「関西からの里帰り」
0

    2019.8.18

    私どもの教会の仲間の

    娘さんご一家(牧師さんご一家)が

    関西からはるばる車で

    釧路まで里帰り

     

    お訪ねくださいました。

    長旅でお疲れと思いきや

    とても生き生きしていらっしゃいました。

    釧路の涼しさ故でしょうか。

     

    とても素敵なご家族です。

     

    それにしても

     

    お母様と娘さん

    さすが親子

    顔の傾き

    体の傾き

    腕の組み方

    脚の角度

    微笑み加減

    似ていらっしゃる・・・

    麗しい親子に

    心ほっこり

     

     

    関西の暑さは

    10月まで続くそう

     

    そういう中にあって

    日々奮闘されて生活されている

    ご夫妻を

    心から尊敬します。

     

    25度を越えると

    思考能力がほぼ停止してしまう私は、

    関西の暑さを伺うと

    釧路以外では

    夏は過ごせないなあ〜

    「夏は釧路から一歩も出たくない症候群」が

    年々増し加わる私

     

     

    主イエスを信じる者たちが

    天の故郷に里帰りすると

    そこでは

    お互いに

    「似ているなあ」ということばが

    あっちでも

    こっちでも

    飛び交っているかもしれませんねえ・・・。

     


    愛する者たち、

    私たちは今すでに神の子どもです。

    やがてどのようになるのか、

    まだ明らかにされていません。

    しかし、私たちは、キリストが現れたときに、

    キリストに似た者になることは知っています。

    キリストをありのままに見るからです。
    (新約聖書 1ヨハネ3:2)

     

     

     

     

    みなさまのワンクリックは
    大きな励ましとなります!

     にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

    カテゴリ:- | 09:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    「台湾からの神の家族」
    0

      国境、民族を越えて

      キリストを信じる

      私たちは

      神の家族!

      2019.8.18

      第2礼拝に

      道内旅行中の

      台湾からの2組のご夫婦が

      ご参加くださいました。

       

      ご一緒に

      おそばを食べ

       

      日本人の姉妹と

      ご一緒に

      岸壁の母を唄ったりと

       

      楽しいときを過ごされてから

      釧路湿原へ

      レンタカーで向かわれました。

       

      会堂から帰られる

      4名の方々を皆で

      玄関にお見送りするとき

       

      「この教会には

      神様の愛が

      十分にあります。」

      と喜んでおっしゃってくださりました。

      ありがたいお言葉です。

       

       

      あらかじめ台湾で

      インターネットで

      私どもの教会の存在を

      教会ホームページから

      調べておいででした。

       

       こういうわけで、

      あなたがたは、

      もはや他国人でも寄留者でもなく、

      聖徒たちと同じ国の民であり、

      神の家族なのです。
      (新約聖書 エペソ書2:19)

       

       

      みなさまのワンクリックは
      大きな励ましとなります!

       にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

      カテゴリ:- | 19:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      知られざる「熊部隊」と「クマの兵隊さん」
      0

        2019.8.17釧路新聞

        「標茶の牛が危ない!」

         

        昨日は

        大雨の中

        標茶原野での

        聖書の学び会
        今回は

        74回目の

        終戦記念日直後ということもあり

        戦時中の話にも花が咲きました。

         

        とりわけ昭和20年7月14日

        標茶でも行われた

        米空軍による機銃掃射のときの

        ご記憶がシェアされました。

         

        当時炭焼きで

        生計を立てておられたAさんご一家

        軍から「炭を焼くと、煙が立って

        米軍に所在を知られてしまう」という理由で

        炭焼きを禁じられ

         

        細々と、牛を飼育したり野菜を栽培

         

        山の谷間に住んでおられたAさん一家

        藁ぶき屋根の

        簡素な家に住まわれていましたが

        谷間だったからこそ

        機銃掃射の砲弾が

        角度的に当たらない

        陰の安全地帯となり

        防空壕を造る必要がなく

        その藁ぶき屋根の中に避難して

        布団をかぶって

        身を縮める形での避難

         

