2020年、聖霊に満たされる「刑務所」に!
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    2020.1.28

    今年初めての

    釧路刑務支所での

    宗教教誨でした。

     

    年末大みそかには

    受刑者の皆さんは

    緑のたぬきで

    年越しをされたそうです。

     

    大みそかは

    12時までテレビを観賞

    されたそうです。

     

    今年最初の宗教教誨は8名の方と

    ヨハネの福音書14章1〜20節から

    学びました。

     

    皆さん

    相変わらず熱心です。

     

    最初に

    皆さんに

    「自分にとって」

    1.最も大切なもの(目に見えるもの)

    2.最も大切なもの(目に見えないもの)

    3.最も大切な活動

    4.最も大切な人

     

    以上4つの項目を

    それぞれ

    挙げていただきました。

     

    結構皆さん

    考えていましたねえ〜

     

    最もたいせつなもの

    として

    「愛」と答えられていた方が

    圧倒的に

    多かったですね〜

     

    そして

    もし自分の人生が

    あとわずかになるとしたら

    どれがそぎおちていくかを

    考えて

     

    最後に残るものはなにかを

    考えるという

    作業をしました。

     

    おのずと答えは

    しぼられ

    定まってきます。

     

    そうすると

    残された人生

    その絞られたもののために

    生きることが

    最も幸せなことだろうと

    いう結論に

    導かれて行きました。

     

    なかなか深い思索のときとなり

    皆さん真剣であられました。

     

    目に見える

    最も大切なもの

    として

    「聖書」を

    あげられた方々も

    おられて

     

    ああ、ふだんから

    お読みになられているのだなあと

    感心しました。

     

    この日集まられた8名の方が

    主イエスを信じて

    聖霊を受けると

     

    いったいぜんたい

    どう変えられるのかを

    お話しました。

     

    今まで平気で行っていた罪を犯したくなくなる

     

    今まで平気で思ったり考えていたことの中で

    神様が悲しみ厭うことを

    悲しみ厭うようになる

     

    舎房の中で

    今まで悪口、陰口、愚痴、不平不満、が常だったのに

    感謝と喜びと希望と愛とねぎらいに

    満ちた言葉がほとばしるようになる

     

    今まで工場で刑務官の方が見ていなければ

    作業を怠っていたのに

    誰が見ていようと見ていまいと

    主が見ておられることを意識しながら

    堅実に手を動かすことができる等々・・・

     

    この日は

    イエスキリストを

    自分の罪からの救い主として

    信じるお祈りにとどまらず

    聖霊に満たされるお祈りを

    皆でしました。

     

    クリスチャンライフとは

    主イエスとの関係から

    ほとばしる

    ライフスタイル

     

    「変えられる!」

    ドラマチックな体験を、と

     

    全員で

    それぞれ机の上に掌を上に

    出して

    祈りました。

     

    来月、どのような変化が起きたかを

    分かち合おう!

     

    そう呼びかけて

    この日の宗教教誨は

    お開きとなりました。

     

    濃密な1時間

    主イエスが

    釧路刑務支所の中で

    不思議なことを

    してくださる2020年と

    なることを信じ期待しています!

     

    わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。

    わたしを通してでなければ、誰も

    父のみもとに行くことはできません。

    (新約聖書 ヨハネの福音書14:6)

     

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    究極の保護司
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      2020.1.27(月)

      保護司会の桜ケ岡分区の

      「頼れるなかまたち」

      新年最初の集まりをもちました。

      歓送迎会も兼ねて。

       

       

      長年、先輩保護司として

      良き模範を示され

      ご貢献されたお仲間の労を

      ねぎらわせていただきました。

       

      保護司ってなあに?

      どんなことするの?

      誰がなるの?
       

      保護司は、罪を犯した人の傍らで

      社会復帰するための支援を

      させていただきます。

       

      そのために、裁判所から

      「保護観察処分」を受けた方々と

      定期的にお会いして

      励ます「保護面接」をしたり

       

      少年院や刑務所などの矯正施設から

      帰ってくる帰住地の

      環境を整えるために

      調査する

      「家庭環境調整」をします。

       

      そのほか

      犯罪予防のキャンペーン

      「社会を明るくする運動」などに

      参加したり

       

      新しい保護司さんの発掘などにも

      かかわります。

       

      桜ケ岡分区には現在10名の保護司さんが

      おりますが

      新たに5名増やされるようにと

      願って

      どなたか適する方がいらっしゃらないかと

      見渡させていただいています。

       

      この人いいんじゃない?

