妻の実家へ
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    2017.7.20

    妻の誕生日に妻の実家がある新得町に来ています。

    妻の日頃の愛の労苦に対する感謝を込めて

    また、命がけで妻を命がけで産み、

    育んでくださったお母様への

    感謝を込めて!

     

     

    主は生まれる前から私を召し、

    母の胎内にいる時から

    私の名を呼ばれた。

    (旧約聖書 イザヤ書49:1)

     

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    釧路にも「緩和ケア病棟」!
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      かつて

      ハウスメーカーのCM

      で「〜にも、ダイワハウス」というフレーズが

      ありましたが

       

      「釧路にも、緩和ケア病棟!」と

      口ずさんでいます。

       

      先週

      私どもの教会堂に

      「くしろ緩和ケアネットワーク」の世話人を

      されている

      岡澤林太郎医師が

      訪ねて下さいました。

       

      2時間ほど

      緩和ケアについて

      熱いビジョンの分かち合いの時を

      もつことができました。

       

      私は常々

      緩和ケア病棟が

      この釧路にできたらいいなあと

      過去の拙ブログで

      語らせていただき・・・

       

      たまたま

      岡澤医師が

      私のブログをご覧下さり

      メールをくださった

      ことがきっかけで

       

      何回かメールのやり取りを

      させていただくうちに

      ビジョンが共通する

      手ごたえを覚えて

       

      今回熱く語り合う機会が与えられ

      感謝でした。

       

      岡澤先生自身

      数多くの

      看取りの現場で

      医療的な寄り添いだけでなく

       

      霊的な寄り添いの必要性も

      痛感されて

       

      ぜひご協力いただければと

      とてもご丁寧に

      ご案内をいただきました。

       

      岡澤先生は

      人が最期を迎える時

       

      「医師ができることは

      本当に限られている」

       

      そうおっしゃいました。

       

      患者さんやご家族の心に

      寄り添うとは

      どういうことか

       

      とても真摯で謙遜な

      岡澤先生の

      ご姿勢に

      感銘を受けました。

       

      先日、105歳で

      イエス様のもとに戻られた

      クリスチャン医師

      日野原重明先生も

      緩和ケアの重要性を

      常々強調されていました

       

      日野原重明先生は

      牧師家庭で生まれ育ち

       

      その医療の原点には

      幼いころから

      読み親しんできた

      「聖書」の価値観を土台とした

      人間観がありました。

       

      神のかたちに似せられた

      尊い存在としての

      人間観

       

       

      霊肉魂をもつ

      全人格的な存在としての

      人間観

       

      「わたし(神)の目にあなたは高価で

      尊い」と見なされる

      人間観

       

      そういう人間観が土台にあって

      初めて

      さまざまな医療改革の提言が

      なされてきたのだなあと

      思います。

       

       

      私は

      釧路にも「緩和ケア病棟」が・・・

      祈ってきたこともあり

       

      道が開かれつつあることに

      わくわく期待しています。

       

      現在、北海道内には

      約20ほどある緩和ケア病棟

      があります。

       

      しかし、

      まだ釧路には一つも

      ありません。

       

      緩和ケアに

      重荷のある看護師さんは

       

      釧路から

      緩和ケア病棟のある街へ

      流出していったようにも

      聴いています。

       

      岡澤先生は

      地域に根差した緩和ケア病棟をという

      志が

      昨年の10月に

      与えられ

       

      協力者、理解者の輪が

      徐々に広げられていることを

      伺いました。

       

      岡澤先生のご尽力に

      とても熱意を感じて

      敬意を抱き

      応援させていただきたい

      と思いました。

       

      7年前に

      ご病気の

      お母様を看取られたことを

      きっかけに

      緩和ケアの重要性を痛感され

       

      2012年より

      緩和ケアチームを立ち上げられ

       

      釧路市内の他の病院からの

      がんの患者さんを

      積極的に受け入れられ

       

      すでに

      5年間で100名の方々を

      お見送りされています。

       

      病気を治すことにのみ

      使命を帯びておられる

      医師にとっては

       

      緩和ケアは

      ともすると

      医師としての敗北を認めるようなものと

      思われがちな分野のようです。

       

       

      一般論として

      緩和ケア病棟構想は

      病院経営という視点から見ると

      さまざまな困難さがあるでしょうし

       