        今回、とくに印象に残ったコトバは

        当時標茶に兵隊さんたちがいて

        その方々が「熊部隊」と呼ばれていたこと

         

        当時北海道の陸軍第7師団は

        それ以前の対ロシア戦線の闘いぶりから

        最強の師団と呼ばれ

         

        太平洋戦争中は

        北方警備専念のため

        大陸をはじめ

        本州以南へも移動しない

        「動かざる師団」としての

        任務遂行

         

        歩兵第25連隊(帯広)

        歩兵第26連隊(釧路)

        歩兵第27連隊(北見)

        3連隊は

        道東の警備に専念

         

        実際

        米軍が標津海岸から上陸して

        武佐岳中腹から迎え討ち

        決戦の場は計根別の平原と

        想定された訓練がなされていたとのこと

         

        中標津空港は

        もともとアリューシャン列島から

        戦線南下を余儀なくされる中で

        つくられた軍用滑走路

         

        かつて標茶は

        明治40年代以降

        「軍馬補充部」がおかれ

        軍馬は

        船で九州まで搬送

        Aさんご家族のお父様は

        まさに

        その運搬業務に従事

         

        その後、軍馬は

        大陸戦線用に搬送

         

        昭和20年

        標茶の

        軍馬補充部が廃止され

        「熊部隊」設置

         

        ところで

        旭川第7師団

        地上部隊 熊9207部隊

        山砲部隊 熊9216部隊

        の「熊」も

        「熊部隊」と呼ばれ

         

        どうもあちこちで

        「熊部隊」という呼称が同時に

        使われたよう・・・

         

        「熊部隊」と呼ばれたのは

        熊が多い北海道の部隊

        だからということもあるでしょうが

        その部隊の屈強さを象徴する表現

        でもあったよう

         

         

        ところで当時「熊部隊」と呼ばれた

        もうひとつの部隊が

        りました。

         

        それは、元網走刑務所の受刑者たちで

        志願して南方へ派遣された方々

         

        北海道網走から来た

        刑中の猛者たちの労苦が

        あって初めて

        南洋滑走路完成

         

        しかし

        この南方に遣わされた「熊部隊」が、

        お国のために、と懸命につくった

        滑走路が、のちに米軍に占拠され

        その滑走路から飛び立ったのが

        広島、長崎に原爆を投下させた

        あのB29とは・・・

        言葉が出ません。

         

        「お国のために」と

        思って(思わされて)

        したことが、結果として

        それと逆の結果につながるとは・・・

         

        そもそも戦争は

        人間の自己中心の罪の

        理不尽さの表出

        悲しむべき、

        厭うべき、

        憎むべきこと

         

        ああ「熊部隊」・・・

         

         

        ところで

        実際に熊が兵隊として

        「利用」された

        実例があったことは超驚き!

         

         

        ・・・・引用ここから・・・

         

        ナポリ港に駐在していた英国の役人アーチボールド・ブラウンは、

        手にしている名簿を見やり、その名を呼んだ――「ヴォイテク伍長」と。

        だが前に出る者はなかった。

         1944年2月半ばのことだ。

        ブラウンはエジプト、アレキサンドリアから到着したばかりのポーランド兵部隊を

        ドイツ・イタリア軍と戦う連合軍への援軍とする手続きを手伝うために

        ナポリに来ていた。その仕事の1つが名簿を確認し、

        到着したばかりの兵士と会話することだった。

         ブラウンはもう一度名簿を確認した。

        間違いなくヴォイテクという名はある。

        軍籍番号と軍隊手帳もある。

        だが本人はどこにもいない。

        すると大佐が楽しそうな顔で歩み出て、ブラウンに檻を見せた。

        中にはシリアヒグマの成獣がいた。

        大佐はヴォイテク伍長だと説明した。

         

         

