとても人気が
        あるようです。
        加えて
        ファミリー客や
        カップルも多いようです。
        ここは
        ひとりで来るよりも
        何人かで訪れて
        異なった品を
        注文して
        お互いに
        異なった味を
        堪能し合う
        そういう食べ方が
        お勧めかもしれません。
        まさにそれは
        中華料理店のイメージを
        彷彿させるものがあります。
        閑静な住宅街に
        ありますが
        お客さんが
        ひっきりなしに来ていました。
        釧路市内のラーメン屋さんは
        仲良し!
        通常ラーメン店どうしは
        戦国武将のように
        群雄割拠
        次男坊のいる横浜では
        昨日までやっていた
        ラーメン屋が
        今日「忽然と」姿を消す
        現象(競争についていけず・・)があり
        タクシーの運転手さんが
        戸惑う事態が生じています!
        熾烈なお客さんの争奪戦を
        繰り広げる
        イメージが
        ありますが・・・
        釧路は2003年に
        「釧路ラーメン麺遊会」という
        同好会のようなものができて
        ラーメン店どうしが
        市民をも巻き込んで
        お互いに情報交換し合い
        励まし合っています。
        「つぶし合い」をすることなく
        「建て上げ愛」がなされ
        素晴らしいです。
        おのおのの店が
        その店でしか味わえない
        オリジナリティーに
        誇りをもちながら
        なおかつ
        お互いの
        お店の個性を
        尊重し合っている
        自分の店の繁栄だけでなく
        仲間の店(同業者)の繁栄も願う
        ああ、なんて麗しい関係でしょう。
        このようなムーブメントを
        全国に広げたいと言う
        ビジョンも素晴らしいと思います。
        何と「釧路ラーメン麺遊会」の
        方は、釧路市内の小学校に
        訪問されて
        「食育授業」にも
        貢献されています。
        地元の教育界に貢献されています!
        (板書の字の達筆さは、プロ教師もたじたじするほど)
        PTAの研修会でも
        こどもたちの保護者の皆さんにも
        美味しいラーメン講座を
        されて
        その技術をおしみなくシェアされて
        釧路の家庭料理にも貢献されています。
        さらに、驚くべきことに
        釧路市長選の際
        市民の皆さんが
        投票へ行けるように
        「麺遊会」の皆さんは
        投票率向上キャンペーンを
        行われました。
        このようにして
        釧路の行政にも
        貢献されているのですね!
        ジーン!!!
        さらに
        先月、新生釧路市民球場で
        行われたファイターズの公式戦では
        なんと午前8時から
        ストライク・フェスタなる試みを
        されて盛り上げて下さいました。
        ・・・このように、教育、家庭、行政、スポーツ・・・
        釧路のラーメン屋さんは
        私たち釧路市民の生活の様々な分野に
        貢献されているのですね。
        ああ、なんという故郷愛に満ちた
        お取り組みでしょう!
        このような地域愛をもって
        仕えているラーメン店は
        全国的にも
        珍しいのではないでしょうか。
        今月26〜27日には
        ら・フェスタ2017が行われるそうです。
        約8万人も訪れるそうです。
        ラーメンを通して
        町を元気づけようとする
        試みがますます
        祝福されますように!
        「麺遊会」にならって
        釧路で他の種類の飲食店も
        同業者同士が
        お互いにそのような
        友好的サークルを作って
        活動されたら
        町はますます
        活気づいて
        いくことでしょうねえ。
        もし
        それぞれのお店が
        「俺の店の味の方が
        勝っているぞ!」
        「他の店から学ぶことなんか何もない!」
        ・・・そんな傲慢な思いを抱いたら
        とても麺遊会は
        成り立たないでしょう。
        お互いがお互いから
        学び合おうとする
        その謙虚な姿勢が
        この会の持続力となるのでしょうね。
        私たちの人間関係
        とりわけ同業者同士の関係は
        そうでありたいですね。
        兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、
        尊敬をもって
        互いに人を自分より
        まさっていると思いなさい。
        (新約聖書 ローマ書12:10)
        何事でも自己中心や虚栄からすることなく、
        へりくだって、
        互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。
        (新約聖書 ピリピ書2:3)
        ですから、あなたがたは、
        今しているとおり、
        互いに励まし合い、
        互いに徳を高め合いなさい。
        (新約聖書 汽謄汽蹈縫隠機В隠院
        「釧路ラーメン麺遊会」の皆さんの
        お働きを見ていると
        「アーメン
        (ヘブル語で、「信頼できる」、「しっかりした」を語根とする
        「その通り」「確か」の意味)
        叫びたくなりますねえ!
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        お蕎麦屋さんが豊富な釧路
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          帰省中の長男の誕生祝いに