       

      職業や性別は問わず

      どなたか

      ご推薦ございましたら

      お知らせいただけると嬉しいです。

       

      究極の保護司は

      主イエス

       

      我々地上の保護司は

      保護司自身も

      不完全なツミビトですから

      犯罪を犯した人の罪を

      身代りに償ってあげることはできませんが、

       

      天上の保護司主イエスは

      罪ない神のひとり子であるがゆえに

      かつてこの地上で

      十字架にかかることによって

      私たち人類一人一人の罪を

      担って身代りに刑罰を受けて

      私たちが負うべき罪を

      完全に償って

      死んでよみがえられました。

       

      我々地上の保護司は

      犯罪を犯した人を保護のために

      ある一定期間のみ

      定期的に

      「観察」させていただくのみですが

       

      天上の保護司、主イエスは

      信じる者を観察するのではなくて

      共にいてくださるのです。

      しかも四六時中

      永遠に

      見守っていて下さいます。

       

      我々地上の保護司は

      犯罪を犯した人の気持ちを理解しようと

      努力はしますが

      完全にわかってあげることは

      残念ながらできませんが、

       

      天上の保護司、主イエスは

      罪は犯されませんでしたが

      私たち罪びとの気持ちを100%

      理解して下さるだけでなく

      同情して下さる

      憐れみ深いお方です。

       

      聖書では

      この究極の保護司である

      主イエスのことを

      「大祭司」と呼んでいます。

       

      このような究極の

      天上の保護司、主イエスというモデルを

      見上げながら

       

      少しでも、

      この地域で

      罪の問題でうめき苦しむ方々と

      そのご家族に

      寄り添わせていただくことができればと

      願っております。


      7:24 イエスは永遠に存在されるので、

      変わることがない祭司職を持っておられます。


      7:25 したがってイエスは、いつも生きていて、

      彼らのためにとりなしをしておられるので、

      ご自分によって神に近づく人々を完全に救うことがおできになります。


      7:26 このような方、敬虔で、悪も汚れもなく、

      罪人から離され、また天よりも高く上げられた大祭司こそ、

      私たちにとってまさに必要な方です。

      (新約聖書 ヘブル書7:24〜26)

       

       

       

       

       

       

       

       

       

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      カテゴリ:- | 09:04 | comments(0) | - | - | - |
      「感染率100%致死率100%」
      0

        ・・・引用ここから・・・

        新型肺炎死者、中国で80人に

        …感染者は2744人

        1/27(月) 8:45配信

        読売新聞オンライン

         【北京=中川孝之】

        中国を中心に新型コロナウイルスによる肺炎が広がっている問題で、

        中国政府の国家衛生健康委員会は27日、

        患者が集中する湖北省で26日に24人が死亡し、

        中国本土での死者は計80人になったと発表した。

        26日に全国で新たに769人の感染が確認され、

        感染者は2744人に達した。

         

        ・・・引用ここまで・・・

         

        ここ最近

        毎日必ず決まって報道されるのが

        新型肺炎感染者数と死者数

         

        やがて致死率もはじき出されて

        いくことでしょう・・・。

         

        日本政府は

        武漢在住邦人帰国のために

        早ければ28日にチャーター機を

        準備するそうですね。

        確かに心配ですよね・・・・。

        市中の会話の話題のひとつでもありますよね

         

        ところで

        聖書によれば

        感染率100%致死率100%の疾病に

        たとえられているのが人間の「罪」

        だれもまぬがれることができない。

         

        その証拠に

        すべての人がこの地上を

        早かれ遅かれ

        お暇しなければならない。


        5:12 こういうわけで、

        ちょうど一人の人によって罪が世界に入り、

        罪によって死が入り、こうして、

        すべての人が罪を犯したので、

        死がすべての人に広がったのと同様に──

        (新約聖書 ローマ書5:12)

         

        さらに深刻なのは

        この地上をお暇することそのものよりも

        お暇した後に

        神の前でさばきがあるということ


         そして、人間には、

        一度死ぬことと死後にさばきを受けることが

        定まっている・・・、
        (新約聖書 ヘブル書9:27)

         

        人間の誕生時の「初期設定」は

        生→死→死後さばき→永遠のほろび(地獄)