        ポーランド軍とヴォイテクの出会い


         ヴォイテクの前代未聞の従軍歴は1942年の春、

        ペルシア北部にあったポーランド軍キャンプで始まった。

        そこでポーランド兵が若い羊飼いの少年に出会った。

        彼は親を失って死にそうになっている

        ヒグマの赤ん坊を見つけたのだという。

        2_e14

         兵士らは食べ物やチョコレートやスイスナイフなどと交換で

        クマをもらい受けると、

        ヴォイテクと名付けて飼うことにした。

         ポーランド人としては一般的な名だが、

        将来の従軍を考えると、

        少々予言めいている。

        ヴォイテクとは「微笑む戦士」という意味だ。

        3_e14

         

        兵士たちの唯一の癒しであった子グマのヴォイテク


         キャンプの兵士の多くは元戦争捕虜で、

        1939年のナチス・ソ連軍によるポーランド侵攻の後、

        ソ連で収容されていた。

        1941年にドイツがソ連を攻撃してから、

        強制収容所を生き延びた者たちの多くが解放された。

        彼らはペルシアと中東のキャンプに送られ、

        そこで兵士として訓練を受けた。

         ソ連の強制収容所で散々な目に遭った彼らは、

        望郷の念を募らせた。

        だが再び戦場に送られることになる。

        故国は制圧されている。

         大勢が家も、友人も、家族も失った。

         

        彼らにとって、子グマは唯一の慰めであったのだ。

         

         

         

         

         

        彼らはクマとじゃれあったり、

         

         

        ボクシングをしたり、

        トラックに乗せてドライブに連れて行ったりした。

         

         ヴォイテクは果物やマーマレード、ハチミツ、

        そしてシロップを食し、

        時々ご褒美として、

        大好きだったビールをもらって飲んでいた。

        5_e9

         

        常に一緒にいられるように兵士としての階級と軍隊手帳を与える


         ペルシアからイラク、

        そこからシリア、パレスチナ、エジプトへと、

        部隊がどこへ赴くにしてもヴォイテクは一緒だった。

         その時までにはヴォイテクは子グマではなくなっていた。

        身長180センチ、体重220キロもあり、

        ペットとして扱うにはもはや難しくなりつつあった。

         特に港の職員にどう説明するべきか困った。

        1944年4月、アレクサンドリアの港でヴォイテクは足止めを食った。

        職員はクマの乗船を拒み、

        兵士にしか出航の許可を与えなかった。

         そこで兵士は機転を利かせたのだ。

        彼らはヴォイテクを兵士として申告した。

        クマに階級と軍籍番号と軍隊手帳を与えた。

        これが功を奏し、ヴォイテクは乗船を認められた。

        7_e10

         

        できれば楽したいけどやるときはやるヴォイテク


         正式に兵士になったヴォイテクは、

         

        仲間から重たい迫撃砲の弾丸が詰まった

        クレートを運ぶよう訓練された。

         



         だがヴォイテクは怠け者であることが判明する。

        いつも空の箱ばかり運ぼうとするのだ。

        ところがだ、1944年のモンテ・カッシーノの戦いで手柄を立てる。

        要請に応じて、50キロ近い迫撃砲の弾丸や

        補給物資の箱を前線まで運び、

        見事部隊を助けた。

         



         その勇気と戦う意思が認められ、

        第22弾薬補給中隊の部隊章のデザインは、

        弾薬を運ぶクマの絵柄に変更された。
         
        4_e2

         

        終戦後はスコットランドへ


         終戦後、兵士はソ連に支配されたポーランドに戻りたがらなかった。

        強制収容所の記憶が脳裏にこびりついていた。

         しかもポーランドの地位も不確かだった。

        公式には、彼らはスターリンの恩赦によって釈放された元ソ連の囚人であった。

        そこで大勢がイギリスへの亡命を希望した。

         ヴォイテクと兵士3000名はスコットランド、

        ベリックシャーにあるハットンのキャンプへ送られた。

        8_e10

         ヴォイテクはすぐに地元で人気者になり、

        村の舞踏会や子供達のパーティ、

        あるいはコンサートに参加した。子供を背中に乗せたり、

        村人が橋の上から見守る中、

        川で泳ぎを披露したりもした。

        9_e8

         

