「おかげさま」の人生
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    みなさん、おつかれさま〜

     

    先日、教会の仲間と

    焼き肉屋さんにて

     

     

    中央の丸いくぼみの

    底に敷かれた

    網の上に

    お肉を載せる時

     

    旧約聖書の幕屋の

    祭壇を

    連想していました。

     

    私どもの教会では

    現在

    毎週旧約聖書の

    レビ記を学び続けています。

     

    レビ記を学べば

    学ぶほど

    イエス様の愛が

    より鮮明に

    伝わってまいります。

     

    旧約時代の

    祭壇の上の

    ささげものは

     

    やがて新約時代

    私たちの罪のために

    十字架で

    いのちを

    ささげられる

    主イエスのいのちがけの愛を

    予表するものでした。

     

    主イエスの

    尊い犠牲のおかげで

    今の

    私たちが

    ある。

     

    おかげさまの

    人生

     

    この2017年

    主イエスの

    犠牲のおかげで

    ここまで

    来られたことを

    感謝

     

     

     

    旧約時代の祭壇のイメージ

    とりわけ

    「毎朝、毎夕」

    ささげられる

    傷のない子羊

     

    それは

    やがて

    罪なきお方として

    この地上を歩まれ

     

    「ただ一度だけ」

    十字架にかかられる

    わたしたちの救い主イエスを

    指し示すひな形でした。

     

     

    その翌日、ヨハネは自分の方に

    イエスが来られるのを見て

    言った。

    「見よ。世の罪を取り除く神の子羊。」

    (新約聖書 ヨハネの福音書1:29)

     

     

    キリストも一度、

    罪のために苦しみを受けられました。

    正しい方が

    正しくない者たちの身代わりに

    なられたのです。

    それは、肉においては死に渡され、

    霊においては生かされて、

    あなたがたを

    神に導くためでした。

    (新約聖書 1ペテロ3:18)

     

    イエス様を

    自分の罪からの

    救い主として

    信頼して告白するならば

     

    誰でも

    どんな罪を犯した人でも

    主イエスの流された血に免じて

    赦され

     

    永遠のいのちにあずかり

    天国が約束されます。

     

    主イエスは

    死んで三日後に

    蘇り

    今も生きておられ

     

    信じる人に

    世の終わりまで

    寄り添い続けて下さる

    パワフルで、ホーリーで、ラブリーな

    お方!

     

    ハレルヤ!

     

    メリークリスマス!

     

     

     

     

     

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    人生とは「倣いごと」なり
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      「ぼくも~!わたしも~!」

      将来のクワイヤさん(?)に

      マイクがやさしく向けられ

      ハレルヤ!

       

      今や道東を

      代表する

      ゴスペルクワイヤとして

      成長途上の

      パワープレイザーズ

       

      今週日曜は

      厚岸にて

      障害者の方々の間で

      クリスマス・ゴスペルを唄い

      とても喜んでいただき

       

      来週土曜には

      釧路刑務支所で

      受刑者の方々と

      刑務官の方々の間で

      クリスマス・ゴスペルを

      唄う予定です。

       

      釧路刑務支所では

      毎年クリスマスに

      パワープレイザーズの

      ゴスペルを聴くのを

      楽しみに待っている

      方々が多いのです。

       

      2017年の

      定例木曜練習もあと残すところ1回

       

      一昨日の練習では

      かわいい幼子たちも

       

      お兄さま、お姉さまたちの

      歌声や踊りに

      倣って

      体を動かしたり

      声を出していました。

       

      次世代のパワープレイザーズの

      おとずれを

      予感させてくれます。

       

      釧路市議会では

      釧路を離れる若者たち

      (大学生、専門学校生)が

      釧路に戻って来やすいように

       

      奨学金の返済援助の提案が、

      ある議員さんから

      なされたという記事を読みました。

       

      高卒後

      進学で

      釧路を離れる若者たちが

       

      カムバックサーモン

      釧路川に戻るサケのごとく

       