         

        今日世界中の教会で

        語られなくなったメッセージが

        地獄のメッセージ

         

        理由は単純

        聴く人たちにとって「耳触りが良くない」から。

         

        聴く人にとって耳触りのよい

        心地よく感じる

        「愛」「いやし」「平安」

        「あなたは今のままでいいのよ、これからもずっと」

        といった

        フレーズのことば

         

        仏教でも

        宗派によっては

        地獄を語りますが

        その場合は必ず「方便」として語ります。

        語ることによって

        聴く人が

        悪いことを避けるように

        という目的で語る「方便」であって

        それが実在するものとしては

        教えてはいません。

         

        しかし、

        聖書では地獄について

        ほんとうにある場所

        実在する場所として

        描いています。

         

        聖書では

        結構

        あちこちで

        地獄について具体的描写が

        あります。

         

        「泣いて歯ぎしりする」場所

        「暗闇の外」の場所

        「永遠の炎」の場所

        「ウジ虫が尽きることがない」場所などなど

         

        「愛の神が地獄を備えるとは

        到底考えられない」

        と思う方がいらっしゃいますが

         

        神は愛であると同時に

        聖なるお。

         

        地獄は「最後の正義」とも言われます。

         

        ヒトラーは

        自らの命を絶つ形でなくなりましたが

         

        そのことについて

        多くの方が「死後のさばき」がなければ

        この世だけなら

        あまりにも不公平だと唱えました。

         

        聖書の中で

        地獄について最も多く語ったのは

        実は主イエスご自身

        主イエスは

        天国よりも

        地獄の方を

        より多く語っていることは

        実に驚くべきこと

         

        ここ最近

        教会やクリスチャンたちは

        聴く人に不快感を与えないために、

        あまり地獄について触れなくなった

        と言われます。

         

        はっきり聖書に書かれていながら

        それを隠してしまったり

        封印してしまったり

        スルーしたり

        比ゆ化したり

        ないかの如くにふるまうことは

         

        本当に愛の行為かどうか

         

        たとえると

        地震・津波警報を知りながら伝えない

        行政機関よりもはるかに深刻な罪

         

        「そんなこと言ったら

        みんな不快に思うから」

        といって真実を語らないと

        大変な惨事が・・・

         

        地震や津波警報ならば

        実際に起きてしまわないと

        わかりません。

         

        もしかすると

        警報が

        はずれるということも

        起こりえる。

         

        しかし

        聖書は100%

        書かれている通りになる。

         

        天気予報の警報や地震津波警報の

        的中率をはるかに上回る

        100%の確率で起こること以外は

         

        聖書には

        書かれていません。

         

        聖書は方便ではないのです。


        そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、

        わたしのところに、空しく帰って来ることはない。

        それは、わたしが望むことを成し遂げ、

        わたしが言い送ったことを成功させる。

        (旧約聖書 イザヤ書55:11)
         

         

         

        聖書で明記している実在する地獄を

        無理やり消してしまおうとする試みは

        極めて危険

         

        地獄がないとしたら

        正直言うと

        教会の存在意義はなくなります。

         

        地獄があるからこそ

        人類がその地獄に行かなくてもよいように

        救い主としてイエスが

        この地上に来られた。

         

        地獄がなければ

        主イエスが

        我々の身代わりになられて

        我々一人一人の

        罪の償いのために

        いのちをかけて

        死んでよみがえることの

        意味が全く

        なくなってしまうことになります。

         

        地獄がないなら

        そもそも

        神が人の姿をとって

        クリスマスに

        生まれる必要がなくなります。

         

        地獄がないなら

        教会が

        いのちをかけてイエスキリストの愛を

        伝道する必要も

        なくなります。

         

        今回の

        新型肺炎騒動について

         

        もし事実を隠ぺいすれば

        感染者が増えて

        死者も増えて

        致死率も高まって

        対応も後手後手に

        なっていく

         

        聖書を通して

        真実を先に知らされた

        キリスト者の責任、使命は

        とてつもなく大きい

         

        内閣情報局よりも

        CIAよりも

        モサドよりも

        はるかに伝える緊急性を帯びた

        重要な情報を

        我々キリスト者は

        天から受けているという自覚が必要

         

        天国、地獄の存在

        そして主イエスキリストの十字架と復活の

        史実にこめられた

        意味、目的を

        しっかりと

        伝えていく毎日でありたい・・・。

         