        隊が解散するとエディンバラ動物園へ


         やがて第22弾薬補給中隊は解散となった。

        ヴォイテクはエディンバラ動物園に引き取られることになり、

        ここで残りの人生を過ごした。

         



         昔の仲間はその後も訪れたが、

        孤独な暮らしのせいで

         

        ヴォイテクはやがて鬱になり、

        以前に比べるとかなり気難しくなっていた。

         1963年、ヴォイテクは21歳で息を引き取ると、

        かつての仲間はもちろんこと、

        国中が悲しみに沈んだという。

         

        ・・・・引用ここまで・・・・

         

        熊のプーさんの

        お話も

        戦時中の

        熊と兵士の出会いがきっかけ

        だそうですね。

         

        (ウイニー:プーさんのモデル)

         

         

         

        クルド兵たちが

        昨年熊を、確保して

         

         

        野に放った記事がありました。

         

        先日、札幌市南区藤野で

        熊が射殺されたニュース報道が

        ありました。

         

        マスコミは

        地域住民の方々の

        安堵の表情を映像で

        とらえていました。

        「これで安心して戸外で子供たちを遊ばせられます。」

        という声とともに・・・

        私もその地域の住民の一人なら

        きっと同じように安堵することでしょう。

        ウオーキングも

        怖くてできないでしょうし・・・。

        ランニングも怖い。

         

        ただ、このニュースに対して

        道外からは

        「麻酔銃で撃って、動物園引き渡すことはできなかったのか?」

        等の異論が相次いだそう。

         

        私が本州人なら

        同じように考えたことでしょう。

         

        人は自分の「立ち位置」によって

        考え方が変わりやすいもの

         

        日本では

        私も含めてどうしても

        熊=怖い、害獣、敵・・

        というマイナスイメージが

        強いよう

         

        かつて極真空手のマス大山氏が

        猛牛の角を折るとか

        その弟子のウイリーウイリアムスが

        熊殺しという異名がつけられて

        熊と格闘する映画が

        放映されたことを

        思い出します。

         

        少年時代の私は

        興奮しながら観ていたものですが

         

        今思うと、動物相手に

        空手の強さを示すっていうのは

        はたしてどんなものかなと

        違和感を覚えさせられます。

         

        そういう類いの強さよりも

        むしろ

        合気道の達人が

        「最大の必殺技は?」と

        問われて

        自分を殺そうとする相手と

        友達になることです。」と

        答えたことばの方に

        惹かれます。

         

        「熊部隊」、「クマ兵士」、

        「ぷーさん」、「クルド人の熊解放劇」

        「札幌市藤野の熊騒動」、「ウイリーの熊対決」、

        とクマ話題が尽きませんが・・

         

        私が幼稚園のとき

        最も大事にして

        寝るとき一緒だった

        ぬいぐるみは

        クマさんでした!!

         

        熊とおともだちになれるものなら

        どれほどいいでしょうねえ。

         

        相互不可侵条約を

        結べるといいのですが〜


        雌牛と熊は草をはみ、

        その子たちはともに伏し、

        獅子も牛のように藁を食う。
        (旧約聖書 イザヤ書11:7)

         

         

         

        みなさまのワンクリックは
        大きな励ましとなります!

         にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

        カテゴリ:- | 08:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        「介護猫」と「認知症犬」
        0

          ・・・・・・引用ここから(ORICON NEWS)・・・・

           

           

          介護猫「くぅ」と認知症の犬「しの」 晴さんのインスタグラム(@hinatabocco.3)より

           犬や猫を飼う人が多い昨今、避けては通れないのがペットの高齢化。そんななか、認知症のおばあちゃん犬「しの」と、それを支え介護する猫「くぅ」の物語が、話題を呼んでいる。彼らの様子を綴ったインスタグラムは7万7千人がフォローし、フォトブック『くぅとしの 認知症の犬しのと介護猫くぅ』(辰巳出版)として書籍化。種を超えた愛情に癒されつつ、ペットの高齢化にどう対応すべきか? 飼い主であり著者である晴(はる)さんに話を聞いた。