          長男がお好みのお蕎麦屋さんへ

          行きました。

          元祖「かきそば」で有名な「玉川庵」さん

          写真左下に注目すると

           

          たくさんの牡蠣の貝殻が

          山積みされていました。

           

          このお店は歴史と伝統があり

          多くの観光客、ビジネスマンも

          訪れます。

           

          駐車場を見ると

          ベンツ、BMW、フォルクス・ワーゲン、

          ジャガー、アウディ・・・

          外車がずらりと並んでいて

          驚きました。

           

           

           

          店内は多くのお客さんで

          あふれるばかりでしたが

          このお店の不思議なところは

          どんなにお客さんが多くても

          店内が不思議と「静か」なことです。

           

          3つの理由があろうかと思いました。

           

          一つ目は味が絶妙なので

          お客さんが

          味わって食べることに集中するために

          おのずと言葉が少なくなる

          と言うこと

          (これは、小学校の学校給食のときに

          こどもたちの大好物のメニューの時には

          静かになるのと似ていますね。)

           

          二つ目は

          店内の雰囲気が

          古風で趣があり

          採光も薄暗く

          静寂さが漂っていること

           

          三つ目は

          お客さんが

          静かで、上品な方々が多いこと

          (わたしらの声が一番うるさかったかなあ・・・)

           

          壁には熊の毛皮が・・・

           

           

          私は「かしわ蕎麦」をいただきました。

           

          かしわの「かみ」ごたえの感触が

          「神」がかっていました。

           

          やはり

          作りたての

          手打ちそばの麺は

          とても重厚感があります。

           

          30年ほど前

          このお蕎麦屋さんを校区とする

          中学校で

          教鞭をとっていて、

           

          現店主のご長男がおられた

          クラスの

          社会科を担当させていたことがあり

           

          この日、ご子息が

          お店にいらっしゃるかなあと

          思って、そっと覗き込むと

          一生懸命麺打ちに励んでおられました。

           

          偉大な先代たちが

          築かれた

          伝統の極上の味を

          引き継いでいくことには

           

          並々ならぬ努力と

          修練を要するでしょうが

          昔の教科担任のひとりとしても

          応援しています。

           

          教員時代は

          校区の

          飲食店で

          お食事を

          することは

          私も含めて

          多くの教職員は

          控えていたように思います。

           

          というのも

          保護者関係者が

          働いておられることが

          多いため

          お互いに気を遣って

          しまうので・・・

           

          20〜30代の頃は

          ラーメン派だった

          私も

          40代以降は

          蕎麦派へと変わってきたように思います。

           

          美味しいお蕎麦屋さんが

          たくさんある釧路に住めることは

          とても幸せなことです。

           

          さらに幸せなことは、

          罪深い私の身代わりに

          十字架で死んでよみがえられたお方が

          いつでも

          私の「そば」にいて

          下さることです。

           

          やがて

          主イエスにまみえる時

          主イエスの方が

          忠実なしもべたちの

          「そば」で

          給仕して下さる

          という聖句は極めて

          驚きです。

           

          (この真理は、ふだん、教会で語られる機会が少ないかも・・・)

           

          ・・・まことに、あなたがたに告げます。

          主人のほうが帯を締め、

          そのしもべたちを食卓に着かせ、

          そばにいて給仕をしてくれます。

          (新約聖書 ルカの福音書12:37)

           