      ふるさと釧路の

      様々な分野で

      貢献できるための環境づくりが

      進むと素晴らしいですね。

       

      若い世代にとって

      最大の

      環境づくりは

       

      「こういう人になりたい」

      「この人に倣いたい」

      そう思われる

      人生の先輩が

       

      各職場に

       

      見いだされること

       

      2017年も

      残すところ3週間あまり

       

      次世代のために

      何を遺せるか

       

      内村鑑三先生の

      「後世への最大遺物」を

      思い起こしています。

       

      もちろん

      雇用機会の拡充

      や賃金保障も

      大切でしょうが

       

      どの職場や

      コミュニティにも

      生き方のモデルとなる人が

      いることが

      もっと大切

       

      そのためにも

      われわれ

      ひとりひとりが

      偉大なる高尚な生涯を

      次世代に

      良きモデルとして

      示し遺すことができますように

       

      ちょっと上の世代に

      あたる者たちが

      生き生きと輝いた

      生き方を

      示せるように

       

      まずは

      自らが

      最高のモデルを

      見据えて

      倣い続けていくことが

      必要

       

      「あなたのような生き方をしたい」

      「あなたに倣いたい」

      そう思われる者で

      ありたいものです。

       

      私がキリストにならう者であるように、

      あなたがたも私にならう者でありなさい。

      (新約聖書 1コリント11:1)

       

      キリストこそ

      偉大なる高尚な生涯

      最高のモデル

       

      メリークリスマス in Kushiro!

       

       

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      ママサロン・クリスマス
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        昨日

        私どもの教会堂で行われた

        ママサロンのクリスマス会

         

        ゲームで楽しいひと時

         

         

        親子で

        楽しくゲーム

         

         

         

         

        美味しいクリスマスランチ

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        たこ焼き器を

        利用して

        こんなことも

        できるのですね!

         

         

         

        ごちそうさまでした!

         

        ママさんたちと

        お話しに没頭し

        「このままだと牧師は

        食べるひまなく帰ってしまうかも」

        と案じた

        やさしいスタッフママさんが

        盛りつけて下さって

        「母の愛」を享受!

         

         

         

         

        この日は

        妊娠9カ月のお母様や

         

        ご主人の転勤で

        釧路に来られたママさんら

        もおいでくださいました。

         

        この日の聖書メッセージは

        「受胎告知」の場面から

        語られました。

         

        今日

        「がんの告知」を受けることは

        ご本人にとっても

        ご家族にとっても

        ショックでしょうが

         

        あの時代

        「受胎告知」も

        ご本人のマリアさんにとっても

        ご家族にとっても

        さぞかし

        ショックだったことでしょう。

         

        まして

        当時いいなづけもいた

        マリアにとって

         

        それまで

        自分がいだいていた

        人生設計が

        すべてご破算と

        されたかのように思えた

        神の介入の出来事

         

        それでも

        み使いガブリエルをとおして

        語られる神の言葉に対して

        戸惑いながらも

         

        最終的には

        どうぞ、あなたのおことばどおり

        この身になりますように

        (新約聖書 ルカの福音書1:38)

         

        そのように受け入れて

        自分自身の生涯を

        文字通り神のことばに

        おゆだねした

        マリアの年齢は

        当時

        若干15歳前後

         

         

        あなたのおことばどおり、

        あの人の身に

        この人の身になりますようにとは

        祈れても

         

        自分の身になりますように・・・

         

        そう祈るには

        なお

        しばしば

        逡巡してしまう

        55歳の「わたし」があります。

         

        マリアのように祈る人が

        「自由で、とらわれなく、幸せな人」

        と言えるのでしょうね。

         

        2017年

        毎月一回

        行われてきた

        ママサロンで

        多くのママサンたちと

        幼子たちとの出会いを

        感謝します。

         

         

        「だれでも、このような幼子たちのひとりを、

        わたしの名のゆえに受け入れるならば、

        わたしを受け入れるのです。

        また、だれでも、

        わたしを受け入れるならば、

        わたしを受け入れるのではなく、

        わたしを遣わされた方を受け入れるのです。」

        (新約聖書 マルコ9:37)

         

         

         

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        「そそっかしさの代償」
        0

           

          朝のあわただしさの中

          カーテンを開ける際

          ストーブの上の鍋をひっかけ

          床にこぼして

           

          床上浸湯!