          【写真】思わず涙! 認知症の犬「しの」を守るように一緒に眠る介護猫「くぅ」など感動写真集

          ■認知症の「しの」を 全身で踏ん張りながら支え歩く、「くぅ」の深い愛情

           犬の「しの」は、晴さんが2011年に保護した推定10歳超えのおばあちゃん犬。晴さんによると、「穏やかな性格のクールビューティ」な犬だ。「くぅ」も保護猫で、推定8歳の男の子。「元々は天真爛漫で明るく優しい性格。我が家のムードメーカー」だったそう。晴さんの自宅で別々に飼われていた「くぅ」と「しの」は2013年夏に出会い、「くぅ」の熱烈なアタックにより、猫嫌いだった「しの」が根負け。仲良し生活が始まった。ところが、そんな穏やかな暮らしの中で、「しの」が認知症を発症。歩行や食事にも支障が出る「しの」を晴さんが介護していると、いつしか「くぅ」も「しの」を支えるように。てんかんの発作後にぐるぐる歩き回る「しの」に付き添ったり、下向きになる顔を背中で支えたり。「しの」を寝かしつけるのも、いつしか「くぅ」の仕事になった。

          ―― 「くぅ」が「しの」の介護を始めたとき、どのように感じられましたか?

          【晴さん】すごいな、本当に「しの」のことが大好きなんだなと感じました。

          ――彼らを見守っていて、とくに印象に残ったエピソードは?

          【晴さん】「しの」がもう自力でほとんど歩けなくなり、歩行時の介助に力が必要になった頃、サークル(介護用に作った囲い)に入ってくる「くぅ」には、「くぅの力じゃ難しいから、介助はもういいよ」と言っていました。でも、何度サークルから出しても戻ってきて「しの」のそばに立ち、全体重で寄りかかってくる「しの」を 全身で踏ん張りながら支えて歩いていました。その姿に「くぅ」の深い愛情を感じました。

          ■「ついに来た」発症時に感じた気持ち、お世話は試行錯誤の連続

          ――ペットの認知症について語られる機会は、あまり多くないように思います。晴さんが「しの」の認知症に気づいたときのお気持ち、どう向き合い、お世話をしていったかを教えてください。

          【晴さん】「しの」は保護当時から老犬だったので、近い将来、介護や看護が必要になることは覚悟していました。なので、認知症に気づいたときは「ああ、ついに来たんだな」という気持ちでした。犬や老犬関係の本をたくさん読み、どう対応したらよいか、知恵や工夫を日々勉強しました。食事やトイレ、散歩などの日常生活の変化にとまどいましたが、どうすれば「しの」が快適なのかを常に考え、試行錯誤を繰り返しながらお世話をしました。

          ――「くぅ」と共に「しの」の介護をしたことで、感じたことは?

          【晴さん】介護はとても大変ですが、介護される立場になった動物たちも、人と同じで不安や恐怖を感じていることに気づきました。撫でて触れて、声をかけて愛情を伝えること。できる時はそばに寄り添うことがとても大切だと「くぅ」に教えてもらいました。

          ――「 しの」は昨年春に永眠しましたが、現在の「くぅ」の様子は?

          【晴さん】時々、「しの」の温もりが恋しそうな時がありますが、同居ネコたちに甘えながら毎日を穏やかに過ごしています。

          ――犬と猫がここまで仲良くなることに驚きました。

          【晴さん】実家にいた頃は猫と鳥も仲良く暮らしていましたし、犬を飼ったのは「しの」が初めてだったので、普通のことだと思っていました。

          ――晴さんはもともと、「くぅ」と「しの」の様子をブログ『ひだまり日和』やインスタに綴られていました。SNSで発信したことで良かったことはありますか?