          何はともあれ

          今日、私たちが

          さまざまな試練の中にあって

          「愛する者のそばにいることの幸せ」

          「愛する者がそばにいることの幸せ」

          かみしめ、よく咀嚼し

          味わいながら

          歩めますように。

           

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          釧路湿原・・・「神の愛の皮袋」
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            帰省中の長男坊が

            必ず行きたがる場所

            「釧路湿原」

             

            この日も

            次から次へと絶え間なく

            人が訪れていました。

             

             

            昨年の秋に道東を襲った

            台風の被害で

            十勝地方は多くの川が氾濫し

            橋が次々に倒壊しましたが

            釧路地方は

            川の氾濫も橋の倒壊も

            川下の釧路市街地の

            水害もほとんどなかったのは

            釧路湿原のおかげといわれています。

             

            この釧路湿原の湿地帯が

            多くの雨水を吸い込む

            スポンジのような役割を

            果たしてくれました。

             

            事実

            昨年の台風の後

            この湿原展望台から

            ながめると海のような状態であったと

            言われています。

             

            今まで湿原と言うと

            土地開発に不適当な

            単なる「湿地」

            見るだけで厭きてくる

            役に立たない「湿地」という

            イメージでとらえられてきた

            観があります。

             

            しかし、創造主が造りたもう

            この湿原は

            あたかも

            神様の愛の皮袋のよう

             

            神様は

            私たちがこの地上で流す

            あらゆる悲しみ

            苦しみの涙を

             

            一粒残らず

            地にむだに落とさせることなく

             

            ご自身の愛の皮袋に

            蓄えて下さる。

             

            そして

            その皮袋が一杯になると

             

            その皮袋から

            無数の宝石が

            あふれてくるよう・・・

             

            慰めに満ちたもう神は

            私たちの涙のしずくの数を

            宝石の数へと変えて下さる

             

             

            あなたは、私のさすらいをしるしておられます。

            どうか私の涙を、あなたの皮袋にたくわえてください。

            それはあなたの書には、ないのでしょうか。

            (旧約聖書 詩篇56:8)

             

             

            この日、展望台を訪れる

            多くの方々は

            お忙しい方が

            多かったかもしれません。

             

            せいぜい

            1分ほどながめて

            写真を撮って

            移動される方が多かったようです。

             

            わずかな時間で

            移動するのは

            もったいないと

            思える地点ですが。

             

            私たちは、しばらくそこで

            時間を費やし

            美味しい空気を吸いながら

            湿原を眺めていました。

             

             

            8月のお盆前ですが

            この日は早朝ストーブをたくほどの

            低温の釧路でした。

             

             

            眼下に広がる湿原を

            背に向けても

            緑満載の細岡

            どこを背に写真を撮っても

            素敵です

             

            湿原展望台に

            旅行者案内されている

            と思われる地元ドライバーの方が

            お話されていました。

             

            「この湿原は、

            専門家でない、わたしら素人が

            歩くと

            ズぼっと全身、

            埋まって出てくれなくなるんですよ。

             

            それを

            「谷地眼(やちまなこ)」って言うんですよ。

             

            実際、たくさんの

            ブルドーザーが

            この湿原には

            埋まっているんですよ。」

             

            「こわいっすね〜」

             

            一方、反対側では

            環境省の

            レインジャー案内役の方が

            これまた旅行者と思しき方々に

            オオハクチョウと

            コハクチョウの生態に

            ついて

            紹介されていました。

             

            展望台におられる

            お二人の案内人の

            それぞれの

            湿原についての説明が

            とても対照的なのが

            聴いていて

            とても興味深かったでした。

             

            同じ湿原を見て

            「おっかない場所」という

            イメージを抱くか

             

            「素敵な場所」という

            イメージを抱くか

             

            説明のされ方で

            ずいぶんと違ってくるなあと

            思わされました。

             

            私も、旅人をこの場所に

            お招きするときに

            どのように説明しようかと

            思いめぐらしました。

             

            「湿原」で「失言」だけはしないように

            気をつけたいと

            思いました。

             

             

            「やちまなこ」の存在は

            地元釧路の方でも

            ご存知でない方が

            いらっしゃるかもしれません。

             