      病院職員間でも

      共通理解を得るために

      丁寧な議論を繰り返し行う

      必要もあることでしょう。

       

      厚労省の認可を受けるためにも

      さまざまな条件を

      クリアしなければならないでしょう。

       

      釧路の医療界では

      構想は

      わきおこったとしても

      なかなか実現には

      こぎつけられずにいたようですね

       

      今日、日本の医療では

      先進医療、先端技術が

      注目を浴び

      「治せない病はない」を

      目指す傾向があるように

      思います。

       

      それは

      「必ず治る」という希望を

      患者さんに

      与えようとする

      と言う点で

      素晴らしいと思いますが、

       

       

      他方で

      この地上の最期を

      迎えようとされる方々に

      「人間は死で終わるわけではない」

      というもう一つの希望を

      与える営みも

      全人格的なケアの一環として等しく

      重要であるように

      思います。

       

       

      岡澤先生は

      病む人が

      人生の最期に

      肉体の痛みの緩和のみならず

      いやそれ以上に

      スピリチュアルなニーズを

      抱えておられることに

      注目されておられておられます。

       

      日本における

      ホスピス医療の歴史は・・・

      まずは

      静岡県の

      聖隷三方ヶ原病院という

      聖書のことばに基づいた

      民間病院が

      第1号ホスピス病棟を

      スタートさせ

       

      次いで

      西日本で

      大阪淀川キリスト教病院という

      これまた聖書のことばに

      基づいた民間病院が

      第2号ホスピス病棟

      の認可を

      厚生省から受けて

      日本のホスピス医療のモデルケースとして

      注目を浴びるようになりました。

       

      岡澤先生曰く

      「ホスピスの分野では

      キリスト教の影響がとても大きい」

       

      ホスピスは

      経営利益追求よりも

      むしろ

      強い志もしくは

      信仰といったものが

      土台にないと

      なかなかできない

      働きのように思います。

       

      日本の緩和ケア分野では

      リーダー的な存在として

      後進の方々の指導にあたられている

      クリスチャンの精神神経科医師

      柏木哲夫先生(現淀川キリスト教病院院長)

      という方がおられます。

       

      岡澤先生は、

      9月に淀川キリスト教病院の

      柏木先生の回診に付き添われて

      直々に学ばれる機会が

      与えられたことを

      とても喜んでおられました。

      (私も同行させていただきたいなあ・・・・)

       

      実は、私も大学生時代

      淀川キリスト教病院の

      できて間もないころの

      緩和ケア病棟を

      クリスチャン大学生の研修(KGK)で

      訪ね見学したことがありました。

       

      柏木先生のご著書は

      10冊ほど読み

      たくさんの付箋を

      つけて今でも時折読み返しています。

       

      北見日赤病院の緩和ケア病棟で

      傾聴ボランティアの一人として

      ご奉仕されてきた

      私の友人S牧師は

      私の学生時代からの友人でした。

       

      S師は

      自ら、ガンを患い

      50代にして

      天国に召されました。

       

      S牧師は

      発病されてからも

      体力の続く限り

      ボランティアとして

      緩和ケア病床におられる方の傍らに

      通い続けられました。

       

      S牧師が天に召された後

      クリスチャンでもある

      北見の日赤病院の院長先生夫妻から

      お葉書をいただき・・・

       

      「・・・次に来て下さる方がいなく、

      寂しさを感じています。

      山形先生が近くだったらと

      ふと思ったりしています・・」

       

      と書かれてあったお言葉

      をいただいた時以来

      釧路でも、という思いが

      強くされていました。

       

       

      ああ、主イエスの愛と

      憐れみを

       

      釧路でも

      緩和ケアを必要とされている方々の間に

      お流しすることができれば

      そう

      切望して祈ってまいりました。

       

      何年後に実現するかは

      わかりませんが

       

      釧路で

      病む人のからだだけでなく

      心にもやさしく寄り添う

      全人格的愛の実践の場が

      設けられることを

      願い祈っております。

       

      岡澤先生との

      あっと言う間の

      2時間

      間断なく

      びっちり語り合い

      最後に

      緩和ケア病棟の設立実現のために

      お祈りさせていただきました。

       

      岡澤先生と

      会堂玄関で別れ際

      握手をして

      今後の協力を

      約束し合った時

       