          【晴さん】「しの」の介護がつらく大変だった時、フォロワーさんの優しく温かいコメントにたくさん元気をいただきました。今は離ればなれになってしまった2匹の日常を、たくさんの方に知ってもらえたことは良かったと思います。

          ―― それらをまとめた『くぅとしの 認知症の犬しのと介護猫くぅ』が発売されましたが、とくに晴さんがお気に入りの写真は?

          【晴さん】60ページの2匹がおデコを合わせてる写真。穏やかな時間の中で、お互いの愛情を静かに伝え合っているような仕草にとても癒されます。担当さん、本に携わってくださった方々のおかげで本当にステキな本ができて、感謝でいっぱいでした。

          ――読者からはどんな反響が?

          【晴さん】癒される、感動したとの感想をたくさんいただきました。

          ■人もペットも同じく訪れる老い、
          「最期まで命に責任を持つ覚悟が必要」

          ――2匹とも晴さんが保護して飼われていますが、保護猫・保護犬を迎える飼い主が心得ておくべきことは?

          【晴さん】人と同じで、犬や猫も病気になったり老いていったりします。介護や看護が必要になる時がいつか来るということを理解し、最期まで命に責任を持つ覚悟が必要です。

          ――今後、ペットの介護を行うことになるかもしれない飼い主へ、伝えたいことは?

          【晴さん】介護は本当につらく、大変なことが多くあります。
          時には愛情が感じられなくなることもあるかもしれません。
          ペットが元気だった頃を思い出したり、穏やかな寝顔を見たり、
          気分転換などをして、心に余裕を持てるよう工夫することも大切です。
          また、誰かに助けを求めることも必要だと思います。
          なにより、飼い主さんが元気であることが一番大切ですので、
          ご自分の体をいたわってくださいね。
          ・・・・引用ここまで(毎日新聞ネットニュースから)・・・・
          心あたたまるお話
          他の「種」をも
          いつくしむ心
          まして
          わたしたち人間どうし
          同じ「種」どうし
          もっともっと
          いつくしむ心を
          大切にしたいもの
          我が家では
          ペットを飼うのは
          もう無理かな〜と
          思いますが
          こういう写真集を見ると
          心が揺れますね〜
          創造主の愛は
          人間の罪のとばっちりを受けて
          呻いている自然界の
          動物たちの間にも
          まだまだ
          流れているのですね
          犬や猫をいとしい動物として
          創造された主のみ名は
          ほむべきかな!

          11:6 狼は子羊とともに宿り、
          豹は子やぎとともに伏し、
          子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて、
          小さな子どもがこれを追って行く。
          11:7 雌牛と熊は草をはみ、
          その子たちはともに伏し、
          獅子も牛のように藁を食う。
          (旧約聖書 イザヤ書11:6〜7)

           

           

           

           

           

           

          みなさまのワンクリックは
          大きな励ましとなります!

           にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

          カテゴリ:- | 07:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          「AKB」から「K-POP」ヘ
          0

             

            元AKB48の竹内美宥さんが教会の音楽集会に出演 好きなクリスチャン音楽を披露

             

            好きなクリスチャン音楽の中から

            「きみは愛されるため生まれた」を弾き語りで演奏した

            元AKBメンバー竹内姉

             

            ・・・・引用ここから・・・・

            東京・新大久保にあるウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会が主催する

            夏の音楽祭「サマー・ホーリー・フェスタ」で3日、

            アイドルグループ「AKB48」の元メンバーで、

            3月に韓国の芸能事務所との契約を発表した竹内美宥(みゆ)さん(23)が出演した。

            母親と一緒に小さいときから教会に通っていたという竹内さんは、

            「教会でいつか私も歌えたらいいなと思っていましたが、

            ついにその夢がかないました」と声を弾ませた。

             