           

          雑巾や新聞紙で

          ふき取りながら

          自分のおっちょこちょいを反省

           

          沸騰していなかった

          ぬるいお湯であったこと

          しかも

          体にふりかからなかったことを

          感謝

           

          小学1年生のとき

          ストーブの上で

          沸騰するやかんを

          倒して

          手足に熱湯をかぶり

          大やけどを負って

          1か月以上入院した日々の

          記憶がよみがえってきました。

           

          あのやけどのケロイドが

          きっかけで

           

          小学4年生の時

          虚弱児施設の

          寮生活で

          言語と身体による

          いじめに遭い

           

          心にも

          傷を受けて

          それが

          トラウマとなって

          高校3年生まで

          尾を引いたことを

          想うと

           

          注意一秒

          怪我一生

          という言葉が示す通り

          そそっかしさの

          代償は

          測り知れないものがあることを

          しみじみと実感

           

          もし

          そそっかしさの

          とばっちりが

          隣人にも

          ふりかかったとしたら

           

          その代償は

          さらに大きなものと

          なったことでしょう。

           

          人生で

          自分自身が

          償いきれない数々の

          罪、あやまちの代償を

          すべて身代わりに

          背負って

           

          十字架にかかられ

          死んでよみがえられた

          キリストを

          もし知らなければ

           

          うつむきながら

          1年365日

          歩むことを余儀なく

          されたであろう私

           

          師走のあわただしさの中

          落ち着いて

          行動するよう

          主が語られているよう

           

          暗誦聖句の

          ひとつを

          思い浮かべつつ

          出てまいります。

           

           

          イスラエルの聖なる方、神である主は

          こう言われた。

          「立ち返って落ち着いていれば、

          あなたがたは救われ、

          静かにして信頼すれば、

          あなたがたは

          力を得る。」

          (旧約聖書 イザヤ書30:15)

           

           

           

           

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          雪をかぶる月
          0

            今朝

            夫婦で

            教会での

            早朝の祈り会からの帰り道

            西の空に

            まあるく輝く月が

            目に飛び込んできました。

             

            あれ、雪がかぶさっているような

             

             

             

            帰宅して

            私の部屋から見ても

            やはり雪がかぶさっているかのよう

             

            ある画家が描いた

            真っ赤な夕焼け空の絵について

             

            「このような夕陽は気象学的には

            ありえません。」

            とそっけなく言った気象学者に対し

             

            画家は言ったそうです。

             

            「ところで気象学的にはあり得ない夕陽を

            あなたは

            見たいと思いませんか?」

             

            すると気象学者は

            「・・・それは、ぜひ見たいものです。」

             

            画家は言いました。

             

            「どうぞ、今、あなたが

            ご覧になっているのが、その夕陽です。」

             

            その話を

            なぜか思い出していました。

             

            事物を

            即物的にしか

            とらえられないとしたら

             

            クリスマスも

            年末年始も

            さぞかし

            無味乾燥なことでしょうね。

             

            「雪をかぶる月なんて

            天文学的には

            ありえない。」と

            おっしゃる方と

            会話を楽しみたいと

            思わされました。

             

            今日も

            1日ささまざまな

            ものが目に飛び込んで

            くることでしょう。

             

            それが

            どのように見えるのか

            どのように見るのか・・・

             

            私たちは見えるものにではなく、

            見えないものに目を留めます。

            見えるものは一時的であり

            見えないものは

            永遠に続くからです。

            (新約聖書 競灰螢鵐判顳粥В隠検

             

            さて、信仰は、

            望んでいる事柄を保証し、

            目に見えないものを

            確信させるものです。

            (新約聖書 ヘブル書11:1)

             

             

             

             

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