      かつて私が英国留学中

       

      「医師」と「牧師」が

      連携し合いながら

      患者さんに接する光景を見て

       

      日本でもそういうことができたら

      どんなにいいだろうと

      漠然と思い描いていた幻が

       

      幻ではなくて

      現実に近づいている

      手ごたえを感じて

      むしょうに嬉しく

      主イエスが

      これから釧路の医療界でなされることへの

      期待がこみあげてまいりました。

       

      ・・・・・

       

      今回のブログ冒頭の

      案内にある

      講演会・シンポジウムは

      入場無料で

       

      医療関係者だけでなく

      どなたでも自由に入場できるそうです。

       

      ぜひ、興味、関心のおありの方は

      お誘い合わせの上

      お集い下さいすよう

      心からお勧めいたします!

       

      53:4 まことに、彼(主イエス)

      は私たちの病を負い、

      私たちの痛みをになった。

      だが、私たちは思った。

       

      彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。


      53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、

      私たちの咎のために砕かれた。

      彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、

      彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。


      53:6 私たちはみな、羊のようにさまよい、

      おのおの、自分かってな道に向かって行った。

      しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。

      (旧約聖書 イザヤ書53:4〜6)

       

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      合言葉は「もどらない・もどさない」
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        2017.7.17

        社会を明るくする運動の一環としての

        歌謡教室が

        桜ケ岡の会館にて行われました。

        歌謡教室のA先生は

        保護司仲間でもあります。

         

        いつも明るい笑顔で

        歌で地域の方々を

        元気づける尊いお働きをなさっておられます。

         

        ご挨拶に続いて

        先頭バッターで唄われる

        町内会長であり市会議員も

        なさっておられるBさん

        「いい日旅立ち」を熱唱されていました。

        オレンジのシャツが

        とてもお似合いで

        格好良かったです。

         

         

        2番手で登場されたCさんは

        私どもの教会メンバーの

        お姉さまで

        82歳で

        とっても若々しく

        堂々と

        お歌いになられていました。

         

        超満員で

        椅子が足りないほどでした。

         

         

        お昼は

        妻と「フレッシュいちご」さんで

        ワンコイン(5百円)の昼食

         

        この日のメニューは

        野菜カレーで

        お疲れさん会!

         

        社明運動の

        合言葉は

        「戻らない・戻さない」

         

        これは

        「犯罪に〜」

        ということですね。

         

        人間の罪の性質の一つは

        「繰り返しやすさ」

        でしょうか。

         

        再犯防止のために

         

        保護司の皆さん

        保護観察官の皆さん

        更生保護女性会の皆さん

        更生保護法人の皆さん

        矯正施設の皆さん

        裁判所、検察庁、警察の皆さん

        協力雇用主会の皆さん

        BBS会の皆さん

        その他大勢の方々が

         

        日々、それぞれ置かれた場所で

        奮闘されておられることに

        敬意を表します!

         

        ただ・・・

         

        それでも

        人為的な努力、援助、協力だけでは

        いかんともしがたいのが

        わたしたち

        人間の罪の性質

         

        聖書の中に

        次のような聖句があります。

         

        彼らに起こったことは、

        「犬は自分の吐いた物に戻る。」とか、

        「豚は身を洗って、またどろの中にころがる。」

        とかいう、ことわざどおりです。

        (新約聖書 競撻謄蹌押В横押

         

        何よりも

        私たち一人一人が

        自分自身の罪と

        真剣かつ厳しく対峙することが

        肝要なのですが

         

        これがなかなか

        難しいようです。

         

        あなたがたはまだ、罪と戦って、

        血を流すまで抵抗したことがありません。

        (新約聖書 ヘブル書12:4)

         

        「罪に抵抗」するよりも

        「罪と妥協」してしまいやすい

        のがわたしたちの

        生まれながら持つ性質のよう・・・

         

         

        しかし

        そのような私たちの罪のために

        血を流すまで抵抗しただけでなく

        血を流して

        罪の力・死の力をもつ

        悪魔を滅ぼされたのが

        十字架にかかって

        死んでよみがえられた

        イエスキリストでした!