            9年間所属したAKB48を昨年12月で卒業し、

            現在はKポップでの本格デビューに向けて韓国で芸能活動に取り組んでいる竹内さん。

            昨年、日韓合同のアイドルグループ「IZ*ONE(アイズワン)」

            のメンバー12人を選んだ日韓同時放送のオーディション番組「PRODUCE 48」では、デビューできる12位以内に最終的には入ることができなかったものの、

            途中順位では10位前後を推移し、

            人気と実力を証明した。

             

            日本での久しぶりのステージとなったこの日は、

            Jポップの名曲「LA・LA・LA・LA・LA LOVE SONG」や、韓国出身の女性シンガー LEE HI の名バラード「BREATHE」を透き通るような歌声で披露。

            好きなクリスチャン音楽の中から「きみは愛されるため生まれた」

            「ありのままに」「主イエス神の愛」の3曲を選び、日本語と韓国語で歌い上げた。

             

            「PRODUCE 48」に参加していた昨年の夏。

            プライベートでもさまざまなことが重なり、

            「23年間生きてきて、一番苦しかった」と当時を振り返った。

            「苦しみや悲しみの経験があるたびに、

            私は常に神様にお祈りをしていました。

            神様は無条件に私を愛してくれて、赦(ゆる)してくれて、

            その存在がいると意識するだけで、本当に救われて今まで来ました」と、

            これまでの経験を赤裸々に語った。

            竹内さんは、「何か心がつらいときとか、苦しいときとか、

            本当にどうしようもなく助けてもらいたいときは、

            絶対どこかに自分を愛してくれる人がいるんだと意識するだけで、

            きっと皆さんも苦しみを乗り越えられると思います。救われたい、

            と思う瞬間があれば、神様がいつでも皆さんを愛してくれていることを思い出して」と話した。

             

            ・・・引用ここまで・・・

             

            竹内さんがここで語る「神様」とは

            神社神棚の神様のことではなく

            天地創造の神「主イエスキリスト」のこと

             

            芸能界のことは疎く

            AKBもKBS(釧路自動車学校)も同じように

            聞こえてしまう私

            ましてイエス様の12弟子の名前は

            かろうじて覚えられても

            AKB48人の名前を

            言ってくださいと言われたら

            一人も答えられない私

             

            あの華々しいメンバーたちの中に

            クリスチャンの方がおられたのですね。

             

            日本の芸能界から

            韓国の芸能界へ移るには

            さまざまな困難も

            あることでしょうが

             

            今日、日本と韓国の間の外交問題で何かと

            緊張関係が深まっている中

             

            少しでも平和のかけ橋が

            築かれてほしいもの

             

            大河ドラマの「いだてん」

            (視聴率が低いようですが)で

            ちょうど満州事変前後の

            日本が取り扱われていました。

             

            武力によらない平和を願っていた

            犬養毅首相が、

            5・15事件で暗殺される際

            銃口を突き付けられながら、

             

            「まあ、急ぐな、撃つのは、いつでも撃てる。

            話を聞こう。話せばわかる」

             

            と語ったことは有名ですが

            「問答無用」と返されて

            悲しい惨事となりました。

             

            そんなさなか

            オリンピック選手

            派遣準備が進められていく

            「こんな時にスポーツ(オリンピック)か!」

            「こんな時だからこそスポーツ(オリンピック)だ!」

            という言葉は

             

            戦前のみならず、

            今日にも当てはまることでしょうね。

             

            「平和の祭典」といわれる

            オリンピックさえも

            外交問題が絡み

             

            「あそこの国で開催するなら

            選手を派遣するとかしない」とかの

            とばっちりを受け

             

            オリンピックに照準をおいて

            日夜練習に励んできた

            多くの選手が

            過去に悔し涙してきたのも事実

             

            日本と韓国も

            「話せばわかる」

            関係に導かれますように

             

            それにしても

            銃口を突き付けられた

            犬養毅首相の口から

            「話せばわかる」という言葉がよく

            出てきたもの

             

            主イエスが

            十字架にかかる前

            ゲッセマネの園で

            数百名のローマ兵に囲まれて

            夜に捕縛される場面を

            想像

             