            試しに入るなんてことは

            とても危険なことですし

            近くに寄ることも

            ないでしょうし・・・

             

            いわゆる「底なし沼」のようなものですね。

             

            プールであっても

            足がつかないところでは

            怖くて泳ぐことさえできない

            私にとっては

             

            「やちまなこ」の存在は

            怖いなあと思います。

             

            聖書の中で

            苦しみの中で祈る人の

            祈りが紹介されています。

             

            私は深い泥沼に沈み、

            足がかりもありません。

            私は大水の底に陥り奔流が

            私を押し流しています。

             

            私を泥沼から救い出し、

            私が沈まないようにしてください。

            私を憎む者ども、また大水の底から、

            私が救い出されるようにしてください。

            (旧約聖書 詩篇69:2、14)

             

            大雨、台風の時は

            この「やちまなこ」が水を吸い込んでくれて

            ありがたい

            ありがたいけど

            私たちが近づくことは

            危険すぎてできない

             

            この宇宙、自然界には

            ありがたいけど

            近づけないものが多々ありますよね。

             

            太陽なんかもそうですよね。

             

            ありがたいけど

            近づけば

            その炎熱で燃え尽くされて

            しまいます。

             

            創造主なる神様も似ています。

            ありがたいけど

            罪深い私たちが

            聖なる神を

            肉眼で見ると「死ぬ」と

            言われます。

             

            ちなみに神道でも

            ご神体を見ることは

            たとえ神主さんでも

            許されていないと

            友人の神主さんが

            教えてくれました。

             

            本来私たちが近づくことが

            できない目に見えない神さまの方から

            逆に近づいてきて下さった。

             

            本来見ることができない神様が

            見える姿で私たちのところに来られた

            それが

            救い主イエスキリスト

             

            湿原の「やちまなこ」は

            怖くて近づけませんが

             

            主イエスキリストを

            通して

            私たちは、全能にして聖なる

            創造主であり

            父なる神様に

            近づける

             

            安心して

            天のパパ〜、天の父ちゃん〜

            天のダディ〜、天のおやじ〜

            天のお父さん〜

             

            そう言って親しく

            近づくことが

            許されているんです!

             

            したがって、ご自分によって神に近づく人々を、

            完全に救うことがおできになります。

            キリストはいつも生きていて、

            彼らのために、とりなしをしておられるからです。

            (新約聖書 ヘブル書7:25)

             

            今日は日曜礼拝

            私どもの教会でも

            毎週日曜日

            第1礼拝:午前9時〜10時

            第2礼拝:午前10時半〜12時

            第3礼拝:午後5時〜6時

            を行っています。

            初めての方、

            クリスチャンでない方でも

            ご安心しておいでください。

            礼拝を通して

            神様とお近づきになることで

             

            今おもちの

            悩みや苦しみや

            不安や恐れという

            重荷を

            下ろすことができ

             

            いいようもない平安で

            覆われることでしょう。

             

            主イエスのことばをご紹介します!

             

             わたしは、あなたがたに平安を残します。

            わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。

            わたしがあなたがたに与えるのは

            、世が与えるのとは違います。

            あなたがたは心を騒がしてはなりません。

            恐れてはなりません。

            (新約聖書 ヨハネの福音書14:27)

             

            湿原展望台で「ああこんな広がりがあるんだ〜」

            教会は人生の展望台「ああ、人生はこんな広がりがあるんだ〜」

             

            私たちの人生

            誰でも

            苦しみが続けば続くほど

            自分の人生を見る視野が

            だんだんと

            狭くなりやすくなり

            「どうせ、人生なんて・・・だ!」

            虚無的、閉鎖的な人生観に

            なりがちです。

             

             

            しかし聖書を通して

            自分の人生を見る時に

             

            「ああこんな広がりがあったんだ〜」

            希望の光が差し込んで

            自分の人生を見る視野が

            不思議と限りなく広げられます。

             

            そして視野の広がりをもつことこそが

            人生の「ゆ・と・り」を生みだす

            カギとなることでしょう。

             

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