         

        「罪に戻らない・戻さない」

        ための最終手段は

         

        主イエスの命がけの愛

        を知ることに

        あるかなあと

        思います。

         

        自分の罪のために

        悲しんでくれる人

        涙流してくれる人

        同情してくれる人は

        いてくれても

        身代わりに罰を受けて死んでくれる人は

        まずいませんよね。

         

        主イエスは

        私の罪を赦すだけでなく

        私が罪から離れて生きるために

         

        十字架で

        いのちをかけて

        身代わりに刑罰を受けるために

        死んでよみがえられました。

         

        私の罪のために

        いのちをかけるほど

        愛を示してくださった方がいるのだ!

         

        そのことに気づくことができて

        信じることができた人にとっては

         

        罪は憎むべきもの

        罪は厭うべきもととされます。

         

        目に見えない絶対者

        聖にして愛である

        神の存在を

        意識すると

         

        「だれも人が見ていないから

        罪を犯そう」という

        誘惑をはねのけることが

        できるものです。

         

        主イエスの愛に

        ふれると

        人は

        たちまち

         

        罪なんか犯したくない

        罪は大嫌いだ

        罪はくさくてたまらん

        罪なんてこりごりだ

        そういう想いにさせられます。

         

        私はそういう方を

        たくさん見てまいりました。

         

        主イエスの愛に

        戻ることこそ

        罪に戻るための

        最大のけん引力

        になることでしょう。

         

        主イエスは

        死んだ過去の人ではありません。

         

        一度十字架で

        死んでよみがえられ

        今も生きておられ

        私たちが罪を犯さないように

        弁護の祈り

        とりなしの祈りを

        捧げ続けて下さっておられます。

         

        ああ

        なんていう素晴らしいお方でしょう。

         

        主イエスは

        さしずめ

        史上最高の

        弁護士兼保護司といっていいでしょう!

        ハレルヤ!

         

         

        私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、

        あなたがたが罪を犯さないようになるためです。

        もしだれかが罪を犯したなら、

        私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。

        それは、義なるイエス・キリストです。

        (新約聖書 1ヨハネ2:1)

         

         

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        「愛をこめて」(飢餓対策ミニバザー)
        0

          2017.7.16(日)

          飢餓対策のミニバザー

          私どもの教会の

          玄関の小さな一角で

          行われました。

          皆さまのご協力を感謝申し上げます。

           

          ご近所の皆さま

          足を運んで下さり

          ありがとうございました。

           

          ある方は

          2度も足を運んで下さり

          惜しまず

          ご協力くださり

          とても感謝でした。

           

           

          飢餓で苦しむ人々のために

          また

          ご近所で苦しんでおられる方への

          プレゼントとして

          購入して下さる方も

          いらっしゃり

          皆さまのやさしさと

          愛が

          この日は

          1日中

          教会の中に

          普段にも増して

          満ち溢れているようでした。

           

           

          私どもの教会で

          大根を栽培されている農家の方が

          新鮮な獲れたて大根を

          提供されて

          ご近所の方も喜んで

          お買い求めくださいました。

           

          皆さまのおかげで

          あっと言う間に・・・

          売り切れ、感謝、感激

           

           

           

           

          今回のミニバザー

          中心となって

          ご奉仕くださった皆様は

          聖書のことばに促されて

          喜びと感謝をもって

          笑顔で取り組まれておられ

          とっても大きな励ましでした。

           

           

           

          私どもの教会メンバーには

          プロの整体師さんも

          おられて

           

          ご自分の整体の技術を

          飢餓対策のために

          捧げて下さいました。

           

           

          何人もの方々の整体を

          途切れることなくされて、

          なおすがすがしい笑顔

           

          「お疲れさまでした。ありがとうございます。

          大丈夫ですか?

          手がしびれてしまっていませんか?」

           

          そうお訊ねしましたら

          笑顔で

           

          「まだ、5〜6人いけますよ!」

          さわやかなその応答に

          ああ、主イエス様の愛とやさしさと力をいただいて

          仕えておられるなあと思い、

          感謝し

          主のみ名をあがめました。

           

           

           

          私も挑戦!

          なんと作って、お盆に載せて

          販売して回って

          見事、完売!