            愛をそそいだ弟子ユダの

            銃口ならぬ

            口づけに対して

             

            とがめる言葉や

            のろう言葉を

            ぶつけるどころか

             

            むしろ

            いつくしみの心で

            「友よ」と語られた主イエスの心には

             

            絶えず、

            どんな罪を犯した人に対しても

            「とりかえしはつく」

            「悔い改めさえすれば

            ゆるされる」

            「覆水は盆に返る」

            という愛の招きがある

             

            「AKB」から「KPOP」へ移るに

            あたり

            さまざまな苦難が

            あるのと同様

             

            「話してもわからない」

            から「話せばわかる」へ

            変わるにも

            さまざまなステップが

            あるでしょう

            あきらめないで進んでいけると

            幸い

             

            ところであの犬養毅首相は

            「憲政の神様」と呼ばれ

            正義感が強かっただけでなく

             

            困った人がいたら

            助けないではいられない

            愛の人でもあり、インドからの亡命者や

            中国からの亡命者なども

            かくまって助けてあげました。

             

            その中には

            聖書の価値観を大切にした

            あの孫文や蒋介石もいました。

             

            戦後、満州から多くの日本人が

            無傷で

            帰国できたのは

             

            ひとえに蒋介石が

            聖書の言葉に根ざして

            全国民に「隣人を愛すべし」

            「日本人に危害を加えたら死刑に処す!」

            と命じたからにほかなりません。

             

            犬養毅氏の思想信条に

            聖書の価値観「隣人愛」が与えた影響は

            少なからず

            あったものと想像

             

            お孫さんにあたる小説家

            犬養道子さんにしても

            同じくお孫さんで

            国連難民高等弁務官を

            された緒方貞子さんにしても

            どちらも聖書のことばを大切にされる

            キリスト者

             

            現在日本映画界で

            秀でた才能を発揮されている

            女優安藤サクラさんが

            犬養毅首相の曾孫さんにあたることは

            最近知りました。

             

            聖書のことば

             


            13:4 愛は寛容であり、

            愛は親切です。

            また人をねたみません。

            愛は自慢せず、高慢になりません。
            13:5 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、

            苛立たず、人がした悪を心に留めず、
            13:6 不正を喜ばずに、真理を喜びます。
            13:7 すべてを耐え、すべてを信じ、

            すべてを望み、すべてを忍びます。

            (新約聖書 1コリント13:4〜7)

             

            昨日は戦後74回目の

            終戦記念日

             

            日々の「戦い」の中で

            まだなお癒されがたい

            さまざまな心の傷の痛みに

            呻いている方々の心に

            主イエスの愛の慰めがありますように

             

            今日は大雨の中

            標茶原野で

            毎月一回の

            聖書の学び会を

            首を長くして

            お待ちくださっている方々の

            ところへ

            にまいります。

             

            最近、標茶の酪農家で

            飼っている牛が

            クマに襲われる出来事が

            立て続けに起こっています。

             

            クマの「習性」として

            一度味わった心地よい体験は

            記憶に残って

            繰り返し

            追体験するそうで・・・

             

            その「習性」が「修正」されないかぎり

            酪農家の皆さんはご苦労が続きます。

             

             

            聖書が約束する

            新しい天と地を待ち望みます。


            11:6 狼は子羊とともに宿り、

            豹は子やぎとともに伏し、

            子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて、

            小さな子どもがこれを追って行く。
            11:7 雌牛と熊は草をはみ、

            その子たちはともに伏し、

            獅子も牛のように藁を食う。
            11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、

            乳離れした子は、まむしの巣に手を伸ばす。
            11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼさない。

            主を知ることが、海をおおう水のように地に満ちるからである。

            (旧約聖書 イザヤ書11:6〜9)

             

            この聖句を読むと

            主イエスの再臨が

            待ち遠しい!

             

             

            みなさまのワンクリックは
            大きな励ましとなります!

             にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 釧路情報へにほんブログ村

            カテゴリ:- | 07:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            | 1/957PAGES | >>