        もし、中国政府や各国政府、医療機関、WHOなどが

        耳触りが悪いからと言って

        「新型肺炎の情報」を共有し知らせなかったら

        被害がどんどん増え広がるでしょう。

         

        同様に

        われわれキリスト者たちが

        耳触りが悪いからと言って

        「地獄の情報」を知らせなかったら

        「キリストの十字架は私には関係ないわ。」

        肉体の死のみならず

        永遠の死に至る被害が

        どんどん増え広がることでしょう。

         

        永遠の救出作戦の

        水際対策の最前線に

        立っているのが

        われわれキリスト者

         

        五劫の昔

        全人類が救済されてほしい

        と祈願されたのが

        仏の慈悲(大慈悲)と言い伝えられています。

        (真偽のほどはわかりません)が

         

        しかし具体的に我々の

        救済を実現するために

        お釈迦さんが

        具体的に

        何かアクションを起こされた

        わけではありません。

         

        一方

        今から

        約2000年前

        人類を罪とその結果である呪い

        と地獄の裁きから

        救われるようにという

        願いをもたれただけでなく

        実際に

        この地上に来られて

        具体的に十字架で

        身代りに死ぬという

        愛のアクションを起こされ

        なおかつ「完了した」と十字架上で

        宣言することで

        救いの成就を

        実現された

         

        それが

        主イエスキリストです。

         

        イエスキリストの十字架と

        復活の史実については

         

        聖書のみならず

        同じ時代の他の11の歴史書でも

        「記されている」史実であり

        ねつ造された

        言い伝えの類ではありません。

         

        主イエスが

        私たちの

        身代りに十字架で

        死んでくださったのだから

         

        信じようと信じまいと

        自動的に救われる・・・

        というわけでは全くありません。

         

        信じようと信じまいと

        天国へ行けますよ〜

        (耳触りがよく、大衆受けするメッセージ)

         

        という類の本が

        驚くべきことに

        聖書を土台としているはずの

        米国でさえもベストセラーに

        なっていると聞いて

        驚きました。

         

        恐ろしいことです。

         

        今や

        米国で

        聖書信仰者

        (聖書を文字通り神のことばとして

        信じて、それを道徳倫理の最高基準として

        生きようとしている人)は

        極めてマイノリティーです。

         

        我々罪深い人間の性質というのは、

        「何が真実か」ということよりも

        「何が耳触りがよいか」に惹かれて

        しかもそれを選び取る傾向に

        ある、

         

        これはまさに

        聖書自身も預言している

        終末の前兆の一つといえます。


        4:3 というのは、

        人々が健全な教えに耐えられなくなり、

        耳に心地よい話を聞こうと、

        自分の好みにしたがって自分たちのために教師を寄せ集め、
        4:4 真理から耳を背け、

        作り話にそれて行くような時代になるからです。

        (新約聖書 競謄皀藤粥В魁腺粥

         

         

        聖書では「信じること」なしに

        「悔い改めること」なしに

        救われることはないと

        教えています。

         

        なぜなら、

        もしあなたの口でイエスを主と告白し、

        あなたの心で神はイエスを

        死者の中からよみがえらせたと信じるなら、

        あなたは救われるからです。

        (新約聖書 ローマ書10:9)


        2:4 神は、すべての人が救われて、

        真理を知るようになることを望んでおられます。
        2:5 神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、

        それは人としてのキリスト・イエスです。
        2:6 キリストは、すべての人の贖いの代価として、

        ご自分を与えてくださいました。

        これは、定められた時になされた証しです。

        (新約聖書 1テモテ2:4〜6)

         

        「イエス様信じたら罪ゆるされて天国へ行けるんですよ。

        信じないと永遠の滅びですよ〜」

        この、わずか「10秒」もあれば伝えられる

        良い知らせ・悪い知らせを

         

        「耳触りがよくないからな〜」という

        心に引っ張られて

        封印したまま

        何食わぬ顔で生きるとしたら

        そういうわれわれキリスト者は

        霊的にかなり「重病」

         

        神様の目には

        診断されるに違いないでしょうなあ・・・。

        自戒自戒

         

        大相撲初場所千秋楽

        幕内の最も下に位置する「幕尻」の

        徳勝龍が

        幕尻力士としては

        20年ぶりの優勝の報道

         

        キリストの「徳」

        が「勝」利する相手は

        「龍」に象徴されるサタンかな

         

        めでたし!めでたし!