           

           

          私たちは

          次世代の働き人を

          育てることを

          大切にしています。

           

          なぜなら、この奉仕のわざは、

          聖徒たちの必要を十分に満たすばかりでなく、

          神への多くの感謝を通して、

          満ちあふれるようになるからです。

          (新約聖書 競灰螢鵐硲后В隠押

           

           

           

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          「炎天下での社明運動」
          0

            今朝(2017.7.17)の釧路は

            曇り空で涼しくて快適

            全国で暑さで苦しんでおられる方々を

            ご招待したいほどです!

            我が家にはエアコンはおろか扇風機も

            なければ網戸もありません。

             

            上の写真は

            2017.7.15(土)

            釧路市桜ケ岡

            コープ札幌桜ケ岡店前で

            社明運動(社会を明るくする運動)の街頭活動として

            ティッシュ、ビスケット、パンフを

            保護司会桜ケ岡分区の

            素晴らしい仲間たちで

            配布させていただいたときの光景。

             

            この日は炎天下で

            日中
            ご高齢の方々は

            買い物も含めて

            外出を控えるのではないか・・・

             

            さらには

            同じ日に

            益浦のトライアルにて

            お祭りがあるので

            地域の方々は

            コープではなくて

            トライアルへ

            流れるのではないか・・・・

            そう案じていましたが

             

            それらの予想は

            見事に外れました。

             

            実際は

            次から次へと

            コープさっぽろ桜ケ岡店に

            お客さんが

            ひっきりなしに

            出入りするではありませんか!

             

            今回わかったことは・・・

             

            お車をお持ちでない方が徒歩で

            買い物する場合

            コープ桜ケ岡店を

            便利と感じる人が

            トライアル益浦店よりも多い

            と言うことです。

             

            住宅街の中に位置するコープの利が

            そうでないトライアルに

            勝っているということですね。

             

            また、炎天下は確かにアッついですが

            炎天下の中、歩きながらも

            たどりつくコープ店内は

            涼しいということを

            皆あらかじめ知った上で

            お買い物に来られているということです。

             

            一方、トライアルの祭り会場は

            炎天下の中

            暑い戸外で

            イベントを行うので

            暑さが苦手の方や

            ご高齢の方々や

            体の弱さを自覚する方は

            戸外のイベント参加を

            避けるということす。

             

            なにはともあれ

            皆さん

            笑顔でお声を掛け合い

            喜んで受け取っていただき

            感謝でございました。

             

            この日は

            暑くてしんどいかなあと

            思いましたが

            幸い店頭は日陰

             

            風も心地よくて

            支えられて

            とっても快適にお配りできて

            あっという間に

            すべて配り切り

            感謝でした。

             

             

             

             

             

             

            尊敬してやまない

            曹洞宗のご住職Mさんと一緒に!

             

            わたしたち、宗旨は違っても

            仲良しです。

            共に保護司として

            更生保護のために

            励まし合う仲間です!

             

            Mさんが所属される

            曹洞宗では

            炎天下の暑さの中でも

            熱をびっしり

            吸収するんじゃないかと思うほどの

            黒色の袈裟着用

            しかもその際

            たとえ炎天下でも

            帽子をかぶることは

            ご法度だそうで、

             

            大変だなあと思いました。

            私にはとても耐えられないことだなあ

             

            Mさんはそれでもにこにこされていて

            すごいことだなあと改めて

            尊敬いたしました。

             

            一方、牧師の場合は

            服装も帽子も

            決まりがなく

            自由であることを

            感謝しています。

             

            ただ牧師であろうとなかろうと

            キリスト者の場合は

            いつも着用するよう命じられている大切なものが

            あります・・・

             

             

             

            それは・・・

            主イエス・キリストを着なさい。

            肉の欲のために心を用いてはいけません。

            (新約聖書 ローマ書13:14)

             

             

             

            あなたがたは、以前は暗やみでしたが、

            今は、主にあって、

            光となりました。光の子どもらしく歩みなさい。

            (新約聖書 エペソ書5:8)

             

            社会が本当の意味で

            明るくなる秘訣・・・

             

            私たち一人一人が

            世の光と出会い

             

            自分自身が光の子どもと

            されて

            光の子供らしく歩むことなのですね。

             

            毎年夏に行う社明「運動」

            暑いと、からだの動きが緩慢になりがちな私です。

            からだの方の「運動」不足を

            解消しないとなあ〜

            ゴキゴキ・・・うっ〜!!!

             

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