         

        福音宣教も

        1年365日

        待ったな〜し!

         

         

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        「愛によって招かれた」集会
        0

          2020.1.26  於:釧路キリスト福音館

           

          集まっていますね〜

          何かの集会のようですね〜

           

          実は、「これ」「が」集会!

           

          本当は

          「集まっている」のではなくて

          主イエスの愛の招きの声に応じて

          「呼び集められている」のです。

           

          主イエスが愛によって

          「招集された方々」の集まり

           

           

          毎年1月の最終日曜日は

          年に1度の

          釧路キリスト福音館

          ヴィジョン・ミーティング

           

          昨年の神様の恵みをふりかえり

          今年の神様のお働きを

          期待するミーティング

           

          グループごとに話しあったことを

          全体にシェアし合っています。

           

           

          神の家族がみんなで

          主イエスに呼び集められている姿は

          あまりにも

          美しすぎます!

           

           

          ミーティング後は

          ランチタイム

           

          とてもおいしい

          スパゲティミートソース

           

          霊も魂も体も養われる

          教会(集会)をめざして

           

          さあ、今日は

          午後7時半からの

          聖書学び会が楽しみ!

          これもまた集会で〜す!

           

          「新約聖書に出てくるエクレシアというギリシア語を

          『教会』と訳すと、

          私たちは今日の

          教会堂をイメージしてしまうかもしれませんが、

          元の意味は単純に『集会』です。」

           

          (「キリスト教のはじまり」古代教会史入門:60ページより

          吉田隆(神戸改革派神学校校長)著)

           

          吉田先生もおっしゃる

          とおりなんですよ〜


          集会を召集するときには、

          長く吹き鳴らさなければならない。

          短く大きく吹き鳴らしてはならない。

          (旧約聖書 民数記10:7)

           

           

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          「祭壇はなくてもいいなあ」
          0

            昨日主のもとへ帰られた

            89歳のAさんを偲ぶ集う会を

            今晩、行いました。

             

            讃美歌を歌い

            お祈りをささげ

            故人をしのぶ言葉がのべられ

            聖書の言葉が

            語られて

             

            お一人お一人が

            オアシスに

            きれいなお花を挿していき

            ご覧の通り

             

            私も自分の葬儀の時は

            祭壇はない方がいいなあと

            思いました。

             

            遺影もいらないなあと

            思いました。

             

            この日は

            受付もなし

            看板もなし

            新聞広告もなし

            喪主だとか

            施主だとか

            葬儀委員長だとか

            数珠とか

            線香だとかろうそくだとか

            喪服だとか

             

            ないないづくし、でも

            不思議と

            少しも

            寂しさがありません。

             

            というか

             

            いらないものを

            どんどん

            はぎ取ると

            本当に

            心から故人を

            偲ぶハートだけが

            前面に出てくるもの

             

            私たちの人生も似ているよう

            年齢がいくと

            いらないものを

            どんどん

            取り除いていく作業が始まるよう

             

            心の中もそう

            若い時のような

            ぎらぎらした

            ぎとぎとした

            脂っこい野心や野望めいたものが

            のぞかれていく幸い

             

            視力も

            聴力も失われていくのは

            霊的な視力と

            霊的な聴力が研ぎ澄まされていくために

            必要なプロセスなのかも

             

            誰か

            愛する者が

            天に召されたとき

             

             

            本当に

            不可欠なものは

             

            心から偲ぶ方々

             

            そして

            主イエスの慰めの福音

            天国での再会の希望

             

            あとはあっても

            なくてもいいなあ・・・


            私たちの齢は七十年。

            健やかであっても八十年。

            そのほとんどは労苦とわざわいです。

            瞬く間に時は過ぎ私たちは飛び去ります。

            (旧約聖書 詩篇90:10)

             

            天での再会の望みを

            いだきつつ・・・

             

            シンプルイズザベスト!

             

            この日のオアシスがなかなか固くて

            お花を挿しずらく

            私も含め

            皆さん

            挿すのに

            やや難儀されました。

             

            原因は、私が

            水が沁みとおったオアシスを

            クルマの中に一晩置いていたために

            凍結してしまったことで

            大変失礼しました。

             

            天国というオアシスは

            凍結することなし!ですね〜

             

             

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